第五十九話 ヴィーナスの罠
パチパチッ、遠くから聞こえてきた変な音に少女は多少興味を示したが、すでにその目からは光が失われていた。真冬なのに一糸まとわぬ姿で少女は檻の中に閉じ込められていた。
漂ってくる焦げ臭いにおい、それと同時に暗い部屋に光と影が同時に差し込む。今までの影とは、少し違った。
「遅れてごめんね」
その声は、優しく、その手は、何だか震えていた。恐れの震えじゃない、その震えは、怒りに満ちた震えだったのを今も覚えている。
いま、あの時のお姉さまと一緒にこうやっていられる。いられているんだけど……この男は誰!? お姉さまとの距離が近い! 何だか、お姉さまと私より親しい! ぐぬぬ、なんか気にくわない!
「そうじゃな、そこの三人にも新たに任務を与える。それまでの間ふた月、君たちには共に暮らしてもらおう」
「……」
「ワット!?」
あれ? この反応は、俺、嫌われてる? なぜだ? というか……共に暮らす? そう思った智也が、つい意識して少女のほうへと目線を向けるとだが、ゲッ、この目は、見慣れたごみを見る時の目。いや、むしろ、ごみというより生ごみ。さらに言うとすでにっ腐ってハエなどの虫が寄ってしまっている生ごみ。そう、そんなものを見る目だった。
「絶対へんなことしないでよ? お風呂覗きに来たら殺すから!」
「ふり?」
「ふりじゃない!」
「お姉さま! やはり危険です! お姉さまがこんな男と一緒に暮らすだなんて」
「智也はヘタレだから平気よ?」
「いいえ! こいつはむっつりな人です! 初対面の私の体を下から上まで嘗め回してました」
「なんかいきなりひどい言われ方! ていうか闇さんまで……というか! 俺がいつお前の体を嘗め回した!」
「男なら自分でやったことくらい認めなさい! 私の体を下から上までなめるように見てたじゃない!」
「それならそう言えよ!」
「二人とも、行くよ」
「? ボスの話を最後まで聞かなくてもいいの?」
「私たちは、私たちの、任務をこなすだけ」
「そう言えば、今回はどこに?」
そう聞くと、一枚のチケットを渡してきた。そこに書かれているのは東京からニューヨークへのチケット
「えっ、ちょっと待って、これ……船のチケットですよね?」
「US、AIRLINE……実に嫌な響きだ。ほんと」
飛行機の爆音とともに、いやいや飛行機に乗せられた智也はUSAへと飛び立った。飛行機には乗りなれているだが、何だか、落ち着かない。
「何かお探しでしょうか?」
「いえ、今見つけました。ありがとう」
「また何かありましたら是非お呼びください」
人生初のファーストクラス、普通のチケットの倍の二倍から三倍の値段はした。確かにこれは、気持ちいいし食べ物もおいしいとは思う、だが、これだけのためにあの金額を払うのは、う~ん……そんな一般庶民なことを考えていた智也はいつの間にか眠っていた。そして目が覚めても、飛行機はまだ半分ぐらいしか飛んでいない。好きな映画を見たい放題、高級なワインや正直一般市民から見てなぜソースで円を描くとしか考えようのない。むしろつけにくいと思うのだが、金持ちの考え方は理解できない。贅沢?な空の旅を楽しんだ後に着いたその国は、さまざまな人種が街を歩き、高級車が一般乗用車よりも多い。
「日本とは大違い……ってわけでもないか」
「智也はここに行って荷物をとってきて、荷物を受け取ったらここに」
そう言って地図を二枚渡してきた。一つは海辺の大きな倉庫、もう一つは大きなホテルの最上階。
「ここっ、だよな」
いかにも怪しい倉庫、そんな薄暗い倉庫の奥に向かって歩いていくと急に地面が崩れ落ちた。もちろんそんな原始的な罠には引っかからなかった。
「おっと」
軽く落とし穴を交わした智也はワイヤーを踏んでしまったことにもすぐ気づき、とっさにさっきの落とし穴に自ら飛び降り、上にしがみつく。それと同時に弓が三方向から飛んできた。
あのままあそこで突っ立っていたら今頃ウナギの串焼き状態になっていたと思う。
「があはははは! さすがわ闇の弟子! この程度簡単にかわすか! ハハハ」
「おっさん、もし俺が一般市民だったら殺人事件になってたところだぞ」
「はっはは~、それはないよ兄ちゃん、こんな港に来るのは薬のを売りさばく人か、武器を売りさばく人か、人を“売る”人だけさ。このくらいでくたばっちまうようなやつはここでは生きていけないぜ」
「客を殺しちゃ商売にならないでしょ」
「そんな間抜けは知り合いの闇医者のところで商品に早変わりさ」
「まあ~、そうだな~、近頃はお前さんみたいな身のこなしの若い衆はすっかり減ってきちまいやがったしな~。これじゃー倉庫にある武器が錆びちまうな!ハハハハハ。おっとそうそう、お前さんたちの荷物も届いているぜ結構な量だから、この車ごと持っていきな。ちょうどそろそろ買い替えようとしたところだ」
「……」
「おいおい、そんなにチェックしなくても時限爆弾なんて仕掛けてねえよ」
「いあ、まあ、念のためってやつだ」
「真面目なやつだな~、闇ちゃんによろしくと伝えといてくれよ。あと、たまには遊びに来いよとも付け加えておいてくれ」
こういう取引にも慣れた智也は素早く車を運転し、美少女の待つホテルへと向かった。まあ、毒とげの付いたバラが二束だが……
そして、智也がホテルに付き一息つこうと扉を開けたら目の前には生まれたてのヴィーナスがそこにいた。
「あ、死んだ……」
最も注意すべき罠は仲間だったのかもしれない。
読んでくださってありがとうございます!月刊ラスアサどうぞ引き続きお楽しみに~