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聖堂(ひじりどう)。 ~ちょっと変わった骨董屋~

星の簪(かんざし)。

作者: 悠凪

 店先に飾った笹の葉が、暖簾と共に揺れるのは聖堂(ひじりどう)

 珍しいものを扱う骨董屋で、店主は着物姿の良く似合う端整な顔の男だ。長い髪の毛を後ろでゆるく結った長身の男が、笹の葉に飾り付けをしていた。

 折り紙で作った色とりどりの飾りは、近所の子供達が作ってくれた。店主はニコニコと、自然に笑みの零れるままに時々バランスを見ながら細い指で丁寧に飾り付けをしていく。

 そこに、冷たい空気と共に気配を感じる。店主はそれに気付いていながら頓着せず動かす手を止めない。

「僕がいるのに無視ですか?」

「何がですか?お前を歓迎するつもりなど毛頭ありませんよ」

 店主はろくに顔も見ずに冷たく言い放つ。それに面白そうに笑った声の主は、そっと店主の背中からその細身の体を抱きしめるように腕を回した。

「……アンリ、何の真似ですか」

 とんでもなく不機嫌な声で、少し振り返るようにアンリを睨んで店主が尋ねると、アンリはクスクス笑って、大きく息を吸い込んだ。

「貴方の香りは甘くて良い香りです。なにか香水でもつけているのですか?」

「つけてませんよそんなもの。それより早く離れなさい。怒らせたいのですか?」

「もう怒ってるじゃないですか。それならもう少しこのままでいさせてくださいよ」

 じゃれるように店主のうなじに顔を寄せたアンリに、店主は勢いよくひじを後ろに引いてアンリの鳩尾を狙った。アンリはそれをまともに受けて咳き込みよろよろと後ずさる。

「そんな相手をして欲しいなら他をあたりなさい。私は男性の相手などしたくもありませんからね」

 ムスッとした顔でアンリを睨みつけると、興がそがれた店主は残った飾りを箱にまとめて店の中に入った。

 アンリもその後に続き店の中に入ってくる。そのまま来客用の椅子に座って店主に向かってニコッと笑った。

「今日来たのは貴方に見てもらいたいものがあったからです。からかいに来たんじゃないんですよ」

 鳩尾が痛むのか、アンリは自分の胸元をさすりながら言う。店主は嫌々ながらアンリの分のお茶も準備して、向かい合うようにアンリの目の前の椅子に座った。

「なんですか?見てもらいたいものとは」

 冷たいお茶で喉を潤して店主は小さく息を吐くとアンリに尋ねた。アンリが掌に向かって何か言葉を紡いで光を発せさせた後、それは姿を現した。

 細い金色の棒状のようなものに、七色の星のような輝く石がふんだんについた、簪。柔らかな流線型のそれは、珍しいものだと一目で分かるものだった。

「どうしたんですか、これ」

 テーブルの上に置かれたそれをそっと手にして店主は問う。聖堂の柔らかい照明を反射して零れるほどの光を湛えて簪は光った。

「僕がこの間回収した魂が、これを供養して欲しいと言ってたので、貴方にお願いしようと思って持ってきたんです」

「そうですか。…少し見ても良いですか?」

 店主の言葉にアンリはあどけない笑顔で頷いた。店主はじっと簪を見つめて、意識を集中させていく。

 煌びやかな石達の一つ一つに、その簪が過ごしていた時間が見えてくる。

 緑豊かな美しい景色。

 穏やかな空。

 満天の星。

 緩やかな河。

 そして優しい笑顔の男性の姿。簪をした女性に向かって、愛情のこもった眼差しで見つめて愛の言葉を紡ぐ。

 それを、簪は店主に伝えてきた。温かな気持ちと、悲しい気持ちと店主の心の中にはじめはゆっくりと、それから濁流のように激しく。それに店主は眉間に皺を寄せて、大きな溜息をついた。

「どうでしたか?」

 アンリがのんきな口調でお茶を飲みながら聞くと、店主はふるふると首を横に振った。

「これは、供養できません」

「どうして?」

 アンリがキョトンとして聞き返す。店主はちらりとアンリを見て、細い流線型の簪を指で撫でて話す。

「相手を探しているからです」

「相手?」

「はい。この子には大切な方がいるようです。その方に会いたいと言っています」

 店主の中に流れてきた気持ちは、愛する人に会いたい。その激しくも温かい想いだった。長い時間を、簪はそれだけの思いでこの世に存在してきた。たったそれだけの想いだけで、その美しい形を風化させようとする時間に抗い、そして泣いてきたのだと思うと、店主の心も痛む。

