子鬼の襲撃
人が滅多に入り込まないダンジョンの奥の方には、掘られていない魔石が肥えているんじゃないかという予測。それには大きな欠陥があった。
人が入り込まない所は、魔物を駆除する人間もいないのだ。
そして俺は囲まれてしまっていた。
「さて、どうしたものかな……」
人が居ない所を目指してきた結果、助けてくれる人も居ない訳で。この局面を一人で抜け出さないといけない。
まだ姿を見せず気配だけの存在。まだ仲間を集めてるのか?
すぐに襲ってこない状況に少し戸惑う。魔物が一匹の時の方が、好戦的に襲いかかって来る気がする。
時間をくれると言うなら少しは準備するか。俺はつるはしで地面に線を書き始める。予め用意しなければならない魔法陣は、有限のストックしか無い。どの道、魔力が切れると発動しなくもなるんだが。
使うと補充もしなければならないので、使わずに済むならそれに越したことはない。
ランタンの灯しか無い中で、多少正確性を欠いているかもしれないが、魔法陣が描き上がる。
派手な奴で相手をビビらせる事ができればいいんだが。
俺が準備するのを待っていた訳じゃないのだろうが、魔法陣を書き終えた時に、魔物の気配が迫ってきた。
「キシャーッ」
威嚇の声と共にランタンの明かりの中へと飛び込んできたのは、レプラコーンと呼ばれる子鬼だった。人間の腰ほどもない小さな魔物だが、機敏で小回りが効く。その上、集団で攻めてくるので厄介な相手だった。
ぱっと見ただけで6匹ほどの姿。通路で挟み撃ちにされている事を考えると、その倍は覚悟するべきか。
一匹ごとの戦闘力は高くないが、一度動きを封じられたらアメに群がるアリのごとく一気にまとわりついてくるはずだ。
顎髭を生やして三角帽子を被った小さなおっさんという雰囲気のレプラコーン。それがタイミングを合わせて飛びかかってくる。
「炎の壁」
地面の魔法陣に手を触れながら、魔力を通わして発動ワードを叫ぶ。
すると目の前に炎で作られた壁が立ち上がる。勢いのまま飛び込んだレプラコーンは、火だるまになって辺りを転がり、そのうちに魔石となっていった。
そして炎の光で背後に迫ったもう1グループへと向き合う。はっきりと姿を見せた数は7匹。
数で押すレプラコーンは、一気に押し寄せてくる。呪文を詠唱する隙を狙っているかは分からないが、俺には無詠唱魔法がある。
「風の拳」
突っ込んでくる先頭に魔法を撃ち込む。非殺傷で隊列を崩す烈風に、小柄なレプラコーンはあっさり吹き飛んだ。
「ギュワワッ」
後続を巻き込み悲鳴をあげながら転がる。しかし、その脇から迫る影があった。
俺は手にしたつるはしで迎え打つ。魔力が乏しいと分かってから、接近戦に備えて素振りなども行ってきた。
つるはしは殴るための武器ではないが、力強く振るう道具。バランス自体は悪くない。
飛びかかってきたレプラコーンの横っ面に、尖った先端が食い込む。このダンジョンの敵は、魔素を元に形成された実体を持つ幻影という感じで、切りつけたとしても血はでない。
生物ではないという認識から、罪悪感は抱きにくかった。
「ギョワッ」
頭を強かに打たれて吹き飛ばされると、空中で黒っぽい霧となって消えた。
しかし、つるはしは頭が重い道具。振ってしまうと再度構えるには時間が掛かる。その間にレプラコーンが取り付いてくる。
運動服の上から齧り付いてきた。
「痛っ、痛いぞ、このっ。石の礫」
接触された状態で、攻撃力の高い炎の魔法は使えない。自分に延焼する可能性が高かった。
俺は打撃メインの石の礫で一体を屠る。しかし、その間に風の拳で体勢を崩していた3匹ほどに絡みつかれた。
一匹一匹はさほど重くはなく、力もないのだが、5匹に絡まれると流石に自由を奪われる。
手足に食い込んだレプラコーンの歯は、そこまで鋭くはないが出血を起こさせるには十分だった。
(まずい、このままだと倒す間に、腱にまでダメージが及ぶ)
身体を動かす筋まで痛めてしまうと、戦うことはおろか逃げることもできなくなる。
それに個々を倒していては、俺の魔力が尽きてしまう。魔法陣のおかげで消費魔力は少なく済ませているが、それでも人よりも限界が低いので、5匹を屠るほど手数を持っていなかった。
「水の膜」
俺は乏しい魔法で、身体に水の膜を張る防御魔法を唱えた。身体にまとわりつくレプラコーンも、一部はその対象となるが水が張り付くだけの効果で逃げるはずもない。
「逃げてもらっても困るわけだが……我慢比べといこうか」
俺はレプラコーンにまとわりつかれたまま、己で作った炎の壁へと身を投げた。
パチパチという焼ける音、鼻をつく焦げる臭い。肌を焼く熱は、防御膜の上からでも伝わってくる。
(おっと、我慢大会はまだ序盤だぜ)
俺から離れようとする一匹をこちらから掴んで引き止める。声を出すと熱い空気を吸い込み、肺が焼かれるので言葉は発しない。
レプラコーンの力は強くないので、逃さない様に捕まえるのはそれほど難しくはない。
獲物を倒すのと身の安全との天秤を、食べる欲へと傾かせていたのも逃げるタイミングを逸した一因になっている。
我慢しきれずに離れようとする時には、既に十全な力を発揮できなかった。
こうして俺に絡みついた全てのレプラコーンを逃がすこと無く、霧と消えたのを確認して、俺は炎から転がり出た。
水の膜は既に茹で上がっていて、かえって熱気が籠もる状態だったのですぐに解除。水の膜のおかげか、運動着は焦げ付いてはいなかった。
新鮮な空気を肺に送り込み、ひと心地ついた所で治癒魔法を唱える。
シャリルには遠く及ばない魔法だが、表面を炙られた程度の火傷ならヒリヒリする程度にまでは回復した。
そして改めて炎の壁へと目を転じると、魔法の効果が切れ始めていて、向こうに残る数匹のレプラコーンの姿が確認できるようになっていた。
俺は崩折れそうになる身体に鞭打って、つるはしを手に構える。するとレプラコーン達は互いに顔を見合わせて逃げていった。
俺を倒せないと感じたか、更なる仲間を呼びに行ったか。後者であれば、早く移動した方がいいだろう。
周囲に散らばる魔石を回収して、俺はその場を後にした。




