ほつれた心と冷めないアップルティー
午後の暖かい陽の光が停留所の窓から差し込み、ツムギをますます眠くさせていた。
カチャッとティーカップを混ぜる音で耳がぴくりと反応して鼻をヒクヒクさせる。
「ルカ、それなんだべか?」
「アップルティーよ。 シナモン入れてみたの。 ツムギ眠そうだから眠気覚ましにいいかなって」
「わあ! オラのために?」
ツムギがとことことルカのそばへ寄る。
「はい、どうぞ」
「いただくべ」
アップルティーを飲むとパアッと表情が明るくなるツムギ。
「午後も頑張るべ」
窓の外を見ると、船から降りた女性が辺りをきょろきょろしていた。
「あの人、ここが停留所だってわからないんだべか。 オラちょっと行ってくる」
とことこ女性のところへ行くと目が合った。
「船が出るまでまだ時間あるべ。 少し休んでけ」
「犬が喋った!」
「犬じゃねぇど! オラ、ツムギ。 狼の獣人だど」
「まぁ何が起きても不思議じゃないわよね。 私はそういう世界に来たんだから」
「おめぇ、この世界の人じゃねぇだか?」
「異世界から転移してきたの。 ニカよ」
「とりあえず茶でも飲んでけ」
ツムギの誘いに渋々停留所まで行くことにしたニカ。
カランコロンとドアを開けると先ほどのアップルティーの残り香が漂っていた。
「いい匂い……」と、こぼすニカ。
ツムギはニッと笑い、ルカにオーダーした。
「ルカ、さっきのアップルティー、このニカさんにもくれるべか」
「いいわよ」
ルカが早速アップルティーの準備をする。
椅子に座るツムギとニカ。
「さっき、異世界から転移してきたって言ってたべ」
「そうよ。 向こうの世界ではただのしがない仕立て屋よ。 流行りにもついていけず客に愛想を振りまくのも苦手。 私みたいな人間どこにいたって同じ……ただの『数合わせ』なのよ」
「その包みはなんだべか?」
「裁縫道具と生地よ。 結局私にはこれしかないの。 どこにいても好きな服を作ってる」
自嘲気味に笑うニカの前に、ルカが静かにカップを置いた。
そこにはツムギが飲んでいたものとは違う、不思議な星の形をしたスパイスが浮かんでいる。
「それは素敵なことですね。 自分に嘘をつけない方はこの停留所では歓迎されます」
「……何これ。 星の形? 妙なもの入れるのね」
「スターアニスです。 独特な香りがしますがリンゴの甘みを奥深く凛としたものに変えてくれるんですよ」
ニカは渋々カップを口に運んだ。
熱い湯気と一緒に甘酸っぱいリンゴの香りと少しピリッとした、けれど背筋が伸びるような星の香りが鼻を抜ける。
「おいしいべ?」と聞くツムギ。
「おいしいなんてもんじゃないわ。 なんかこう、なにかが湧き上がってくるというか数合わせなんてどうでもよくなるというか、ああ〜私ったら何言ってるの」
そんなニカにルカは落ち着いた声色で言った。
「あなたの縫い目は、そのスターアニスのように小さくても替えの効かない個性を放っているはずです。 誰に気づかれなくてもあなたは『あなただけの物語』を縫い続けてきた……違いますか?」
ニカの指がカップの縁を強く握りしめた。 針仕事でタコができた固くて誇り高い指先が微かに震えていた。
「私これからコンテストに出品するための服を作るの。 でも前の世界でいくら努力しても選ばれなかったから弱気になってたわ」
俯くニカにツムギが言った。
「ニカさんの服、オラ見てみたいべ! 誰かに選ばれる前にまずはオラが『かっこいい!』って言ってやるど!」
ニカは一瞬驚いた顔をして、それから今日初めて小さく噴き出した。
「ふふ……あなたみたいな狼さんに言われたら、なんだか本当にすごい服が作れそうな気がしてくるわね」
ニカは包みの中から一枚の布を取り出した。 まだ何の色にも染まっていない、けれど光の加減で星のように輝く白いシルクだ。
「きれいだなぁ。 どんな服に変身するんだべか」
うっとり見惚れるツムギに微笑むニカ。
「服ができたら見せに来るわ」
「本当だべか!? 約束だと!」
「ええ。 約束よ」
手を握り合うツムギとニカ。
「ねぇ、ルカさん。 このお茶……冷めないうちに飲み干して私もう一度針を持つわ。 選ばれるためじゃなくて私が『これだ』って思える一着を縫うために」
「ええ。 その意気ですよ、ニカさん。 それと、そのお茶、冷めないんですよ」
「あら、そうなの? ……冷めない、か……まるで服への情熱が冷めない私と重なるなぁって……って変だよね。 お茶に自分を重ねるなんて」
「解釈は自由です」とルカは微笑んで言い、予備のスターアニスを一粒、小さな紙に包んで手渡した。
「これはお守りです。 行き詰まったらこの香りを思い出してください。 あなたはあなたという物語の唯一無二の主人公なのですから」
停留所を出るニカの背中は入ってきた時よりもずっと真っ直ぐに伸びていた。
カランコロンとドアが閉まる音。
「……また来るべ!」
尻尾を振りながら見送るツムギ。
ふとルカを見る。
「ルカ、今日はやけに口数が多かったべな」
「そう?」
「そういえば、ルカも異世界から転移してきたんだったべ」
「もうずいぶん昔のことよ」
ルカは昔を懐かしむように口元に笑みを浮かべた。
「夕食はツムギの好きなオムライスよ」
「あの黄色い山から赤いつぶつぶがわんさか出てくる魔法の料理だべ!」
「魔法じゃないわよ」クスと笑うルカ。
「ルカの故郷の料理はいつも見た目が面白くて美味しいべ!」
やがて停留所には食欲をそそる優しい匂いが広がる。




