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転生の話 by the Outer Gods

作者:

 リハビリがてらに書いたものです。

 決して転生アンチではない、はず。

 金属の悲鳴にも似た、雑多な不協和音が耳障りな旋律をがなりたてている。


 朱の空より遥かな遠方は所謂亜空次元と呼ぶべき空間が漫然と広がっていた。果て無きは無秩序に展開し続ける夢と現の狭間にあり、限りは無く終焉さえも無ければ、始まりすらない停滞が横たわり、不気味な重苦しさだけが延々と生まれては消えていく。其処が夢想に耽る者が創り上げた妄念の世である。それ故にここでは常道の理がまるで通用しない魔境であった。上が下だから下から上へと物は落ち、左が真ん中、右は存在しない。あべこべと言うよりも、ここではそれこそが真実なのである。


 そして世界と銘を打ちはしたが、地は無く、また空は無い。ただ暗闇と鈍く輝く七色の虹彩が混ざり合い、閃光を塗りつぶす闇の攻防とが恐ろしく繰り広がっている。だが、真に驚嘆すべき事であるがその混沌は、ある一個の確立された個体であった。


 いや、それを個体と認識する事は出来ない。少なくとも語り部にはそれが生物であると認知する事は叶わない。何故ならそれは固形ではなく、また流動体ですらない気体であり、ともすればガスの塊としか思えぬからである。時折その表面から空気の塊が鼻の曲がる臭いを放ち、その際出来た穴は忽ちに消え去っていく。その容貌は、意志を持ち蠢く生き物と想定するにはあまりに生命とは掛け離れていた。だが、それは間違い無く一個の命を保持する気体の収斂であった。偏にそれを理解できぬのは、この瘴気を直視することは狂気に呑まれる事と同義であり、その身に犇く理は人間に到底理解できるものではないからである。


 しかし、人で無き者からすれば、その姿の神々しさ、あるいはおぞましさに頭を垂れ慈悲を乞わずにはいられない。それは、つまりそういう存在であった。人間如きが定めて理解できる範疇には座しない大いなる(めし)い神であった。


 その神格は永く果ての先から眠りにつき、転寝に漂い聞こえる協奏曲を耳にしていた。周囲を展開する不気味な肉の塊は其々に口に当たるであろう部分に楽器を押し当て、不快な金管の音色を吹き鳴らし、またある塊は一途に下劣な太鼓を音痴に猛打しているのである。まどろみに聞こえる騒音は神経を狂わせる雑音でしかないが、その物音を楽しむ心地を保つ事も無く、音の端に乗った濁る暗愚を崇め奉る賛辞を侮蔑に吐き捨てていた。


 神格が漏らす恐ろしい言葉は震えて次元を越え、浅ましき人間の理性を捉えて混濁の内へと引き摺り落とす。逃げ場無き精神の牢獄に囚われし人間は、そのまま泥の如き自身の精神へ眠るように死に、原型も残されないままぐずぐずに溶けていく。それは魂が崩壊したからに他ならない。


 彼が吐き捨てる僅かな吐息でその有様なのだから、その神格が如何に人間とは掛け離れた存在であるか理解できよう。その強大さ、その禍々しさ。どれ一つとっても正常たるものは無く、真に歪であり、また破滅である。


 しかし、彼は自らの意志を持っても何か行動を起こす事は終ぞありえなかった。彼の意志は終わりなき安寧の眠りに伏し、そこから浮上し横たえたる身は起き上がることもない。混沌は埋没された時の中をたゆたうだけであった。


 人間が彼の影響を受けるのは、彼の意志に寄るものではなく、規格から滲み出る狂気の残滓であり、そこに彼の意志は存在しなかった。神格がただ在るだけでそのような影響を及ぼすのである。


 ならばこの度、無分別にも登場する一人の男に訪れた結果もまた、無限の中核に棲む原初の混濁の意志とは掛け離れた残滓によるものであった。


「――――――おあ?」


 そこに佇む男は蒙昧に瞳を濁らせ、己が置かれた現状についていけないようで、始め無様にも戸惑いを覚えていた。


「あ、ああ。おい、なんだここ!なんなんだよ、ここはっ!?」


 男の記憶が正しければ、その身は自室から抜ける事はなかった。彼の存在を許すのは彼の狭き領域である部屋しかなかった。ならば、今己はどこにいるのかと焦燥に怯えに身を震わせた。果ては恐慌状態かと思いきや、しかし。


