ムカデとの死闘
ムカデの攻撃はシンプルだ。大顎で噛み付いてくるだけだ。間合いが詰まれば巻き付いてくることもあるだろうが、それを許すわけにはいかない。
しかし、ムカデの動きは思ったよりも素早い。多くの足を使い、多くの節ごとに動きを変える。こちらのフレイルに対して、前後に、左右に体を揺らして直撃を許さない。
やはり振りかぶって殴る動きは大きく、小刻みに機敏な動きには向いていない。体の硬さに自信のあるような魔物には有効なんだろうが、ムカデはそこまで強固な甲殻を持つわけではない。
といって、柔らかいというわけでもない。ハンドアックスで斬りかかると、無数の足でブロックされ、たまに甲殻に届いたとしても、曲線を描く甲殻の表面を滑るように逸らされてしまう。
腰を据えて重い一撃を狙おうものなら、大顎を開いてこちらに食いついて来ようとする。
長い胴は攻撃の間合いも狂わせてくるので厄介だ。
更に長い触覚が鞭のようにしなって体を狙ってくる。鋭くはあるが重くはなく、致命傷とはなりえないが無視もできない。体勢を崩されると、大顎に捕まってしまう。
大きく距離を取りつつ、決定打を繰り出せない。そんなジリジリとした時間が過ぎていく。
焦れているのは相手も同じだったのか、ムカデの動きが急に変わった。今までは胴の長さを活かした上下と間合いによる攻撃だったのが、俺を中心に円を描くように横へと移動を開始した。
そして死角へと回り込みつつ、鋭く触覚を振るってくる。ハンドアックスで打ち払っていくが、触角は2本あってどうしても間に合わない。予備のダガーを左手に持って、そっちでも打ち払うが、精度に欠けてピシピシと裂傷を受けてしまう。
防具を新調して少しはマシな篭手になっていなければ、早々に防ぎきれなくなっていただろう。
「おばちゃんに感謝しないとなっ」
激戦となればなるほど、防具のフィット感は生死を分けるポイントとなる。動きやすさを重視しつつ、急所はカバーしてくれるこの防具は、かなり助かっていた。
「っと、危ない」
触角にまぎれて、大顎の噛み付きも混ざってくる。これは流石にダガーやハンドアックスでは弾けないので、身をひねって避けるしかない。通り過ぎざまに頭部を狙って攻撃を繰り出すが、今度はムカデの方が触角を器用に動かしてこちらの攻撃をいなしてくる。
互角の勝負で一進一退。何が明暗を分けるのか。
しかし、決定打がないなと思っていたのは俺だけだったらしい。
「ん……なっ」
背後に気配を感じた時には、既に遅かった。大顎や触角のある頭部に意識が集中している間に、ムカデの長い胴が背後に迫っている。ムカデが横向きに移動を開始したのは、触角による攻撃ではなく、この胴を活かした巻き付き攻撃のためだったのだ。
一瞬で円の半径が狭まり、俺の体へと胴が巻き付く。無数の足が体を捕らえて、身動きが取れなくなってしまう。
石化で防ぐことも頭をよぎるが、ムカデの大顎はトンボよりも一回り大きく立派だ。そのまま頭を噛み砕かれる危険がある。
更には蜘蛛の巣に掛かった状態と違って、しっかりと体を固定されての噛み付き。歯が立たなかったとしても、十分な力を加えられると細い部分からぼっきりといく可能性があった。つまり首だ。
本来、石化はバッドステータス。そんなに強度があるわけじゃない。動けなくなるというデメリットも大きい。多用すべき回避法ではなかった。
勝利を確信したのかムカデは、大顎をカチカチと打ち鳴らし、こちらを威圧してくる。俺に残された手は魔法陣による無詠唱魔法のみ。その選択次第で、結果が変わるだろう。ポピュラーなのは、炎系の攻撃力が高いもの。ただ誘導性能は低く、外すと終わり。風系は範囲が広くて外れることは無いが、相手を仕留めきれるかに不安がある。
氷系は打ち出すものより、相手を凍結させる系の方がこの局面では有効だろうが、相手を活動停止に陥らせるほどの強度を確保できるか、巻き付かれた状態で放って、俺まで影響が及ばないかどうか。
ムカデが即座に襲ってこずに、変に考える猶予があっただけに、逆に悩んでしまっていた。反射的に魔法を放った方が最も効果的なものを選べた気がする。
ていうか、どうする、俺!?
「念力弾」
最もシンプルでその分ダイレクトに魔力を力に変える魔法を放つ。しかし、これは完全にミスチョイス。使用できる魔力量が制限される魔法陣による魔法は、魔力総量はどうしても低くなる。
放たれた魔力弾は、ムカデの頭部を直撃するが僅かに首を揺らしただけにとどまってしまった。
そしてその反撃が、ムカデの猶予を終わらせる結果になる。大顎を開いてムカデの頭部が俺に迫ってくる。改めてその大きさ、俺の頭を完全に丸呑みできるサイズのそれを知覚して、俺は目を見開くことしかできなかった。
(死んだ俺を回収してくれる奴、いるかなぁ……)
最期の思考はそんなものだった。




