灼熱のフロア
揺れるおっぱいから逃げるように駆け込んだ6階は、いきなり熱かった。暑いというより熱い。空気が焼ける感じだ。
その理由は少し歩いただけで判明する。
階段近くの廊下を少し進むと、開けた部屋になっていて、そこには赤熱した川が流れていた。
「よ、溶岩!? いや、そんなのがこの距離にあったら引火してるな」
ほんの5mほどの距離に流れる赤熱した川。岩が溶けた川だとしたら、副遮熱だけで100度をゆうに越える。下手に空気を吸い込めば、肺が焼けて呼吸ができなくなっただろう。
しかし、目の前の赤熱した川からは、せいぜいストーブといった程度の熱量しか感じない。直接触れれば火傷するだろうが、周囲に死をばら撒くような熱ではなかった。岩などではなく、もっと融点の低い何かなのだろう。
「ワンフロア違うだけで、こうも変わるか……どうなってるんだ?」
水筒を取り出して口に水を含む。終始熱せられている空気は、カラカラに乾燥していて喉がすぐに渇く。
それから氷属性の魔法を工夫して放つ。
「周囲の熱源より我が身を守れ。氷の衣」
即席なのでそれほど練り込んでない呪文だが、何とか発動する。要はイメージをしっかり持てるかだ。
クーラーの要領で周囲の熱を集めて、自分より離れた場所へと吐き出す。本当に氷を身に纏ったりしたら、今度は霜焼けになるからな。
などと準備をしていると、唐突に川が盛り上がったかと思うと、赤熱した玉が飛んできた。
「なっ!?」
慌てて避けて事なきを得るが、川の方を見ると玉を飛ばした主がゆっくりと姿を現してきていた。
見た目はイグアナ系のトカゲで、その鱗は赤く鈍い光を放っている。体長は2mを越すかというくらいで、足は6本生えている。
「これは……サラマンダーって奴か」
図書館で図鑑に載っていた説明を思い出す。
熱源の側に住む赤きトカゲ。口からは熱された火球を放ち、獰猛な肉食。ただ動き自体は緩慢で、熱対策をしっかりとすれば難敵ではない。
「なるほど。遠距離攻撃をする敵として、対しやすい獲物といったところか」
ダンジョンを進むごとにバリエーションの違う敵が現れている。剣の効きにくいスケルトン、上から攻撃してくるハーピー、そして遠距離から火球を放つサラマンダー。
ここが生徒を鍛える為の施設であるというのを強く印象付けていた。
「近接戦士には辛いかも知れないが、帝魔の生徒は基本魔術師だからな。熱に対しての防御は基本だし、慌てなければどうということもないか」
俺は飛んでくる火球を避けながら接近。その首筋をハンドアックスで斬りつけると、数度の攻撃で沈黙する。鋭い牙や長い爪を持っているが、動きが早くないので怖さは感じなかった。
あくまで火球で動きを止めてから、噛み付くのが基本的な攻撃なのだろう。
「何にせよ、まだ余裕がありそうだな」
クーラー魔法で熱対策しつつ、水分補給もリオに鍛えられてお手の物。サラマンダーの火球は、喉が一度膨らみ、口が開いてから吐き出される。一連の動作を見てからでも余裕で回避できた。
「ま、かつての俺なら冷気を纏うだけで魔力がカラカラになってただろうけど」
常時魔法を発動する必要を考えると、E級魔術師でこのフロアは踏破不可能だと思われる。魔力量が増えてて助かった。
アイラに貰った地図でカンニングしながら最短ルートで7階を目指す。ミノタウロスのいる10階までの地図を用意してくれていたということは、今の実力ならそこまでは大丈夫だとアイラも考えてくれているのだろう。
現に6階までは苦戦する事もなく進めている。
やがて階段を発見、そのまま7階へと登った。
「ここは何があるのか……」
階をまたぐとさっきまでの熱さが嘘のようになくなり、肌寒く感じてしまう。ただ、そこまで気温が低いわけでもない。薄暗い洞窟風に戻った印象だ。
ダンジョン内は階層によってそれなりの課題が設けられている。さっきは飛び道具への対処といったところだが、今回はどういう戦闘訓練になっているのか。
警戒しながら廊下を進んでいくと、人影が見えてきた。松明が掲げられた入り口にやや大柄なシルエット。一瞬、人間かと思ったが、手が長く腰が低い。ゴリラに近い体型だ。上腕部の膨らみから、なかなかの筋力を持っているだろうことが想像できる。
そんなシルエットに俺はどこか安堵していた。よく慣れ親しんだ相手だと思ったからだ。
「ぐるぁ?」
そのため警戒を緩めて歩み寄れば、その気配にソイツが振り返る。松明の炎に照らし出されるのは、やや髪が不揃いで鼻の潰れた顔。薄く開いた口元には、乱杭歯がならんでいた。
その顔つきに俺は確信する。
「グフボホフ」
ゴブリン語でこちらから話しかけて、敵じゃないことを伝える。それに対して門番のゴブリン、大柄な体躯はホブゴブリンだろう彼は首を傾げている。
「グボ、ゴゴフ。ダフドボル」
携帯食料の中から干し肉を取り出しよく見せながら近づいていきつつ、敵意が無いことを伝える。その言葉は届いているようで、届いていないようで、判断に苦しむ。
意味は分かっているが、反応はしないというような雰囲気なのだ。
そして俺が5mほどの距離まで来た時、ホブゴブリンは急に雄叫びをあげた。
「ウルオフーウルオフー」
敵襲を告げるその声に、すぐ側に居たとしか思えない短時間で、他のゴブリン達が飛び出してくる。その瞳には知性の色は無く、ただひたすらに俺を敵とみなして殺意を漲らせていた。
『何だ』『何者だ』『人間だ』『1人だ』『やっちまえ』という相手の言葉は分かるのだが、こちらの言葉には反応がない。
「ダメ……なのか」
あっちの世界のゴブリンは、多少知能が低い部分はあったが、考える事は普通に行っていた。こちらが問題提起すれば、自分なりの答えを返してくる。もちろん、怒る事はあったが、その理由は理解できた。
しかし、今の一連の流れは全く理解できない。近づいた事をトリガーに、勝手に戦闘態勢に入ったとしか思えない。コンピュータのような杓子定規の反応。
ダンジョンがあくまでも訓練の為のシミュレーション施設だとうい思いが強まった。
そこには交渉するという選択肢は用意されていないようだ。
「やるしかないのか……」
俺は仕方なくハンドアックスを構えた。