「なんとかならないのですか?」

 アンリが首をかしげて考えを廻らせる。店主も整った顔に深い思考の色を滲ませて考え込んだ。しばらく時間が経ったころ、店主がポツリと呟いた。

「出来ないこともないですが…私も長い間やったことがありませんので、自信はないです」

「貴方がそんなことを言うとは…星でも壊すのですか?」

「…お前は本当に馬鹿ですね。と言うより、私のことを何だと思っているんですか」

 むっとした様子で店主は一口お茶を飲む。どうもアンリといると眉間の皺が治まる暇がないと店主は嘆息した。

「貴方のことは好きですよ。尊敬もしてますし。僕がこの世界で一番信用して懐いてるのは貴方です」

 子供のような笑顔でアンリは店主を見て笑う。それは可愛らしいものだが、普段のこの男の自分に対する態度を考えると、そうも腑に落ちないものを感じる。

「お前の私への思い等この際どうでも良いです。…では、やってみましょうか」

 言って店主は立ち上がって、両手を胸元で軽く合わせる。目を閉じて意識を深く落としていくと、店主の周りに風が巻き上がった。温かい春の風のような風は柔らかく店主の周りを踊り、艶のある店主の髪の毛がふわりと揺れて端正な顔を彩った。

 やがて風は白い光を生む。それが店主から立ち上るように天井付近にたまり、ゆったりと漂いながら形を成していった。

 人の輪郭が出来上がり、黒髪が見えて、整った顔になり、均整の取れた体には、青を基調にした美しい装束を着ている男性の姿が現れた。

「…誰ですか?」

 アンリが店主に話しかけると、店主はアンリを見て穏やかに笑った。

「牽牛ですよ」

「牽牛?」

「はい。織女(しょくじょ)の旦那様です」

「それって…七夕の?」

「そうです。この簪は織女のものです。思念が残っていて、愛する人に会いたいと私に伝えてきました。ですが牽牛も、もはや遥か昔に魂になった存在ですし、私は送ることは出来ても、魂を呼ぶことは得意ではないので…無理かと思ったのですが、なんとか形だけは現れてくれました」

 店主が言いながら見上げると、牽牛はニコッと笑って頭を下げた。

「牽牛。これを、貴方に渡しても良いですか?」

 店主の細い手に乗る簪を見た牽牛が、その優しげな瞳を見開いて懐かしそうな表情に変わった。泣きそうな顔で大きく頷いた牽牛が店主に向かって手を差し出す。

「織女の本体がどこにあるのかは私にも分かりませんが、見つけたときは、必ず貴方の元に送りますから…気長に待っていてくれますか?」

 店主の手から簪が牽牛にわたる。簪が華やかな光を纏って愛する男の手で煌いた。牽牛は店主の言葉に穏やかに頷いて、その整った顔に感謝の意を表すと、霧が晴れるように姿を消した。

 何事もなかったかのような聖堂の店内に、残ったのはアンリと店主。そしていつもの古いモノ達だけだった。

「貴方って、本当に何でも出来るんですね」

 アンリは心底感心した顔で店主を見て微笑み、そのまま椅子に深く腰掛けてお茶を飲んだ。

「そうですか?私などたいしたことないですよ」

 しれっと言った店主も残っているお茶を口にして、それからふと、思い出したようにニヤッと笑った。

「呼んであげましょうか?」

「は?」

 アンリは突然言われて面食らう。店主は意地悪で、残忍にも見えるような顔で言った。

「お前の一番会いたい子を、呼んであげましょうか?」

「僕の…」

 その言葉に、アンリの顔から表情がなくなる。その目は迷子になった子供のように怯えた色を見せた。

 でも会いたい。

 そんな渇望を滲ませた青紫の瞳を、店主は優しく見つめて笑った。

「今でもそれだけ動揺するのなら、呼んであげません。もっと穏やかな気持ちであの子を思い出せるようになるまではね」

「…そうですね」

 アンリが泣きそうな顔で、店主を見てあどけない笑顔を見せた。その横にあるアンリの鎌の薔薇が、かすかに震えているのを見て、店主は小さく笑いを零す。

 会いたいくせに…それに、こんなに近くにいるのに姿を見るのは怖いんですねぇ。アンリは。

「何を笑っているのですか?」

 アンリがキョトンとした顔で店主を見る。

「いいえ、何でもありません。明後日は七夕ですから、お前も飾り付けを手伝いなさい」 

 明るい声で言って立ち上がった店主に、アンリも笑って立ち上がった。

「良いですよ、今日はもう暇ですから」

 青白い顔に似合わない血色のいい唇が、弧を描いて笑みの形に変わる。華奢な腕を見せるように漆黒のローブをまくってアンリは言った。

「どれを飾りますか?」

 箱の中には、子供達の作った可愛らしい七夕の飾りが、飾られるのを待っていた。

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