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~想い~(後編) 1996

 こうして2人の遠距離恋愛が始まった。1月中旬からは大学の後期試験がある。その後は<籠り>がある。 <籠り>とは、スキー場そばのペンションで居候をさせてもらい、簡単な仕事を手伝いつつリフトはただで乗れるというものだ。

 大樹も毎年、1月末から3月頭まで、長野にあるペンションで籠りをしているのだが、今年もその予定である。

 交際が始まったにも関わらずすぐ会えない、それどころか3月までほおっておかれる女の子の立場になったらどうだろう、たまったものではない。

 あれから電話は毎日している。3月まで会えないの?と呆れた且つ悲しい声が頭に響く。

 うーん……。テスト終わってから居候始るまで、何日か都合付けるよ。

 そういってどうにか取り持ったのだがそれでも不満は残るのだろう。付き合い出しがこれじゃあ先が思いやられる。

 


 香織の誕生日は3月13日だった。


「ほら、籠り終わった後も新潟に直接行くから、誕生日一緒に過ごそう?」


これでどうにか納得をして頂いた。ありがとう女神様。



 後期試験の終えた1月22日、大樹は新潟行きの新幹線に乗る。スキー道具は先にペンションに郵送した。

約2週間振りに会える。今度は彼氏として。幸せな気持ちでいっぱいになる。



 話は少し遡るのだが、祐治には7日に報告をした。新潟に行った事、帰って電話で告白した事、付き合う事になった事、あらかた説明を電話でした。


「ふーん」


なんだ、その反応は。


「あっそう」


こいつ……今度殴ってやる。


「まぁあれだ、そのうち別れるんじゃね?」


・・・・・・・・・・・。


後から聞いた話によると大樹が告白なんてできない、しても振られると思っていたようだ。馬鹿め。まぁでもお前が20年間で初めて役に立った事は、番号を聞きだしてくれた事だよ。今回はしょうがない、感謝しよう。1日だけお前の方角に足を向けないで寝てやろう。




 楽しい時は時間が経つのが早い。すぐに新潟に到着した。駅に着くと香織が待っていた。


「ただいま」


そう言ってみた。言いたくなったのだから仕方無い。

おかえりと言う香織。可愛いじゃないかコンチクショウ。

歩き出す時、手を握ってみた。振りほどかれなかった。万歳。

 その夜、初めてキスをした。そして結ばれた。幸せだった。20年間で一番幸せを実感した時である。



 それから3年、喧嘩もまあしたが幸せに過ごしてきた。大樹は就職したのだが、辞めて都内でコピーライターの養成講座を受けていた。学生時代の夢を捨てきれなかったのであろう。仕事を辞める時は反対もされたが、最後は頑張ってと言ってくれていた。しかしいつまで経っても遠距離である。講座は半年で、終わった後も都内にいた大樹に香織から電話があった。


 何かいつもと違う。違和感を覚え心配そうに何があったのか聞いた。

香織は今、大学5年生(1浪している)なのだが、来年は国家試験が待ち構えている。今まで努力をしてきた優秀な方々が、寝る間も惜しんで勉強してどうにかというレベルだ。凡人以下になった大樹には本当の苦労はわからないが、とてつもなく大変だという事はわかる。プレッシャーもすごいのだろう。

電話で香織はこういった。


 「パニック障害って知ってる?」


知らないのだが言葉から想像はできた。

過呼吸になったり、精神が不安定になったりするそうだ。

精神が不安定。嫌な記憶が脳裏をよぎる。すぐに新潟に向かった。



 会ってみるとほぼ普段通りなのだが、顔色はやや悪そうにみえる。今日病院に行ったらそう診断されたのだと言う。

国試の重圧によるものなのだろう。親には心配かけたくないから言いたくないのだと言う。


 数日後、大樹は一緒に暮らす事を決めた。とりあえず一旦アパートに戻って、実家に送る引越しの準備をする。半年しかいなかったな、この部屋。



 こうして香織との同棲が始った。親が来る事もたまーにあるので、近くに大樹用のアパートも一応借りた。付き合っている事を親に言ってなかったらしい。


 同棲。

響きは楽しげで幸せそうだが、そうも言ってられない。


 とりあえず家庭教師と接客業のバイトを始めた。香織の病状は変化ない。薬を飲みながらも毎日何時間も机に向かって勉強しているのを隣で見ている。できるだけ助けてやりたいと思った。食事を作ってあげたりもしている。

 

 気持ちではわかっている。できるだけ力になってあげたい。でも大樹の……1人っ子で甘やかされていた悪い部分が出始めた。


料理を作る時、嫌な顔をした。

自分の現在に多少の不満を感じてきた。

性欲を無理やり抑えているストレスも感じてきた。


もちろん香織はひたすら勉強していてそんな事をしている余裕はない。食べる・寝る・排泄・入浴、それ以外本当に勉強し続けているのだ。

隣で見ていてそれはよく知っている。しかもパニック障害だ。こちらの欲望にまかせてできる訳がない。

最初はそれでも納得できていた。仕方ない。でも抱きしめたりキスをしたりして安心させてやる事はできる。

そうしてきた……のだが、恋人を抱きしめたりキスしたり、それだけで我慢するのが当然なのだが、大樹は我慢強くなかった。シタクなってしまう。そうなると我慢する自分がつらい。ならいっそキスしなければいいんじゃないか。


 色んな要素はあったのだろう。だが香織に冷たく当たるようになっていった。大樹はそれに気づいていないが香織は感じ取っていたのだろう。

一緒に暮らしながらも楽しい雰囲気は序々に減って行った。

自分の顔に出ていた事を大樹はまだ気づかない。甘ちゃんな大樹が気づくはずもない。



 そんな雰囲気のまま1年半が過ぎた3月。国試が終わり、香織が実家に引っ越す日がやってきた。合格発表はまだだが、大丈夫そうである。大樹もほっとしていた。香織の誕生日も過ぎ、プレゼントは時計を渡していたのだが、大樹の誕生日である11月14日にはまだ何ももらっていなかった。具合の事と勉強があったのだ、しかたない。香織の車に引越しの荷物を積み終えた後で、大樹は香織に言った。


「俺の誕生日プレゼント、今から買いに行かない?」


大樹らしい考えだ。


 香織は今日早く家に着きたいのと、選ぶのに悩むので今日は行けない。後で選んで送るよーと言った。


 送る?


