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生まれは貧しい農村

 俺の記憶は生まれ落ちた時からそれなりに残っている。

 俺を抱き上げたシワだらけの女性。その横から覗き込む頬は痩けているものの優しそうな茶髪の青年。

 そして少し移動させられて、俺を覗き込んできたまだ少女とも呼べそうな美しい金髪の女性。

 嬉しそうに微笑み掛けてくれるその少女こそが俺の母親だった。


 それと同時に、俺の中にはもう一つの記憶があった。もう一人の記憶か。

 不慮の事故で途切れるその記憶は、俺が生まれた世界とは別の世界の記憶らしい。その事に気づくのはもう少し先の話だったが。


 成人男性の判断力と、乳児の身体。思い出すに恥ずかしい記憶だ。意思の通りにならない身体は、排泄のコントロールはできずに、おもらしする日々。

 与えられる食事は美少女の白い肌に吸い付きながらの母乳。

 ろれつが回らず言葉は紡げない。手足も上手くは動かず意志を伝えられない日常。

 母親の柔らかな感触と、父親の少しゴツゴツとした感触に包まれながら、数年が経過する。




 3歳になり自分で歩き回れて、言葉も話せるようになる頃には、俺が持っているもう一人の記憶がこの世界でも異常で、純朴な両親や村の人達に語っていいものではなさそうだと理解していた。

 ただ父の畑へと連れ出された時、貧しい農村の現状を見せつけられ、自分の持つ知識で生活を向上させようと思い立った。



「父さん、この麦達はなんで高さがマチマチなの?」

「それはな、父さんとジョンやマイクの背が違うように、神様がそれぞれに定めているからだよ」


 農作物は神様からの恵み。それがこの世界の常識。遺伝によって成長度合いに差があるとか、そうした知識が育っていなかった。


「でもマイクさんと、ケインさんは兄弟だから背格好が似てるよね。だったら、麦も家族だったら背格好が似るんじゃないかな?」

「麦の家族? ははっ、レントは面白い事を考えるな」


 そう言いながらも種にする麦を俺に選ばせてくれた。俺は背格好の似た麦から種を集めて高さを揃える工夫をした。これで収穫の際に手間がかなり楽になるはずだ。

 それと同時に土壌の改善も図る。麦の収穫が終わった所で、豆木の種を撒いて発育させる。

 例年はしばらく寝かせて、また麦を栽培していたらしいが、豆木を育てるために雑草をきっちり刈り取って栄養が無駄に使われるの防ぐ。

 また連作による障害もケアできるはずだった。



 これらの知識はもう一人の俺の記憶。彼はゲームプログラマーという職業に就いていて、仮想世界に現実世界を投影してシミュレートする技術と知識を持っていた。

 幾つかのシミュレートの中に、農業を題材とした物があり、その時に調べた知識は、俺がいる世界の農業と比べたら格段に進歩していて、その理論も確立されていた。



 麦だけを続けて栽培していると、土の中の栄養分が偏り、病気などの温床になりうる。

 そこへ別の種類の作物を育てることで、連鎖を断ち切りつつ収穫も得られるとの事だった。

 そのままだと植物の生育に必要な栄養分が不足するので、別口で肥料を作成する。本当なら堆肥などを作るのがいいのだろうが、俺の住むカニエ村には、家畜が飼われて居らず糞尿の類は集められていない。

 その為、近くの森へと入って、そこで落ち葉などで作られる天然の腐葉土を運んできた。


 もちろん、子供の思いつきに全ての畑を任せてくれるはずもなく、任されたのは一角。その年では実りの悪かった畑だった。

 それでも別世界の知識を入れながら育てた作物は、一年で他の畑よりも実り豊かに、高さの揃った穂を付けるに至る。


「レント、お前は凄いな。神様の加護があるんだな」


 父さんは俺の頭を撫でてそう言ってくれた。




 それから毎年、少しずつ自分の担当する畑の面積を増やしてもらいながら、一家の収穫高を伸ばしていった。

 3年もすると、周囲の家からも俺は農業の神様に見初められた子として、認められるようになる。

 俺としては何故か持っている他人の記憶を使って、農作物の収穫量を増やしているだけなのだが、その記憶を持っている事が神の加護だと言うなら、そうなのかもしれない。




 10歳を迎えた俺は、王国内を巡り、魔力を持つ子供を探す選民団の『鑑定』を受けることになった。

 農家の年収の半分くらいのお布施を求められるが、ここ数年の収穫増でできた蓄えから、何とか鑑定してもらえる事になる。


 神官を思わせるような豪奢なローブを纏った選民団は、近隣の村々から『鑑定』を受ける子供を募った。

 もし魔力を認められると、下級とはいえ貴族の一員へと引き上げられる。そうなれば農家の収入から軽く10倍、能力によっては何百倍も稼げるようになる。

 その為、多少は無理してでも鑑定を受けさせようとするのが、普通ではあった。


 俺の村では、俺の知識を使って年収を上げていた家が多く、6〜11歳の子供の多くは『鑑定』を受ける事ができた。


「何かドキドキするね」


 隣の幼馴染メリイが俺へと話しかけてくる。そばかすのある愛らしい顔立ちの少女は、農作業によって日焼けしていたが、輝いて見える。


「レントは絶対、魔力あるよね。そうしたら、私の事を雇ってね」

「メリイにもあるかもしれないよ」

「だったらいいんだけど……」


 しかし、世の中はそんなに甘くはない。希少だからこそ貴族への道が開かれるのだ。

 近隣から集められた74人の子供のうち、魔力を認められたのは俺だけだった。

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