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お嬢様と昼食を

 午前中の座学は各領地で学んだ事の復習だった。やはり教育水準が統一されているとはいい難いのだろう。

 俺の所も論理的な講座は特に無く、暗唱と実戦あるのみな軍隊式だったし。

 その面で言うと座学で魔法の属性やら、攻撃種類による使用用途、魔法に対抗する防御魔法の使い方を知識として指導されるのは新鮮だった。

 まあ、俺は独自に司書の爺様と勉強してきた事だけど。


 その他、非貴族である俺達に対して、国の仕組み。爵位についてなどの講習もあった。

 公、候、伯、子、男、準男、騎士の爵位。公爵は基本的に臣籍降下した皇族に与えられる爵位で、領地は持たず基本的に一代限り。年金で好きに生きるか、侯爵以下の家に婿入り、降嫁するまでの一時的な爵位だ。

 侯爵は帝政の内務を司る名家で、狭いが収税の多い帝都近郊の領地を治めている。

 伯爵は外務面が強く、他国と接する国境警護に当たるため、軍事力に特化した家も多い。

 子爵、男爵、準男爵は侯爵領と伯爵領の間にある小さめの領地を治め、要請があれば軍事出動を受け持つ。

 騎士爵は、領地を持たない軍役者で、帝国からの給料で働いている。


 農民出の魔力持ちは、騎士爵を得るのが目標と言える。そこまでが一応、帝国直属の貴族扱いで、その下に従士と呼ばれる魔力持ちの兵士がいる。

 これは各貴族の家に仕えて、警護を取り仕切ったり、兵士長として部隊を率いたりする役目を負う。その収入は主君と仰ぐ家によってマチマチだ。

 目立った功績がなくても、魔力持ちなら従士にはなれるが、もちろん優秀な者から高給を与える家に呼ばれる事になるので、功績を重ねるに越したことはない。


 その為にもダンジョンでの鍛錬が必須となってくるのだ。




「ふぃ〜座学って疲れるな」

「身体を動かしてる方が楽だったりするよな。知識を詰め込むのは頭が痛くなってくる」

「オーウェンは脳筋だからな」

「ノーキン? 確かに金欠は否定しない」

「おおぅ……」

「そんな事よりメシ食って、ダンジョン行こうぜ」

「そうだな」


 和気あいあいと食堂へと向かおうとした時、教室の出入り口に立つ小柄な少女の姿が目に入ってしまった。

 こちらと目が合ったことを確認すると、姿勢良く頭を下げる。


「レント様、お迎えにあがりました。お嬢様がお待ちです」

「くっ」


 ここで捕まったらダンジョンに行けない。その直感に従い、もう一つの出入り口へと向かう。

 そして教室を抜け出そうとした瞬間、小柄な少女が目の前に立っていた。慌てて止まろうとしても間に合わない。勢いそのままにぶつかってしまう。

 そのまま小柄なアイラを押し倒す……ような事はなく、がっしりと受け止められてしまった。


「元気そうで何よりです。それでは参りましょうか」

「え、え、ええっ」


 苦もなく俺を担いだまま歩き始めるアイラ。俺は逃げ出す事もできずに、運ばれるままとなった。




 校内を女の子に担がれたまま移動するという羞恥プレイに晒されながら、辿り着いた場所は貴族用の食堂のテラスだった。

 間仕切りがされていて、個室に近い感覚で利用できるようだ。貴族は使用人を連れている事もあり、食堂と言っても独自の料理を運ばせる事もある。ある程度の機密性を確保してあるようだ。


