~想い~(前編) 1996
大学生活が始まった。埼玉県で1人暮らしを始める。とても解放された気分になった。
何かしたかったのでスキーサークルに入った。シーズン前に多少トレーニングはするものの、夏場は遊びが殆どのサークルであった。サークルの先輩方はちょうど麻雀好きで、しょっちゅう誰かの家で行われていた。
こんな所で役に立つとは。飲み会も多く、ダメな高校生活を過ごしていた大樹にとって打って付けの環境であった。何より1人暮らし、しかも悪夢の男子校生活が終わり周りには女の子がいる。楽しくないはずがない。嫌な事を忘れるかのように遊びほうけた。だが恋愛となると話は別である。
大学3年になっても未だに彼女ができなかった。それは両親を見てきた影響も少なからずあるのだろう。大学1年のGW、帰省をすると知らない外国の人が住みついていた。籍も入れるとかなんとか言われた気もする。人として又は家族として両親を見たとき、20年間の思い出を振り返ると、自分が家庭を持つ・人を好きになる事にSTOPをかけさせられていたのかもしれない。
その年の夏休み、帰省して友達と会う事になった。そいつの名前は葛西祐治。幼稚園から中学まで同じで、例の転校生が好きになっていた大樹のツレである。
「お前まだ彼女できないの?」
祐治が毎度の事のように言う。余計なお世話だ。うるせーなーと思いつつふと頭に浮かぶ。
「あのさ、俺ら20じゃん?よく同窓会ってあるよな?」
大樹がふいに切り出した。
「あー、うちらもやるのかね?」
まんざらでもなさそうに祐治が答える。かかったな?
どうせなら小学校の同窓会が懐かしいよなと2人で話始めた。大樹はある事を思い出す。
「あのさ、お前の姉ちゃんって、香織ちゃんの姉ちゃんと友達だったよね?」
もう8年も経っているのだ。今ではどうだかわからないが。
「ん・・・あー、今でもたまに連絡は取っているみたいだけど」
なんとなく言葉を濁された気がした。こいつは小学生の頃に大樹が香織を好きだった事を知っている。
「今って香織ちゃん何してるんだろうね?お前の姉ちゃんにさ香織ちゃんの番号聞いてもらってみてよ」
「聞いてどうするんだよ」
明らかに祐治は嫌そうだ。
「同窓会?w いやまぁ何してるかお前も知りたくない?」
こいつも実は小学校の頃は香織ちゃんが好きだったのだ。
「めんどくさい」
祐治が即答する。本当にこいつは……
「別にどうこうってんじゃなくてさ、興味だよ興味、久しぶりなんだし」
そういって半ば強引に頼み込んだ。祐治の姉が番号を聞きだしてくれるのに数日しかかからなかった。
「ほら、これ。お前掛けられるの?」
数日後、葛西姉の字で書かれたメモを手にした祐治と会った。大樹が奥手である事を祐治は知っている。
「まあ……な」
そういってメモを受け取ると少し遊んでから家路についた。
自分の部屋に着いた。緊張は軽くしているのだが、ワクワク感が勝っていた。メモを見つつ慎重にプッシュボタンを押す。
香織は新潟の大学に在籍していて1人暮らしをしているのは祐治から聞いていた。姉が言っていたそうだ。
出るのが本人だというのはありがたい。両親なんて出られた日には恐縮してイタズラ電話のようにすぐ切る事になりかねない。
でも今って夏休みだよな?俺も実家な訳だし、と大樹は思ったのだがここで止まるわけにもいかない。
プルルルル。コール音が3回ほどなって、通話口から声がした。
「はい、山之辺です」
なんとなく聞き覚えのある声である。
「あの、えっと、栗原と言いますが……山之辺さんのお宅でしょうか?」
