~暴険~ 1987 番外編
「ごちそうさまでしたー」
給食の挨拶をすませた教室は騒がしい。昼休みを前にして浮き足立った雰囲気になるのは毎度の事である。
おわんの片付けが担当だった大樹は食器を籠に並べた。
サッカーにでも混ざろうかな。
そう思いながら割とよく遊ぶメンバーの位置を確かめていると、1つの視線が大樹に向けられている事に気づいた。その視線の主は大樹が気づいた事を確認すると、チラリと教室のドアに目をやり再び大樹にアイコンタクトを送った。
「またか……」
大樹は教室の裏出口へ向かう。途中サッカーに誘われたが具合が微妙だと嘘を吐いておいた。
1人で教室を出ると<例の場所>へと向かう。大樹達4年1組の校舎は3Fだ。1Fまで階段を降りてとある教室の前で止まる。
資料準備室ーー。そうプレートに書かれてある。大樹は周囲を見渡し誰もいない事を確認すると、素早く中へと入った。
少しだけジメっとした感覚が大樹を包む。辺りを見回すと大きな日本地図や地球儀などが置かれている。滅多に扉が開かれないこの部屋は少し暗く、そしてヒンヤリとした感じがした。
坊ちゃん刈りと呼ぶに相応しい、アホ毛はあるもののサラサラとした黒髪。幼稚園からかけている眼鏡。その眼鏡に届きそうなほどの睫毛。見た目も優等生っぽい大樹は普段悪い事など自分からはしない。そう、奴の影響を受けているに違いない。
手持ち無沙汰な大樹が資料を眺めていると、すぐに<資料準備室>のドアが開いた。
「今日は何?」
大樹が入って来た少年に向かって言った。少年はニヤニヤしながら大樹のそばへと座る。よく見る悪巧みをしている顔だった。
大樹よりも少し背が小さく坊主頭のその少年とは、幼稚園から今までほとんど同じクラスで過ごしている。葛西祐治、大樹に悪い事を教える係の少年だ。
「今日のは、すごいよ」
祐治はそういってもったいぶる。早く言えよ馬鹿野郎。若干苛立ち気味に大樹が催促すると、祐治はしょうがないなーと言った。お前が呼び出したんだろうが!
「山之辺と滝元が交換日記してるって」
山之辺香織。去年この学校に転校してきて早くから存在感をアピールした美少女だ。成績優秀、スポーツ万能、たまにしてくるポニーテールも魅力的。活発な子で女子のリーダーぽくも見える。
「へぇ」
そういって大樹は何か考えた。大樹と祐治は何度かこの場所を使っている。お互いの好きな子を言い合った事もある。2人とも1番には香織の名前を挙げていた。
「交換日記ねぇ」
そういって大樹はまた考えた。滝元はクラスの女子だ。香織と仲良くしているのは知っている。
「それ、見ようぜ」
祐治が唐突に言い出した。あん?なんだって?
「だから、交換日記、こっそり見よう」
祐治は当たり前のように言う。本気で言っているのは長年の付き合いでわかる。何度も言うが大樹はきっといい子だ。祐治は悪ガキだ。全くこいつは……と思いつつも日記という他人の秘密の部分に触れてみたい衝動に大樹は負けた。
当事、大物コメディアンのバラエティ番組のコーナーの1つで<探偵物語>というのを放映していた。大物コメディアン2人が探偵に扮し、ドタバタする内容であった。大樹も祐治もその番組が好きだった。
その影響か大樹達はたまに暗号で筆談をしていた。<あ>なら11、<い>なら12。そう、その5年後くらいに発売される<ポケベル>の文字表記と同じものを使ってやり取りをしていた。これは大樹が考えた。
「俺達で、探偵か」
大樹の言葉に祐治はそれだよという目をしている。
「日記……。多分机には入れないだろうから、ランドセルの中か。みんなにバレずにランドセルから日記を取り出して、読んで元に戻す……」
大樹はそういって深く考えこむ。祐治も何か考えている。先に閃いたのは大樹だった。
「明後日なら、いけるかも」
大樹は祐治にそう告げた。祐治の頭は?マークで一杯だった。
「いいか?木曜の時間割言ってみろ」
祐治はやや不安気に木曜の時間割を暗唱する。
「社会、国語……算数…体育……音楽」
数秒後、祐治はハッと気づく。そう、こいつも頭は悪くは無い。
「4時間目は体育だ。教室に最後まで残って日記を奪う。昼休みにここで読む。5時間目の音楽に行く前に返す。完璧だろ?」
大樹は自信満々で胸を張る。祐治も納得の笑みを浮かべている。
決行が2日後に決まると2人は<資料準備室>を後にした。
木曜日がやってきた。大樹は朝からソワソワしていた。授業も上の空で聞いている。
3時間目の終了のチャイムが鳴り響く。時は来た。みんなは体操着に着替え始める。当事の田舎の小学校は男女一緒に着替えをする。もちろん女子は今は無きブルマだ。でも純真な大樹はそんな事考えもしない。香織の方にチラっと目をやる。友達と話しながら笑顔で着替えをしていた。
これから自分の秘密が他人に知れるなどとは思っていないのだろう……フフフ馬鹿め。
大樹は香織に対して好きという感情も持っていたのだが劣等感に近い競争意識も持っていた。
あまり早く着替えをしてしまい教室で待機するのは怪しまれる。大樹はトイレで少し時間を潰して教室に戻った。
教室にはすでに数名が残っているだけだった。大樹が着替えを終えた頃には祐治と2人になっていた。
大樹が見張り役になる。人通りはない。
大樹が指でGOサインを送ると祐治は香織のランドセルを開けた。緊張が走る。大丈夫か?