「――――あ」


 はたと鑑みてこの状況に何を思ったか男は突如として震えを収めた。


「ふ、ふふふ――――」


 今先ほどまで怯えに震えた者とは思えぬ。正気さえ触れたかと思わすように、男はだらしなく頬を緩ませ、垂れる脂汗を拭う事も忘れ、内側から込みあがる狂いの歓喜を存分に零していく。


「ふひっ、ふひひひひひひひひひひwwwwww!我が世の春がキタwwwwwww!!」


 そして男は遂に堪えきれず、夜を劈く醜き獣の如くに吠え立てた。その口内から垂れる唾液が唇を汚すが、男はそんな事に気を散らすこともなく、ただ興奮に吼えていた。


「キタ!キタ!!この状況キタっ!!これはテンプレ展開だろうwwwwww!!!!」


 怒鳴り散らす男であるが、その瞳は濁りながらにも歪に輝いていた。理性を保った人間の瞳ではない。無様にも浅ましき、愚か者の瞳であった。


 男の予想では己は死んで、そして自称神が自らの目の前で土下座をするのである。そして情けない事に神はミスを陳謝し、それを自分は罵詈雑言に攻め立てる。殴る蹴るの暴行さえ企て、それに怯えた神は男への罪滅ぼしに転生の許可を与えるのである。


 脳内を駆け巡る展開への予想は妄想以外の何物でも無く、真に夢物語であるが、しかし今この時こそ男を興奮させるには充分であり、男はこれを至極望んでいた。寝ても覚めて脳内の意識は現実に向き合わず、夢遊に都合の良い妄想の世界へと飛び立っていた男にとってこの展開は正に希望の時であった。


 男の瞳にはこれから繰り広げられる自分のためだけの物語が見えた。それは愛と勇気に満ちた世界に超然として現われた男が登場人物たちを思うがままに蹂躙し、我欲と煩悩に塗りたくる物語である。そこで繰り広げられる物語で彼が気に入らない人物は不遇の身となり、女性の殆どは彼の欲望の虜と化し、従順な僕と堕ちるのだ。


「ま、まだか、まだか?ふざけた神(笑)は何処じゃいっおら、わくわくしてきたどwwww!」


 男がいるのは無秩序に広がる白い擬似空間である。ただ何も無い白が男の視界には見え、それ以外の存在など見えはしない。男はそれを神聖さの表れだと鼻で笑い、無駄な演出を催す神の無駄な行為に苛立ちさえ覚えたが、この白い空間は男の精神が創り上げた小さき密室であった。


 事実男がいる空間は男の妄想の空間であり、それは矮小なる男の思考の限界であるとも言えるが、その白色を外側から見れば塵ほどの大きさも無い。目視する事も困難なそれを、対比するのが塵の浮かぶ世を覆う無秩序だった混沌であるのだから、無理からぬ事ではあるが男の空間はあまりに小さすぎた。


 そして塵の浮遊に対し、混沌に主だった変化はない。相変わらず意志はまどろんで浮上せず、その耳は煩雑な合奏を拾い意識は塵へと傾けられなかった。目視できぬ程の大きさたる塵なのだ。眠る神格が気付くはずも無く、それを幸福とすべき事を無知なる人間は理解せず、不快な思考を繰り広げるばかりであるが、しかしその幸福も今に潰えようとしていた。

 混沌そのものに変化はない。混沌はただ在り、香りたつ狂気の残滓を振り撒くのみであった。


「おろ?おろぅっ?」


 白い空間に、一つの影が次第に浮かび上がってくる。それに男はとうとうこの時が来たと胸の高鳴りが止まらなかった。これから始まる己の為だけの世界の趨勢を思い描けば、いやらしく舌なめずりさえ起こす。そして、それは現われた。白色に解ける如くに姿を見せた黒色の影は人の姿をしていた。