はい、とだけ返事がある。
「小学校の頃一緒だった栗原なんですが……わかりますか?」
緊張ぎみに尋ねる。忘れられている可能性だってある。
「あー、大樹君?」
「うん……久しぶり……」
香織も久しぶりーと言って会話が始まった。香織の姉から番号を教えていいかと聞かれていたらしく、大樹がいつか電話する事は知っていたそうだ。まあそりゃそうか。
久しぶりーとか元気ー?とかから始まった8年振りの会話は当然のように現況報告にたどり着く。
「今、医学部なんだって?さすがだなぁ」
そう香織は道を間違える事なく国立大の医学生になっていた。昔の記憶からは納得の出来事である。
「大樹君はどうしてるの?」
来た来た、この質問が。
大樹自信もあきらめ、というか納得して今がある訳で隠す必要もない。
「埼玉のねー、○○大ってしょーもない所に行ってるよ」
ああそうなんだーと言って次の話題に向かった。いろいろ話して、祐治の最近の話もした。別に聞いてこなくてもいいのに。
「ところで同窓会ってあるの?」
香織が尋ねてきた。ああそうか、そういう体だったよな。
「できたら楽しそうなんだけどさぁ、幹事する人がいるかなぁ……」
我ながらうまい逃げである。やりたくない訳ではないが同窓会などあっても無くても構わない。
そっかーといってまた別の話題に戻る。しばらく話をして、じゃあまたねと受話器を置いた。
やばい、楽しいかも。すぐに祐治に連絡して報告をした。
実家を後にし、埼玉のアパートに帰ってからもちょくちょく香織の事を考える大樹の姿がそこにはあった。あまり電話しすぎるのも良くないと思い、月1くらいで香織と話すようになった。
半年後の冬休み、サークルの合宿が終わり、実家に帰らずアパートで正月を過ごしていた。暇である。する事もない。1月4日の18時くらいだろうか。いなかったらそれでいいや、と香織に電話をしてみる。
「もしもし。あれ、いたんだね。実家じゃないんだ」
軽い試験勉強があるから実家には戻らないのだという。でも割と暇だそうだ。
「俺もさ、みんな帰省してて暇でさー……」
と言って閃いてしまった。
「今から遊びに行っていい?(笑)」
完全に冗談のノリで言った。
「いいよー(笑)」
お約束である。
「わかった。じゃあ今から準備して出るから(笑)」
そういって、香織の次の言葉も聞かずに一方的に電話を切った大樹は荷物を準備しだした。
きっと香織は受話器の向こうで電話がかかりなおしてくるのを待っているんだろう。そう最初の一言は何で切るのー(笑)だろう。
1時間後、大樹は大宮駅に着いた。電話を掛ける。
「えっとねー ○○分発の新幹線だから・・・・○時○分にそっちに着くって」
ここで香織も異変に気づいたのだろう、今どこ?と聞いてきた。
「そりゃ新幹線だもん大宮駅だよね?」
当然のように大樹は言う。え?本当に???とここで念を押された。
まぁ当然だ。大宮駅にいる事だけでもネタとしては十分、驚きである。
「本当に……来る……の?」
不安げな声が聞こえてきた。大樹もネタで行動した事である。困っていたら帰るつもりであった。
「いや・・・ネタで来てはみたけど、迷惑でしょ?さすがに」
まぁ帰ろう。家にいても暇だったんだし、笑いが取れればいいじゃないか。
「そっか。気をつけて来てね」
わかったー、気をつけて帰るよ……
ん?聞きなおしてしまった。なんて?
「○時○分に着くのね?駅まで迎えに行くから」
え?
「もう大宮なんだよね?私も時間あるから」
え??
