1―電車
寒くなってきた10月。
俺達は駅に来ていた。
交わす言葉なんて無いし、何て話し掛ければいいのか分からない。
ただ、下を向きながら駅のホームに向かった。
周りには誰も居ず、そこは俺達だけの駅に思えた。
冷たくなったベンチに腰掛け、黙って遠くを眺めていた。
『いつ、雪が降るのだろう』なんて、どうでもいいことを考えていると、電車の到着を知らせるベルがホームに鳴った。
けれど、君は立ち上がらず、黙ったまま下を向いてマフラーに顔をうずめている。
俺は何も言えなかった。
君が乗るはずだった電車は次の駅へと走っていった。
まだ、一言も話していない。
話しかけるのが怖かったんだ。
これが、君との最後の会話だと思うと、胸が締め付けられて声が出ない。
「電車…行っちゃったね…」
君から話をしてくるとは思ってなかった。
「そう…だな。乗らなくて…よかったのか?」
「乗ってほしかった?」
まさか。
そんなことは思ってない。
出来れば、このままずっと過ぎていく電車を見ながら『何のためにあそこにいたんだろうな』って笑いながら一緒に帰りたい。
けれど、それは無理な願いなんだよな。
『行くな』って言った時の君の悲しそうな顔が忘れられなくて…
また、電車の到着を合図するベルが鳴った。
「じゃあ…もう行くね」
「ああ…」
「楽しかった…今までありがとう」
「…」
言葉が、出てこなかった。
何故、恋人と別れるのにそんな真っすぐな目をしてるんだ。
もう逢えない。
手も繋げない。
笑いあったり、泣く君を慰めてやれない。
君はドアの側に立つと、笑顔で手を振っていた。
「ありがとう」
何か話さなきゃ。
そう思って、声を出そうとしたが、声が出なかった。
君が泣いている…
笑顔で手を振りながら、頬に流れる一筋の雫を俺は見てしまった。
本当は悲しいんだ。
ドアが閉まり、電車はゆっくりと動きだした。
何か言わないと…
徐々にスピードを上げていく電車と並んで走りながら、精一杯の言葉を大きな声で叫んだ。
「逢いに…逢いに行くから!きっと逢いに行くから!さよならじゃない!またな!」
君に聞こえただろうか。
何度も泣きながら首を振る君がいた。
そして、彼女の口が動いた。
「さよなら…」
君はあの時何て言ってたんだ?
逢いに行くって言ってたけど、君との距離が更に遠くなった。
俺は今、星になって君を探している。