「……はあ?」


 影を見た男は思わず、言葉とも構成されぬ声を吐き出した。男の目の前に現れたのは見慣れた人の姿だった。男が心底嫌った己の醜悪な姿だった。真に男の姿と良く似たそれは、ともすれば長らく体を洗う事もなかった故の汗臭ささえ漂わせ、醜悪な影はにたにたと人を不快にさせる笑みを貼り付け、言葉を発する事も無かったのである。


「え、いやなんそれ?ちょ、意味わかんねえんすけどさあ、もしかしてあんたが神様ってやつ?」


 しかし不躾なる事に男はこの状況すらも己の都合の良いものと解釈し、目前に現われた己へと遠慮も無く声をかけた。男の声には否定も拒絶も訪れる事のない確信があった。


『―――――』


「おい、無視か?おれが質問してんだけどさ、あんた応えろよ」


 にたにたな笑みはいっそ背筋すら震わせる不気味さを醸し出し、ただ早口に捲くし立てんとする男のどもる声音に無反応を示す。変化も見せぬ事が男の浮かれた精神には殊更気に喰わなかった。なんだ、これはと元から高くない男の沸点はぐらぐらと煮え、なけなしの理性は暴れだそうとする感情に引き摺られた。


「なあっ、おい!!聞こえてんだろうがっ!!何か言えよお前!!!」


 だが、そんな男の様子を見ても男の影に反応は無い。

 寧ろ更に人形めいた不気味な笑みを深くさせるのみ。


「っ!!っこんのおおおおおおおおおおおおおおお!!お、おれが大人しくしてれば調子に乗りやがってぇ!!!」


 遂に男は切れた。無反応は己が見下された結果だと理解したのだ。殊更に地団駄を踏んで、意味も成さぬ暴言を吐き列ねた。その行為そのもの、いや思考そのものが見当違いであるにも関わらず、男の稚拙な癇癪は加速するばかりである。その様はどこか滑稽で、また情け無くすらあった。


「てめえは神だよな!神なんだよな!!?神だったらおれを転生させろよっ!…なんだよ、まだ無視かこんにゃろ!早く謝罪しろ!おれに土下座しておれに侘びを乞えっ!!――おれが、おれが―――おれは……っ―――――!!」


 何故ならこの空間は男が用意した妄想の擬似空間。男の為だけに用意された白痴の精神世界である。ならばこの世界において、男は誰よりも正直で、また上位者であった。気に喰わぬなら苛立ち、抑えることなく怒りを露にさせ、目の前の存在に食って掛かる。


 それは己が予想した状況とは異なり、微々として進まぬ発展に対する憤りを発奮した八つ当たりでしかないが、そのような事に気付く者はこの塵の空間において誰一人していなかった。しかし、目前でにやける男の幻影は男の激怒を見て、禍々しい笑みを最早口が裂けんばかりに濃くしていく。


 ――――ミリ、……ミリと、耳を澄ませば肉の亀裂する音までが聞こえた。


 男はそのような瑣末に気付かない。今や男の正気はこの場所には無かった。尚も言葉を返さぬ男自身に堪えきれぬ肉体が動き、胸元を掴んだ。己を掴むとは君の悪い事であるが、今となってはそのような些事を気にする余裕もなく、わなわなと小刻みに震えて男は言う。


「お、おれを、……転生させろっ!転生して、おれは下らない世界から違う世界に生まれるんだ。……あんな、おれを認めない世界じゃなくて、もっと別の世界で……おれはっ!!」


『――――なにができる?』


 その声は、戦慄く男の意識にあっても氷の痛い冷たさのように伝わってきた。


「っな、なんだ!?誰だ出て来いっ!!」


 男の前にいる男の姿は今や侮蔑の笑み。引き裂かれた口元からだらしの無い唾液が垂れていく。醜悪を通り越したおぞましき顔であるが、それは言葉を紡いでいなかった。


『――――おまえになにができる?』


 それでも声は聞こえてくる。それは寧ろ神託にも似た厳かと、誘惑を囁く魔性の邪悪な声音にも聞こえる。


「おれは転生して変えるんだ!!全部ぶっ壊して、おれの思うとおりに変えてやるっ!……おれは壊していい!なんたって、なんたっておれは先の展開を知ってる!なにもかも、その世界を知ってるんだ!!……だから全部わかる!!そこの歴史も!展開も!終わりも!だからおれは何をやっても許されるんだっ!!誰かを救うことも!誰かを好きにしていいのも!!殺す事だって!!おれは、おれはあそこで英雄になるんだよっ!!」