大樹が戸惑い始めた。でも話は進んでいる。
「いちおうお互いの服装だけ確認しようか。わからないと困るし」
うんうん、それはそうだね……
「じゃあ○時に」
そういって公衆電話の受話器を置いた。
え?マジで?旅行バッグを肩にかけると(行く気まんまんじゃねーか)大樹はホームへと向かった。
正月とはいえ下り線は座れる程度には空いていた。数時間後に8年振りの再会を控えて、緊張が増す。トイレに行って用をたし、鏡と睨めっこする。
マジで……
鼓動が周りに聞こえてしまいそうだ。どんどん新潟駅は近づいてくる。何時間もかかるのに時間が早く流れる。そしてとうとう到着した。改札を抜けると北国の寒さが歓迎してくれた。
8年か。しかも12歳から20歳の8年間。女は変わるよなぁ……
と大樹は考える。見つけられなかったらどうしよう。
「緑のダッフル、緑のダッフル」
呪文のように唱える。こっちは紺のロングコートだ。(これも寒冷地仕様であるのはおいておく)
わかるかなぁ。
「大樹君?」
探すのに夢中になっているとふと声をかけられた。目の前には身長153cmの緑のダッフルを来た女性が立っている。ああ確かに面影はある。あるのだが服装を聞いてなかったら、果たしてわかったかどうか。自分のイメージは小学生の彼女だ。脳内補正は繰り返し行って来たのだが無駄だったようだ。知らない大人の女性がそこにはいた。
「山之辺……久しぶり」
焦って取り繕った笑顔に(いや本当に笑顔だったんだろうが)新潟の冷たい風が当たる。
「寒いし、とりあえずどこかに入ろう?」
そういって香織に先導してもらい、知らない街を歩いて行く。ダメダメな奴だ。2人で歩きながら夕飯何がいいか聞かれた。何でもいいよーと答えると彼女の提案でパスタに決まった。このダメさ加減は緊張のせいだと思いたい。きっとそうだ。いや、どうかな……
お店まで10分ほど歩いたろうか、ようやく少し緊張が緩和してきた。突然来るんだもーんとかそんな事を言われつつ歩く。
あはは、ですよねー。おいおい、さっきからまともな返事してないぞ。
完全にペースを握られた。このままではマズイ。
うーん。
悩んだ挙句最初に振った会話は
「山之辺……昔から小さかったけど、今も小さいね(笑)」
香織の頭に手を置き、自分の首くらいと比べる。
これで良かったのか?まあ口に出したものはもう戻らない。
「えー、大きくなったよぉ」
不満そうにこちらを見る。2~3cm伸びたのだろうか?さすがにそれは口にはしなかった。
カプリチョーザに着くと2人、と香織が店員さんに言う。煙草は?とこちらを向く。早く緊張を解きたい。煙草を吸いたい。が、いちおう吸ってもいいかを同席するレディに聞く余裕くらいはあったようだ。
コートを脱いで席につくと、より一層小さく見えた。153あるのだろうか。
「煙草吸うんだねぇ。背伸びないよ?」
無邪気な顔で香織が言う。それをお前がいうのか。
吸ってるからそんなに小さいの?と聞くと吸わないよーと返ってきた。良かった。自分は吸う癖に煙草を吸う女の子は苦手なのだ。大樹の両親は大樹が小さい頃からずっと近くで吸っている。
食事も来て時間が過ぎて行く。時計は22時を、まわっている。じゃあそろそろと言って席を立つ。
終電って何時なんだろう。調べてすらいなかった。
いや、そういうつもりで旅行バッグを用意した訳じゃないのだが。備えあればって奴ですよ。
終電って何時かわかる?と旅行バッグを持った男に聞かれると、香織は、もうないでしょと微笑んだ。
いや、狙ってないんだよ、本当に……来る事になるとは思ってなかったんだから。
「コンビニでも寄って家に行こうか」
こうなると思ってた?まあそうか。新潟に着くのが夜ってわかってたものね。
うんうんそう、あれだよね、久しぶりに会った昔の友達を無碍にはできないよね。
もちろん何もしませんよ…… 経験ないし……
でもあわよくばキスくらい?
妄想が始まった。何考えてる。
家に着くと綺麗に整頓された部屋が広がっていた。女の子女の子した物は割と少ないか。教科書や医学書みたいなもの?の数に驚かされた。
適当に座って~といい、コタツを指差した。暖房にコタツ。そりゃ新潟だものね。
本当に用事とか無かった?と尋ねると(今更かよ)6日の昼まで大丈夫だという。
それはそれは良かった。しばらく話をした後、お風呂の準備ができた。
女の子の部屋でお風呂とか……
いやいや妄想はそこまでだ。寝る時間がやってくる。おやすみーといい明かりを消す。
うん、眠れない。当然か。
かといって、まだ起きてる?
なんてフラグを立てる勇気は無かった。そして気がつくと、いつのまにか眠りについていた。
翌朝、先に起きていた香織におはようと言われた。ふむ、意外と眠れるものだ。
顔を洗って朝食のパンを食べると、今日はどこに行こうかとの話になった。どこか連れていってくれるらしい。どちらが男らしいのかわからない。
新潟観光が始まった。まともなデートっぽい事はこれが生まれて初めてである。昨日に引き続き言われるがままな流れになった。
長い時間一緒にいるおかげで、いろいろ話せた。彼氏がいない事は来る前から知っていたのだが(以前に電話でさりげなく聞いた、さりげなかったはず)、デート慣れしているようにも思えた。 まあ大樹と比べれば大抵は慣れているのも事実なのだが。
そしてまた夜になる。帰れとは言われてないので遠慮せずに泊まる。
明日は用事があるって言っていたから今日が最後の夜か。
告白するなら……今日か。
もうこの時点で大樹は香織を好きになっていた。いや、小学3~6年まで好きだった訳だし、その後8年間ずっと好きだったかと言われれば違うのだろうが、好意はずっと消えていなかったのかもしれない。
何て告白しようか。今日1日の半分はそれを考えていた。
小学生の頃、俺が好きだったの知ってた?
