プロローグ
「気に入ったわ。貴方、私のペットになりなさい」
「はっ!?」
立ち上がる余裕もなく、四つん這いに見上げる俺に、その少女は嬉しそうに言い放つ。
白金の輝きを放つブロンドを、頭の両サイドでくくったツインテール。勝ち気な性格をそのまま示すような吊り上がり気味のアーモンド型の蒼い瞳。
小ぶりな鼻と丸みのある頬、桜色の小さな唇は、まだまだ幼さが残る顔立ち。
発育途上の身体を学園指定のブレザーに似た制服に包んでいる。ジャケットは黒をベースに赤い襟やポケットがついていて、スカートは赤に白と金糸でチェック柄のプリーツ。
黒のニーハイソックスに包まれたスラリと伸びた脚は、見えそうで見えない長さのスカートとの間に、絶対領域の白さを強調している。
一流のデザイナーが作り上げたような理想的な美貌を持つ少女。それがCGでは再現しきれていない質感を持って、自然に動いている姿は奇跡とも言えた。
また本人のスペックも群を抜いている。同期で唯一の魔力評定A評価の、一流魔術師としての将来が確約されている貴族令嬢だ。
しかし、あまりに優秀過ぎる能力は、人格形成に難があったのだろうか。
入学式の模擬戦で、いきなりA級魔力を見せつけるように攻撃魔法をぶっ放し、俺を瀕死に追い込む仕打ちをしてきた上に、ペットにしてやるだと!?
周囲は開けた運動場。遮蔽物も無く、A級魔法を防いでくれる物は見当たらない。
新入生と教員達が遠巻きにしているが、誰かが助けに入ってくれそうな気配はなかった。
遠見の魔法で戦闘の様子は分かるが、会話までは拾われて無いのだろう。少女の言葉には遠慮がなく、俺をいたぶる喜びが滲んでいた。
「じ、冗談じゃねぇ、な、何を、いきなり」
「あら、不満なのかしら? 私に飼われれば、少なくとも食べるのには困らないわよ」
魔法の後遺症と、純粋な死の恐怖から声が震えるのは抑えられなかった。
そんな俺に対して、少女は余裕綽々。ふふんと鼻を鳴らして見下される。その顔には感謝しなさいと書いてあるようだ。
「ふ、ふざけんな、俺は1人でも、生きていけるっ」
「そう、まだ逆らう気力があるのね。素晴らしいわ」
何とか強がろうとする俺に、少女は心底嬉しそうな嗜虐の笑みを浮かべながらそう言うと、更なる呪文を詠唱し始める。
「大気に潜みし火気の精、我が魔力に呼応し、その力を顕現せしめよ。火炎噴出」
待て待て、上級魔法じゃねぇか。学園でも三年生の後期か、院の研究課程に進んだくらいじゃないと、習得は不可能とされる魔法だ。
しかもA級魔力を持つ彼女の力は、その威力を更に倍加させている。
対する俺の魔力はE級。かろうじて魔法が発動する程度。火に対する防御魔法は、水の膜を張るウォータースクリーンが定石だが、俺の魔力じゃ一瞬で蒸発して終わり。
大地から噴火のように出現する魔法を、食い止めるどころか威力を緩和することすら叶わない。
「風の拳」
無詠唱で放てる初級魔法。風の塊を相手にぶつけて、吹き飛ばす魔法だ。ただ俺の魔力じゃ人間を動かす事はできない。
一矢報いるために彼女のスカートをめくって動揺を誘う……なんて事は無く、自らの身体へと打ち込んだ。
ゼロ距離からの一撃を、地面を蹴って少し身体を浮かせた状態で喰らえば、俺の弱い魔力でも大きく吹き飛ばす事ができるはず。
しかし、A級の魔力は半端じゃなかった。
地面から噴火するように吹き出す炎。その火柱が出現する範囲が予想の範囲を越えていた。
宙を舞いながらその圏内を出るまでに、全身をこんがりローストにされてしまう。喉から肺をやられないために、口と鼻を手で覆うのがやっとだ。
冷たい地面に転がった時には、あちこちから煙が立ち上り、身体を動かす気力など奪われていた。
「あれで消し炭にならないなんて、ますます気に入ったわ。アイラ、拾って小屋に放り込んでおいて」
地面で動けない俺に対して、無邪気に喜ぶお嬢様。その傍らに控えるメイド服の少女へと指示を出す。
コクリと頷いた小柄な少女が近づいてきた所で、俺の意識は闇に呑まれていった。
しばらくは短編で上げたものの掘り下げストーリーになります。
その分、更新ペースは早く行きたいですが、並行連載もあるのでどうなるか……。