『――――ゆるされる?』


「そうだ!おれは許される!!世界中の人間からおれの全部許される!!好き勝手に生きても、おれは英雄なんだよ!!最強の英雄だっ!だれもおれには勝てない、だれもおれを殺されない!!おれを邪魔するやつは殺す!!どん底に叩き落してやる……っ!!」


『――――なんでゆるされる?』


「許すやつ以外は殺すからだ!!おれを認めないやつは許さないっ!!おれを嫌うやつをおれはぶっつぶしてやる!!でゅふっ、ふふふふふふうふふふふ――――ふふふ!。……そうだ、おれは力が要る!アンチやハーレムする力がいるんだよおおおっ!!!!」


 男の願いとは己のために他人を踏み台とし、矮小な己の自尊心を満たす事だった。それを男は夢見続けてきた。不遇の身である男にとって、他人とは男を苦しめるだけの存在でしかなく、恐怖に値する存在で、生きる事は辛かった。それゆえ妄想に当り散らすだけしか男は自身を慰める事も出来ず、目前の現実から逃げてばかりだった。


 早口に捲くし立てられた言葉は一種の狂気を紡ぎ、男は首を回して辺りに当り散らす。挙動は手当たり次第に意味も無く振り回され、その瞳も恐ろしげに見開かれ、妄想に頬が垂れた。目の前の存在にさえも目を見やる事も無いほど、その意識はここではないどこかを夢想していた。そして。


「だから」


 ぴたり、と男の動きが止まった。


「よこせっ……!」


 睨んだ瞳は定まらない。

 その腕に掴んだ己へと、男は言い放つ。


「だからおれに力をよこせって言ってんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 世情から逃れ、現実へと立ち向かう努力を行わなかった男が、今この時、渾身の願いを吼えたてた。切実なる狂気を具現化するため、震える己の夢を吼えた。


 願いを口にすることは容易い。ただ言葉にすればいいだけの事。だが、言葉にするだけでは願いは意味を成さない。そこに中身は収容されていない。虚ろな空が願いの外殻で固めた陳腐な妄言である。そして男の願いは妄言以外の何物でもなかった。


 口先だけで語り尽くされた妄想の限り、有りもせぬ真を嘘とし、家族の言葉さえ罵倒で返した男がそれを口にする事は真実おこがましく、また憐れであった。


 彼は人よりも劣っているだけだった。見た目が、頭脳が、身体が。列挙すれば腐るほどある、と自覚している。それを自覚し、そして男は卑屈になっていった。何をした、自分が何をしたと、内心に不満を溜めては、共存する事を考えることなく、一人となっていった。


 わかるだろうか。周囲いから腫れ物扱いを受ける気持ちが。歩くだけで避けられていく惨めさが。いるだけで人が周りから離れていくむごさがっ。この孤独が!家族さえも、男から離れていったのだ!いないものと扱われ、足をもがれて苦しむ虫を見つめる視線に晒されたのだ!


 だから男は逃げた。己の世界へとひたすらに逃亡した。それだけが男に残されたたった一つの安寧だった。漫画やアニメに嵌り、ギャルゲーを網羅し続けた。その分だけ人との接点は減り、嫌悪の感情に晒される事になったが、それでもよかった。妄想に逃げている時だけは心がひどく落ち着いた。どれだけ辛い事があっても、妄想する事で慰められた。


 しかし、それでも男はわかっていた。

 己と言う存在は、最早どうしようもなく救われない存在なのだと。


 物語に登場するような主人公達のように輝いているわけでも無く、盛り上がらせるキャラのように確固たる信念に生きる事も出来ない己は、無惨な存在なのだと。


 そして奇特な事であるが、それを自覚し理解すればするほど男は創作の世界にのめりこんでいった。逃避するための手段が己を傷つかせるとわかってなお、男は逃走を続けた。そして物語の主人公に対し、嫉妬の感情を覚えていた。


