2・回想(1)
僕が始めて列車に乗ったのは、スエートに来る時だ。
銀を溶かした紺藍の髪と黄褐色の肌は父の一族の、オパールグリーンの瞳は母の一族の色。
有能な魔術師を輩出する家系同士の父と母、その長子として生まれたというのに、僕は残念ながら、父母のお眼鏡には適わなかった。
付きっ切りで自分達が教える程の力は僕にはないと、父母はスエートに建つ、乳幼児期から寮体制をとっている<園>へ、僕を入れる事にした。
その時、父母が拠点としていた都市からスエートは遠く、子供が1人で行けるわけがなく、そんな僕のスエートまでの送り役をしてくれたのは、家に仕えている人外の1人。
しかもスエートまで直行ではなく、人外は父から寄り道を命じられていた。
始めて乗った列車の中で、僕は一言も口を利かず、真っ直ぐに背筋を伸ばしていた。
この人外の目を通して、両親が見ている事を恐れたからだ。
だから僕は何も聞かず、ただ黙って人外が指し示す方へとひたすら進んだ。
そして、命じられるままにその人外は、僕を連れて行った……魔物との激戦跡地へ。
さすがの父も激戦地へと、僕を放り込む事は躊躇ってくれた様だ。
僕の魔力は並でしかないが、残念ながら全くゼロではないので、一帯に淀む瘴気に加え、スピリット系の悪霊までハッキリと見えた。
きっとここで亡くならなければ、僕などよりずっと必要とされていた人だっただろうに、今はこうしてこの地に縛られたまま……。
だが、この広範囲を浄化出来る能力など僕にはない。
現場へ行って直視すれば、何かが目覚めるかもしれないという、両親の期待は叶えられず、僕は固まって立ち尽くしていただけだった。
しばらくして、ようやく唯一僕が出来た事といえば、最寄の町のあちこちで歌われていて、自然と覚えていた鎮魂歌を口ずさむだけ。
そんな僕に人外でも哀れみを感じたのか、スエート駅に着いた時、このまま僕に仕えると言ってくれた。
「僕は、何も出来ない。何にもだ」
その申し出を断ったのは、僕だ。
この人外は家ひいては両親に対し、そうしていた様に、僕に仕えてくれるのだと思う。
けれど僕には、この人外に返せる物は何もない。
憑ける家もない。
お礼に何も出来ないのだ。
それに僕はきっと、どんなに良く仕えてくれたとしても、心の底からこの人外を信じる日は来ない。
この人外がまだ両親と繋がっているのではないかと、疑ってしまうだろうから。
人外を使い、父母がいつ何を言って来るだろうかと、緊張していた列車内での様な心境が常時続くなど、僕には無理だと思った。
父母はもう、僕の事など見放している。
分かっているのに、それでも心の何処かに未だある期待が、僕を縛り付けるのだ。
「そんな風に言ってくれて、ありがとう。嬉しい」
この言葉も嘘ではないが、どうしても無理だと思う気持ちの方が強かった。
父母と繋がりを持つその人外が側にいると、僕は苦しい。
申し出を断った事で、人外に対し打ち解けられなかった僕は、ますます居心地が悪くなり、その人外とスエート駅で別れた。
改札口を出て、街を歩く。
そして1人になった途端、家の人外がいなくなって安堵するところのはずなのに、実際はその逆で、僕は胃が締め付けられる様な感覚を味わっていた。
園に入って、これから僕はどうなるのか?
申し出を断ったのは自分だというのに、両親との繋がりを更に失って、僕はこれからどうするのか?
通りに僕以外の人はたくさんいるが、独りぼっちで立っている気がした。
これまで人外が持ってくれていた荷物が、ずっしりと重たく感じる。
そのまま崩れ落ちられる様な、可愛げのある子供なら、もっと愛されただろうか?
いや、もっと疎まれただけか?
今更な問いを脳内で繰り返し、それでも僕は足を進めて行く。
そんな時に、僕は強引に引っ捕まった上で、声を掛けられた。