成り行き任せの防衛戦
「右翼はそのまま押されて下がれ。中央は右翼よりにフォローを入れろ」
俺がエトランゼ様の側にいられるのは、純粋に力がないからだった。騎士としての武力も魔術師としての魔力も乏しい俺にあるのは、人間として、異世界人としての記憶だけ。
それをもってエトランゼ様の側で守ることが、俺に許された奉公だ。
エトランゼ様はあの容姿、あのカリスマ性を持って、ちょっかいをかけてくる輩が多い。今回は人狼の族長の息子が、エトランゼ様を手に入れようと軍を動かして来ていた。
力づくでしか物事を考えられないバカの相手は疲れるが、向かってくる以上立ち向かうしかない。
しかし、種族として見るなら人狼族は強い。身体能力が高く、好戦的で戦闘意欲も高いのだ。戦争に向いた種族と言える。
一方で我が陣営は、エトランゼ様への忠誠心から士気は高いが、個々の戦闘力はバラバラ。亡霊騎士からゴブリンまで。
強い者は人狼を上回る戦闘力があるものの、大半は雑魚とも言える。
しかし、それならそれで戦いようがあった。
俺の中にある異世界の記憶。その多くはゲームと呼ばれる様々な仮想世界での戦闘知識が占めている。
特に寡兵で多数を打ち倒す話は多かった。その中には個の圧倒的な戦闘力で打ち破っていくものや、敵が都合よく弱点をさらけ出すような間抜けな展開もあるが……。
それでも軍略、戦術両面で知識を蓄えている。それらはエトランゼ様を守る為に存在するのだ。
「左翼、報告は?」
『問題なく戦線維持。敵はやや攻め手を弱めている』
人界で学んだ伝声魔法で前線とやり取りを行い、戦況を把握するとこちらの思惑通りに動いているのがわかった。
右翼が押し込まれ、左翼は堅牢。となれば敵も弱い方へと攻め手を変える。左翼は維持に努めて、右翼を一気に抜くつもりだろう。
戦闘本能で戦う人狼は、そうした戦場の機微を敏感に察知する能力に長けている。
だからこそ、それが隙にも繋がってしまう。
「シュバイン、準備はいいか?」
『待ちわびている』
「なら速やかに攻勢に。こっちが落とされるより早く、敵を打ち砕け」
『心得た』
死せる高潔な騎士、亡霊騎士は、気配を断つ事に秀でていて、恐怖を知らない。
奇襲部隊にはうってつけの戦力だった。それを左翼の更に外から敵本陣へと向かわせている。嗅覚に優れた人狼は、気配を察する能力にも長けていた。しかし、肉体を持たない亡霊騎士に匂いは無く、その警戒網にギリギリまで近づくことができるはずだ。
後は敵の首魁である人狼の族長の息子とやらを先に倒してしまえば、こちらが押し込まれていたとしても勝利となる。
「敵本陣、前進を開始!」
「正面は防柵を盾にこらえろ。シュバインが相手を倒すまでだ!」
俺は伝令兵に大声で返答しながら、自分は右翼へと向かった。
右翼は総崩れ寸前といったところだった。ゴブリンやコボルトといった弱い魔物が大半で、数で持ちこたえるような布陣。人狼相手では足止めはできても、相手の戦力を削ぐような事は期待できない。
昨夜のうちにせっせと掘った塹壕も、人狼の跳躍力の前にはさほど効果を上げていないようだ。
筋骨隆々な戦闘種族のオーガなどは人狼相手に互角に渡り合っているが、いかんせん数が少ない。戦場に孤立するようになっては、苦戦を強いられている。
そこへ非力な俺が入っていった所で、戦局を変える術はない。が、予め対抗策は用意していた。
「レッドホット散布準備!」
要は唐辛子を乾燥させた粉末である。これを袋に詰めて投擲するというシンプルな攻撃だ。しかし侮ることなかれ、これが目に入ったら戦力激減である。
予め作戦を伝えてある右翼では、口元を布切れで覆うように指示していた。
対する人狼は、イヌ科の鋭敏な嗅覚を持つ種族。刺激物を受けた時の影響は人間よりも遥かにキツイはずだ。
咄嗟の作戦で量も十分ではないが、戦場に混乱を起こして時間を稼ぐことはできるかもしれない。
「放てーっ」
号令の下、両脇に控えているゴブリン達がスリングと呼ばれる遠心力で投擲する道具で、唐辛子の入った袋を投げ始めた。
「風の拳」
それを風の魔法で押しやり、広く拡散するように仕向ける。直撃した者は悲惨で、顔を抑えて転がり始めた。直撃せずとも近くに着弾して、赤い煙が視界を覆われれば、目を抑えてうずくまる者多数。
それには仲間のゴブリン達も含まれてしまったが、ある程度の覚悟と防備で被害は抑えられていた。
そうして巻き起こる阿鼻叫喚の声。剣戟の音は鳴り止み、戦闘は膠着状態に陥った。
一度下がった人狼が、態勢を整えてやってくれば今度こそ、戦線を死守する戦いが始まる。
エトランゼ様の為に命を捧げる誉れに、身震いしながら手にした剣を握り直す。
やがて人狼達が再び進軍を開始。俺も最前線でそれを待ち受ける。
彼我の距離があと10mという所で、戦場にラッパが鳴り響いた。それは終戦を告げる音。人狼の本陣からの音に、目の前の人狼達は狼狽え、動きを止めた。
「我が策成れり! 族長の息子は、我が陣営の騎士が倒したぞっ」
「「オオーッ」」
その声に周囲のゴブリン達が勝鬨を上げる。その勢いに押されるように、人狼達は後退をはじめ、やがて視界から消えていった。
あのまま押し込まれていたら、かなりの大打撃を受けていたかもしれない。ただ相手としても唐辛子を食らい、戦意をくじかれていた。
何より族長の息子のわがままで始まった戦に、そこまで意欲は無かったのかもしれない。
なんにせよ、首の皮一枚でも残ったなら、俺達の勝ちだ。
俺は周囲のゴブリン達と肩を組んで、勝利を噛み締めていた。