 こいつは輝いている。こいつは愛されている。

 なら、何故自分はこんなにも惨めなのかと。


 自分だって輝きたかった。友と溌剌な青春を謳歌したかった。愛する恋人が欲しかった。


 幸せに、なりたかった。


 でも、なれない。何故なら自分はどうしようもなく惨めだからだ。現状も変えることも出来ない己には、どうしようもないことだった。


「―――――――こんなはずじゃ、なかった……」


 だから憎んだ。望まれるままに生きる者を。光り輝く存在を。妬み、嫉み、嫌った。


 自分だって、自分だってこうなりたかった。

 自分だって、自分だってこうはなりたくなかった。


「こんなはすじゃ、……なかったんだ――――」


 男の瞳から濁る露が垂れた。それを拭う事もできない。

 頭の中を去来する悔しさに、惨めさに、苦しさに、男は涙を禁じえなかった。

 世界は、こんなはずじゃないことばかりだ


「だから、頼む…………。おれを、てんせいさせて………………ください―――」


 精一杯に、男は頼んだ。


 あるいは、これこそ男の全力だった。卑屈となり、筆舌にしがたい苦しみをその身に受けた男が、唯一、心の底から願うたった一つの願いだった。


 そして。


 男の全身全霊を込めた願いが、今――――。


『――――やだ』


 果たされなかった。


「―――――――――え?」


 何を言われたのかわからず、反応が出来なかった。

 そして、男は見たのだ。

 目の前にいた男は、最早男の姿をしていなかった。


 べろん。


 音にすれば、きっとこんな他愛もない音だった。

 目前で、人の頭が割れた。


「あ、あああああああ」


 頭部から皮を剥かれた蜜柑のようにべろんと裂け、垂れ下がる頭蓋の形成から脳は見えず黒色のヒトデのような物が見える。だが、そこに目はない。目はべろんとした顔にくっつき、今もなお男を愉悦に形を歪ませて見ている。見ている。見ている。


「あああああああああああああああああああああああああああああっ!!!??」


 そして、裂けた口内は魔女の釜の底を思わす地獄を成していた。どす黒い赤の中、不揃いな触手が歯のある部分から伸びて粘液を垂らし、にたりと嗜虐の笑みを浮かべていた。その奥は見えない。きっと煮え滾る灼熱が腹を空かせて舞っている。何かを捕食するその時を待ち侘びて。


 最早、その姿は人間ではない。


 まるで、まるで。


「嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 おぞましき恐怖に男は自身を突き飛ばし、慌てて後方へと逃げていく。何が起こった。何が起こる。目の前にいるものは一対何だ!!何が、何が何が。


 しかし、ここで自身の不甲斐なさを露呈する事となった。


「っ!!」


 足が、縺れて、無様に転んだ。


 いや、これは違う。これは違う。

 今男は何もないとこで転んだ。何もない場所で、倒れ伏した。


 気付いた。足が縺れたんじゃない。

 今まで立っていた、地面が無くなっていた。


「あ、ななななななななななんあああななんっなあにいがあああ??!!」


 必死に後ずさりしようとするが、摩擦を起こす地面がないのだ。ならば手は、足は何処を蹴れば良い。無駄な足掻き。地面が無く、粘着質な水の中にいるような感覚でそこを浮いているだけの男に何が出来る。泳げばいいのか。それとも走ればいいのか。


 でも、どこに?


 ――――全ては豹変する。


 白色だった空間は呻りをあげて、嫌悪感を抱かせる七色の不快な光が浸食を始める。それは毒々しいほどの色合いも見せたり、塗りつぶす虹彩の重なり合いは有無を言わさず飲み込んでいく。白色を、空間を。そして、何かが軽く、あっけなく砕ける音が聞こえた。それは、きっとこの空間が崩壊を始めた音に過ぎない。


「う、あ―――――――――…………っっっっっっっっ!!!!」


 恐慌状態へと陥った男には訳がわからない。理解を超えた、いや理解を放棄した脳髄では立ち行きの成らないこの状況。のっぴきならぬ突如としての変幻。それに追いついていく事ができない男は一対何が起こったのかと、恐怖に怯えて尿さえ漏らした。だが、それを咎める者はいない。いるのは、男と、化け物だけだ。しかし、それも恐怖の対象でしかないのだ。では、男はどうすれば良い。男に何が出来る?