 まずそこに引っかかってしまった。会って手渡しじゃないの?と。


「いや、30分くらいでさ適当に何でもいいし。ほらピングーの何かでいいよ。」


大学時代、香織が大樹に、そう居候先に手紙をくれたのがピングーの便箋だった。大樹は気に入ったらしく、後で小さいピングーのぬいぐるみももらった。香織にはピンガのぬいぐるみをあげた。


「そんなの駄目でしょ」


冷たく言われた気がした。



プレゼントなんて何でもいいんだよ。新潟の最後の思い出に楽しめたら。

そう思っていたのに、次に大樹の口からおかしな言葉が出てきた。


「じゃあもう現金でいいよ」


投げやりだった。不貞腐れていた。



次の瞬間、現金が目の前に出された。






コレハナンダロウ。



「何してんの。本気?」


目の前の光景に目を疑った。

え?え?

香織が何か言ったのも耳に入らない。


現金を受け取った。10秒くらい眺める。

誕生日プレゼントに現金って。


これは無いよね?

うん、間違いだ。




渡された数枚のお札を両手に持つと、細かく破り始めた。小さくなった紙幣を宙に放り投げる。


「もういいや、もう無理、限界。」


1年半、大樹なりには頑張ってきたつもりだった。本人はそう思っている。

相手を傷つけていた事に気づいてないのだから。

ストレスを感じていた事にトドメを差されてしまった。



そういって大樹は部屋を1人で出た。香織は出てこない。

追いかけて来てくれるかな、謝ってくれるかな、そう思いながら数分近くでウロウロしていた。

しかし香織は現れない。大樹はバスに乗り駅へ向かった。


 電車の中でも苛立っている。でも後悔もしている。


だけど……先になんて謝れるかよ。


実家に着いた。携帯に目をやる。

着信もメールも来ていなかった。



 数日が経過した。一向に連絡が無い。とりあえず電話を掛けてみる事にした。香織は出てくれた。


良かった。でも謝らないぞ。


試験の結果等の話をした。見事合格して研修も始るようだ。良かった。香織は淡々と話しているように聞こえる。


まあお互いバツが悪いもんね。

そのうちまた、前みたいにすぐ戻れるさ。

そうしたらヨリを戻そう。

きっと今は時間が必要だよ。

そう思いつつ電話を切る。



 数日後から彼氏顔でメールを送る事を始めた。だって付き合ってから、3年半毎日電話してたし。その後1年半も一緒にいたし。


 それくらいいいよね?

機嫌直してよ。


その日はメールの返事が無かった。



 翌日もメールをする。

1日1件だしね。平気平気。


その日はメールの返事が無かった。



 その翌日もメールをした。


その日は返事は無かった。



6月になった。地元に帰って来てしまって広告関係の仕事など募集すらない。困っていた大樹は家庭教師をしていた事もあり、とりあえず地元の塾の講師のバイトを始めた。


「今日から塾でバイトする事になったよ^^研修大変で返事もらえないみたいだけど、頑張ってね」


うん、よし。これでいいかな。



 次の日もメールをした。

迷惑にならないよう1日1件を守って。その日あった事などの報告をする。



返事が来ないまま翌年の正月を迎えた。メールは毎日送っている。大樹は塾長に認められて社員になっていて、割と忙しい生活を送っていた。正月付近は休みがあったので、祐治と会う事となった。祐治にいきさつは話してある。しかし彼は特に何も言わなかった。


「あのさー今から香織にさ、祐治と一緒にそっち行くから会えるかメールしてみるからさ、運転してって(笑)」


祐治は、ああ、と言った。

役に立つじゃないか。

正月だしきっと向こうも休みだよね?

そんな事を言いつつ車に乗ると数分で携帯が鳴った。



メールだ。

香織からだ。

やっぱり正月は余裕あるんだ。



「やめて下さい」


それだけ書かれていた。8ヶ月振りに来た返事だった。毎日メールしてたのに。





祐治に向かって言った。ちと電話してみるね。祐治は黙って運転していた。


「もしもし、久しぶりー、元気?」


あのさ、忙しかったみたいだけど今平気?とまで言うと香織が口を開いた。


「困るから来るのもやめて、もう連絡もしないで欲しい」


「今もう彼氏もいます」








 大樹は育ち方のせいか本人のせいかわからないが、感覚がずれていた。

 非常に驚いた。この返事に。



 え?





 その後数分会話をした。何を話したろう。覚えていない。いつの間にか車はお店の駐車場に止まっていた。祐治は相変わらず無言だ。大樹は車を降りた。


 話をした。泣きながら。どうしてこうなったんだろう。わからない。もう何もわからない。


 

 パニック障害は、もう大分良くなったらしい。新しい彼氏のおかげか。

 そっか……

 良かった、うん、良かった。










絶望して魔女になりそうです。

起承転結 転の2パート目

死亡フラグではありませんが、絶望の前には多少のギャグパート&幸せがいいかなと思ってみたり。

温度差を楽しんでいただければ。

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