~薫華~ 1997 番外編
「これがいいかなぁ」
隣で雑誌を読んでいた香織の細い指先は、桜色の半透明の瓶を示している。
「ん、どれ?」
コタツを挟んで向かいに座っていた大樹は立ち上がると、ビーズクッションと香織の体の間へと自分の体を押し込みコタツに足を伸ばした。親子コアラのヌイグルミによくありそうなこの体勢はとても居心地がよくホッとする。香織が小さい事もあり都合も良かった。
雑誌に目を移すとLANCOMEと書かれていた。どうやら香水のようだ。その桜色の香水はmiracleという名前らしい。
「みらくる?」
香織の右肩に顔を乗せたまま雑誌を適当に眺めて大樹は香織を見つめながら首をかしげた。
「ミラクっていうんだよぉ」
香織はフランスの会社である事や化粧品もある事など説明を加えた。
ふうん、といいつつ大樹は雑誌に視線を戻す。女性物の服や化粧品類など全く知らない大樹は2度目の香織の誕生日プレゼントに模索していた。わからなかったので本人に聞いてみたのだ。
数日後近くのデパートへと2人で向かった。いつもは買い物に行くととても沢山の時間が必要になるーーいや、いろいろ見たり合わせたり、過程もデートとして香織は楽しむので大樹がたまに苦痛になるくらいに長いのだがーーその日は目的のお店へまっすぐ向かった。
お店に着くと若い女性がいっぱいいて丁度男は大樹1人であった。大樹は躊躇してしまった。なんとなく気まずい。
変な目でみられているんじゃ……
被害妄想も甚だしく、誰もこちらを見ていないようであった。
そんな事は全く気にも留めずに香織はお目当ての品を見つけていた。手首に少し振りかけて首の辺りに何やらペタペタしている。
「どお?」
後ろでこじんまりとしている大樹に尋ねる。周りの目を気にしつつ大樹は香織の手首へと鼻を近づける。
甘すぎず、しつこすぎず、それでいて春の爽やかさを感じさせる。よくある料理評論のようなコメントをしてみた。馬鹿じゃないの?と一蹴される。
「嫌い?」
さらに香織が心配そうに尋ねてくる。実際とてもいい匂いだと思っていた。1年前に会ったあの時はもっとバニラのような甘い匂いがしていた気がする。それと比べても、こっちの方が好きだと答えた。
プレゼントを抱え、割とご機嫌な香織と帰路に着いた。
その夜お風呂から出た後、一緒の布団に潜り込んだ。しばらく抱きしめる。香織の髪が大樹の鼻をくすぐる。
「香水もいいけど、お風呂上がりの匂いは外せないよねぇ」
頭の匂いをわざとらしく嗅ぎつつ大樹は言う。
「こっちの方が香織の香りが楽しめる」
ベタな駄洒落を呆れられつつ、さらに匂いを嗅ぐ。
くんくん……
ちょっとぉと香織の声がする。
くんかくんか……
うむ、いい匂いだ。もういいでしょーと言われたが止めるつもりはない。
くんかくんかくんかくんか……
十分堪能した大樹はこう言った。
「目で見て楽しんで、声を聞いて楽しんで、触れて楽しんで、匂いで楽しみました。さて次は何でしょう」
察した香織はわからないと答える。少し戸惑ってているようにも見える。
「ほらあれだよね、昼間言ってた料理評論じゃないけれど」
しらなーい--そういってそっぽをプイっと向く。
「味見もしていいですか」
ストレートに言ってみた。
「ダメー」
ダメなようだ。まあ気にしないが。唇の味見をした。
「ダメって言ったのにー」
ほっぺがふくらんでいる。
その後、至る所の味見をはじめた。こらーとかやだーとか言われていた気もするのだがそのうち言われなくなった。
1時間後
「ごちそうさまでした」
僕は決め顔でそういった。かは定かではない。
そんなに匂いフェチって訳でもないのですが、好きな匂い・思い出の匂いってありますよね。
情景をも思い出してしまうのはすごい。記憶を呼び起こす匂い。
ちなみにミラクは好きです。お試しあれ。
タイトルは……音読みで(笑)
台詞引用
僕は決め顔でそういった。(偽物語)