 やがて、決壊する白色の均衡。空間は硝子のように押しつぶされていく。それは男も例外ではない。男は突如として見えない外圧に晒された。柔らかな白色ではない。七色の猛毒が肌を壊死させていく。精神を、削っていく。


「―――――――ぁ――――ゎ――――ゃ―」


 か細く聞こえる声は蚊の羽音よりも小さく、そして気味が悪い。見れば彼の末端は既にその役割を果たせるような有様ですらなかった。彼はまるで無邪気な子供が時折見せる邪悪な悪意の標的と化した人形のような有様となっていたのである。腕は潰され、足はなかった。


 いたい、いたい。いたい、いたい。いたい、いたい。いたい、いたい。いたい、いたい。いたい、いたい。いたい、いたい。いたい、いたい。いたい、いたい。いたい、いたい。いたい、いたい。いたい、いたい。いたい、いたい。いたい、いたい。いたい、いたい。いたい、いたい。いたい、いたい。いたい、いたい。いたい、いたい。いたい、いたい。


 もう、そんな言葉しか浮かび上がらない。

 それでも、男は思うのだ。

 いや、こんな時だからこそ思わずにはいられない――――。


 こんなはずじゃなかったと。


 □□□


 ――――ぶちゅる。


 □□□


 そして、そこには何も残らなかった。

 内側から崩壊していく塵の空間は一人の人間の全てであろうと関係なく、無遠慮に終焉を迎える。僅かにでも大いなる混沌が振り撒く狂気の残滓に触れたものならば、脆弱なる人間の精神世界などひとたまりはない。侵食された精神は精神を食いつぶして魂と共食いを始める。人にこれを防ぐ術も無く、いかな力をもった人間であろうともそれは例外ではなかった。


 混沌はまどろみに揺られながら、やがて来るであろうその時を待ち続ける。耳障りな合奏の気持ち悪い音色を聞きながら、永く永く。時の最果て、終焉の時を待ち続ける。終わりが訪れぬ事はありえない。


 どれほどの時が流れ、安寧の世が続いても崩落の時は必ずや訪れる。何故なら彼こそ、全ての始まりにして終わり。全ての創世はこの神格によって行われた児戯である。


 ならば、大いなる混沌が終焉を司る事は想像にし難くない。人々に狂気と絶望を振り撒く混沌は、いつの日か必ず眠りから覚めるだろう。その日はいつになるか定かではない。


 人間にはその眠りを妨げる事も、また目覚めを防ぐ術もない。無力なる人間に出来ることは、ただ一つなのだ。永き時を漂う神格の眠りが数瞬でも長く続き、目覚める瞬間までその眠りが終わらない事を祈るのみ。


 それこそ人が出来る唯一の手段にして、これ以上ない最良の手段なのである。


リハビリ程度に執筆してみれば、何時の間に長く書いてしまった。

 まず、始めに言わなければならないことは、私は転生系が大好物であるということです。

 良いじゃないですか。最強系もハーレムも。アンチは少々苦手ですが、しかし嫌いではないです。それも一つのお話、それぞれにはそれぞれの良さがあると思います。

 しかし、リハビリ程度に何かないかな、と題材を考えてみたところ『転生させる神』の下りがパッと浮かんだので、ならば『転生させない』下りがあってもいいな、と考えて今回の流れとなりましたが、ナニコレ。

 邪神セイバー系の神様を目指したのですが、蓋を開ければクトゥルー系。どこで間違えたのやら。神様がそんな都合の良い存在な筈ないよなあ、と考えたのが不味かったのやら。

 リハビリに書いたものなので、やはり表記にブレ、違和感というか読みづらさがあると思いますが、存分に指摘してください。 

 

 ついでにネタをばらせば、作中に男が転生したがっていたのは『ネギま』の世界です。そこでテンプレをやるチャンスが巡ったと思いきや相手は外なる神だったという。

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