久しぶりに会ったら綺麗になってて……
また好きになっちゃったかも
いろいろ頭の中で巡る。突然来て、2泊して、きっとそんなに嫌われてはいないのだろう。いやそう信じたい。
でも、普通の友達でもこうなるかなぁ。
考える。考える。考える。ドツボにはまる。大樹の恋愛経験の無さが、さらに迷走に拍車をかけていた。
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。
考えていると時間は過ぎるものである。1月5日が終わりを告げた。
1月6日朝、今日は埼玉に帰る日だ。本当に今日しかない。しかも相手は用事があるんだ。今日はあまり時間がない。駅まで一緒に来てくれるらしい。お昼を食べて駅まで。それがラストチャンス。
大樹は完全にテンパッている。数分置きに告白する決意はするのだが、ことごとく失敗のイメージに負ける。昨日の夜から何の話をしていたか頭に入っていない。
昼食を済ませ、駅まで歩く。
ここしかない。
手でも握ってみようか。言葉だけが全てじゃない。
が、そんな行動を起こせる奴は告白の言葉になんて迷わない。
そんな堂々巡りをしていると駅に着いてしまった。お別れだ。
「お邪魔しました。ありがとう。楽しかった」
それが限界だった。
香織が、じゃあまたね、と手を振ってくれている。
じゃあまたね、社交辞令で言う言葉だよね。うん。
なるべくの作り笑いで手を振り返すと、大樹はホームに向かって歩いていた。2度くらい振り返ったろうか、香織はまだ手を振っていてくれた。
ああ、言えなかった。
自己嫌悪に包まれながら新幹線に乗り込むと、すぐ煙草に火をつけた。
夕方には家に着いた。今頃きっと用事?をしているのだろう。陸上部の部活の何かって言ってたっけ。まあ頭に入ってないのだけれど。
情けねぇ……
へこんでいてもお腹は空く。夕飯のコンビニ弁当を食べながら、お礼の電話くらいはするべきだよな、と思い香織が帰ってきそうな夜になるのを待つ。
夜、電話をすると戻っていたのかすぐに香織が電話に出た。
「ありがとねー」
なるべく軽いテンションでそう言う。何のおかまいもなしに、と社交辞令が続く。そして会話が止まった。
「あのさぁ……」
なんだその脈略の無い台詞は。
「なあに?」
当然ながら香織の声がする。昼までは直接聞こえていた香織の声。11年前に初めて聞いた声。
「えっと……」
ここまできても言い出せない。
「ごめん……。新潟に忘れ物して来た。」
えー嘘~と辺りを見回す香織。出る時確かめたんだけどなぁ、という声が頭の遠くで聞こえた。なぜか耳にきちんと入ってこない。
「うん……」
うん?会話になっていない。沈黙が続く。
「告白してくるの忘れた…………」
また沈黙が続く。香織も黙ったままだ。
ここで、好きです、とでも言えばいいのだが、皆さんご存知、大樹はチキン。さらに沈黙が続く。いつまでたっても何も言えない大樹の変わりに、香織が沈黙を破った。
「そっかぁ、忘れて来たのかぁ。困ったね(笑)」
うんうん、困ったものだ。それでも大樹は緊張して何も言えない。
「困ったね、どうしようね(笑)」
悪戯っ子のような香織の声がする。どうしようね……
あれ?断られないの?ようやく我に返る。
その後、何故か世間話が始まった。香織の声は楽しげにも聞こえる。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
OKって事?
他愛もない会話は深夜まで続いた。
恋愛パートがようやく登場。
俺、駅についたら告白するんだ。という死亡フラグが回避されてしまいました。
起承転結の 転の 部分。
1.2話とはまた違い、正統派恋愛物のつもりで書きました。