「ごきげんよう、レントさん」

「全然、機嫌良くねぇよ……うおっ痛っ」


 ぼやくように呟くと、やや乱暴にアイラに投げ出された。


「お嬢様は寛容な方ですが、あまりふざけた態度が続きますと、私が許せなくなりますよ」


 口調は丁寧だが、怒気を感じさせるトーンの低さでアイラが言ってきた。


「まあまあ、ペットを躾けるのも飼い主の楽しみでしてよ、ほほほ」

「お嬢様がそう言われるなら……」


 この世界には当然、人権のような考え方はない。貴族と領民は別種の生き物のように扱われる。

 それこそ無礼を働いたと庶民を一方的に切り捨てても、貴族が咎められる事はない。

 まあ、無辜の民をいたずらに傷つけるのは、貴族としての品格を疑われる事にはなるだろうが。

 しかし、奴隷となると民から所有物に近くなり、その価値もかなり低く見られる。治療費の借金を肩代わりされている現状は、まさに金で買われた奴隷に近い立場かもしれない。


「何か誤解されているようですが、私は貴方を買っているのですよ。私の魔法にあれだけ耐えれたのは素晴らしい事です。その褒美に一緒にお食事でもと思ったのです」


 そう言いながら投げ出された俺に見えるように、皿を床へと置いた。

 白い皿の上に茶色の物体が載っている。艷やかなソースが掛かった一品は、食欲をそそる香りが漂っていた。甘さを感じさせるようで濃厚そうなソース。

 ぐるるるるるーっとお腹が鳴いた。よく考えれば3日ほど寝込んでいて、納屋を脱出した後も食事をとっていない。胃の中はからっぽのはずだった。



「ならありがたく戴かせてもらおうかな」


 皿を持って立ち上がろうとした所で、頭を踏まれて動きが止められる。

 細くしなやかな女の子の脚で、軽く押さえられているだけなのに、ピクリとも持ち上がらない。


「な、何を、する」

「あら、ペットなのだから、そのまま食べればいいんですわよ」

「何!?」

「ほらほら、お腹が空いたでしょう?」


 ぐぐぐと頭を下げられる。見た目に反する力に、這いつくばるような姿で床に伏せさせられた。

 そのまま顔が皿へと押し付けられ、目の前にはとろみのあるソースが美味しそうな匂いを放っている。

 屈辱的ではあるが、ペロリと舌を動かしてしまった。


「!?」


 とろりとした舌触りのソースは、濃厚に煮詰められたように甘く、それでいて複雑な風味が感じられる。

 もう一人の記憶にあるテリヤキと呼ばれる醤油と砂糖を使ったソースに近い味。それでいてしつこさは無く、後味はさっぱりとしていた。

 ただそれはソース、味を引き立てる役割。具材と合わさった時にこそ、その真価が問われるのだ。

 俺は頭を踏みつけられるという屈辱も忘れ、口だけで皿の上の物体に齧り付く。

 まさにテリヤキハンバーグとでも言える一品。しかし、表面は軽く焦げ目を付けるようにパリッと、それでいて中からは芳醇に肉汁が溢れ出す。口の中に広がる旨味は濃厚でいて、しつこくはなく、肉自体の旨味を引き出していた。

 そして肉自体は柔らかく、完全なミンチではなく少し粗目に作られていて、噛むほどに旨味が増すような歯ごたえを残している。

 それがテリヤキのソースと相まって、もう一人の記憶でも無いような極上の旨味を醸し出していた。

 空腹が調味料として働いたわけではなく、本当に感じたことのない至福の味。蕩けそうになりながら、舌先を這わせてソースを舐め取り、犬のように齧り付く。


「あらあら、よっぽどお腹が空いてたのね。ちゃんと待てを教えるべきでしたか。何にせよ、喜んでくれて何よりですわ。ゾンビ肉も役に立つのですね」

「ぶふぁっ」


 思わず口の中の物を吐き出していた。


「お嬢様、流石にその冗談は料理長に失礼ですよ」

「あら、そうですわね。あまりに嬉しそうだから、つい出来心で」

「お、おい、結局、コレは?」

「料理長がお嬢様の為に用意した熟成肉を使ったお料理です。安心してご賞味ください」

「そ、そうだよな。こんなに美味しいんだし……」


 気を取り直して食事を再開する。たっぷり200gはありそうなハンバーグを堪能させてもらう。




 すっかり四つん這いで餌のように食べさせられたが、料理は最高の一品だった。前の食事から時間が空いていたが、ハンバーグのように細かく刻まれた肉は消化にも良さそうだ。

 なんだかんだで俺の事を気遣ってくれていたのかと思う。


「そのお料理の代金は、金貨一枚と言ったところかしら。治療費に上乗せしておくわね」

「は!? な、何を言っているんだ。お前の奢りだろうが」

「あら、誰が奢りと言ったのかしら?」

「褒美だと言っただろうが」

「ええ、褒美に一緒に食事をしてあげましょうと。そこで何を食べるかは貴方の自由ですが、私の為の料理を食べたなら、対価を支払うのは当然でしょう?」

「な、な、な……」

「私もお嬢様の為に用意された料理だと申し上げましたよ」


 アイラがトドメを刺してくる。罠だ、こんなの罠としか言いようがない。目の前に出されたものを食べて、代金を請求するとか。

 どんなぼったくり……金貨一枚ってどれだけの価値だよ。

 確か銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚だったか。確か銅貨5枚もあれば、立派な定食が食べれたはずだ。もう一人の記憶に換算するなら500円って所か。

 その2000倍だと!? 100万円相当はぼりすぎだろっ。

 しかし、砂糖も貴重なこの世界、醤油もあるかは分からず、この味を出すにはかなりの費用が掛かるのも頷けてしまう。



「まあ、私が説明するのが少し遅れてしまった責任は認めましょう。仕方ないので、材料を集めてくれれば、料理長の手間賃までは取らないとしましょう」

「材料って何だ。牛か」

「牛……まあ、そうだと思いますよ。ただダンジョン内に住むミノタウロスの肉ですが」

「は……?」


 ミノタウロス……確か、牛の頭を持つ人型の魔物。その強さはそれなりの経験を積んだC級魔術師でも、6人パーティで挑む類のもの。

 というより、そんなモンスターの肉が高級食材として扱われるのに驚きだよ。


「ダンジョンの10階ほどに生息するらしいですわ。頑張ってくださいまし」


 クスクスと口元を隠して笑うシャリル。E級の魔力しか持たない俺に、ミノタウロスを狩れと言うのか……しかし、代わりに金貨一枚を払う事もできそうにない。


「わ、分かった。狩ってくればいいんだな」

「ええ、楽しみに待っていますわ。それと借金があるうちはちゃんとペットとしての自覚をお持ちになってくださいましね」

「なっ」


 立ち上がった俺を、いつの間にか背後に回っていたアイラが再び床へと跪かせる。


「私も鬼ではありませんから、利子までは取りません。ただ呼んだらちゃんと来るんですよ。今日みたいに逃げようとしたら、学園の方に処罰をお願いしないといけなくなりますから」


 帝魔から追い出されたら、立身出世する道は閉ざされる。今は従う道しか残されていなかった。

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