しばらくして祐治があったと声を出す。バカ、大きい声出すな。
祐治は日記を自分のスポーツバッグの中にしまいこんだ。完璧だ。
2人で運動場に向かった。
体育が終わり給食を食べる。運動で増した食欲に加え、今日は別の達成感がある。給食が終わり昼休みが始まると大樹と祐治はアイコンタクトをした。それぞれ<資料準備室>へ向かう。
バッグを持った少し怪しげな祐治が後から来た。2人並んで日記を読んでいく。
女の子同士の日記はそれほど面白い物でも無かった。適当に流し読みしていたのだが秘密めいたものは何も書かれていなかった。と思った時、ワクワクする字が目に入った。
美佳の好きな人ベスト10
きたきたきたきたきたっ!
これだよこれ、こういうのを待っていたんだよ。そこには滝元の好きな人10人がランク付けされていた。別のクラスの男子の名前もあった。そこに大樹の名前はなく、1位に祐治の名前があった。だらしない笑みを浮かべている。はいはい、良かったな、おめでとう。
次のページに手をかけて祐治がこちらを見た。めくるぞ?そう言われて大樹も頷く。
期待通りに次のページには、香織の好きな人ベスト10と書かれていた。2人は食い入る様に日記を読む。
10位……9位…… 4位 伊東 3位 角間 …… へぇ意外な名前もあるものだ。
2位 栗原 大樹
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!?
大樹の名前が2位にあった。
素直に嬉しかった。そっかぁそうなのかあ。うんうん知らなかったよ。よきにはからえ。
浮かれていた大樹は、その後どん底に叩き落とされる事を知らない。
1位 葛西 祐治
愕然とした。テンションだだ下がり。なんだこれ。
隣の奴の顔を見たくなかった。見なくともわかっている。仕方なく日記から目を離し祐治の顔を見た。
ああ、見なきゃよかった。
こいつは昔から女の子に人気がある。勉強はそこそこだがスポーツ万能。足も一番速い。
2人の女の子から1位の優勝メダルを授与された男がつぶやいた。
「まぁ、こんなもんだよ」
本当に嫌な奴だ。
いろいろな気持ちで頭が一杯になりつつも、昼休みはあと10分ほどとなっていた。
「そろそろ戻るか」
そういって先を歩く祐治は勝ち誇っているように見えた。
大樹は若干投げやりな気分でついていく。厄日だな。
2人で教室に戻った。まだ昼休みなのにいつもよりも若干人が多い。その少し騒然としている教室には、担任の渡辺先生もいた。不思議ではあったが、女子と遊んでたのかな?そう思いつつ席についた。移動教室の音楽の準備と日記を元に戻す心の準備をしなければならない。
全員が揃った。次は音楽なので各自準備をしだす。なぜか担任はまだ教室にいる。
あれおかしいぞ?
そう思っていると渡辺先生がちょっと聞いてねと言い出した。
「山之辺さんの日記が無くなりました。みなさん拾ったら教えて下さい」
げ。拝借した事はバレて無いようだが、マズイぞこれ。
祐治の方を見てしまった。祐治の目はバレるような事するなと言ってるようだった。
その後祐治が別の方を向いた。目線を追うと香織だった。
泣いていた。
げ。ヤバイぞ。予鈴が鳴りみんな音楽室へ向かう。また祐治と2人になり同じ手口で日記を戻した。
拾いましたと報告する事もできたが、そのほうが危険度が高いと判断したのだ。
何食わぬ顔で音楽室へ行く。
帰りの会で渡部先生が日記が戻った事を告げた。なぜか犯人探しはされなかった。
1996年3月のある日、大樹は目が覚めた。寝汗が妙にベトつく。小学生の頃の苦い思い出の夢を見ていた。
隣では香織がスヤスヤと眠っている。前髪をかきあげて頭を優しく撫でる。おでこに軽くキスをした。
本当に小さな声でゴメンネとつぶやく。
ゴメンね。でもこの話は絶対に言わないよ。そう心の中で思いながら2度寝についた。
これが最後詐欺は続く模様です(笑)
悪ガキ2人組のエピソードでした。
冒険というより暴のほうがいいかなと思いこのタイトルでした。
にっくき祐治君が大樹に電話番号を渡すのを渋った裏にはこんないきさつがあったんですね。
学校では普通にしていたので大樹にこんな一面もあったのかと思って頂ければ。