表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
湖畔の停留所〜魔法使いと小さな狼のおもてなし時間〜  作者: 禾乃衣


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/3

精霊を連れたおじいさん

 朝靄がかかる湖を停留所の窓を拭きながら尻尾をパタパタさせる小さな狼の獣人・ツムギ。

 2階からの足音で耳がぴくりと動く。

「おはよう。 早いのね」

 魔法使いのルカがあくびをしながら階段を降りてくる。

「おはよ、だべ! ルカ、おめぇ今日ものんびりだなぁ。 オラはもう湖の精霊様たちと朝の挨拶済ませてきたど!」

 ツムギは窓を拭く手を止め(と言っても、小さな手では窓の半分も届かないのだけれど)得意げに胸を張った。

「精霊たちはなんて言ってたの?」

「『今日は冷えるから温かいお茶が喜ばれるべ』って言ってたど! だからルカ、早くお湯沸かすべ!」


 ルカは棚から小さな木箱を取り出すと、乾燥させた青い花びらと少し尖った形の葉を手にとった。

 それを石の乳鉢に入れ、すりこぎでサリサリと軽やかな音を立てて潰していく。

 途端に、停留所の中に目が覚めるような清涼感と、どこか懐かしいお日様の匂いが混じった香りが立ち込めた。

 ツムギは目を細めて鼻をクンクンさせ「オラ、この匂い好きだ」とうっとり呟いた。

「ふふ。 お掃除ありがとね。 手洗っておいで。 朝食にしましょ」

「おう!」


 朝食を済ませ後片付けも終わり、ルカが椅子に座ろうとするとツムギが呼び止めた。

「ルカ、向こうから船が来るど!」

「あら、もうお客さんかしら」


 カツン、カツンと杖をつく音が聞こえてきてカランコロン、と入り口の鐘が鳴る。

 入ってきたのは、眼鏡をかけた灰色の髪のほっそりとしたおじいさん。 真っ黒なローブを着ている。

 その肩にはまるで朝露が光を放っているような、透き通った小さな羽がついた精霊がちょこんと座っている。

「おやおや。 精霊たちが騒がしいと思ったら……こんなところになんとも良い香りをさせる停留所があったとは」

「グッドタイミングだべ。 ちょうどさっきおいしいハーブティーができたんだど」

「これはこれは。 ずいぶんフレンドリーな獣人さんだねぇ」

 おじいさんに笑いかけられて嬉しくなったのか尻尾をフリフリするツムギ。

「どうぞこちらへ」ルカがテーブルへ案内する。

 おじいさんが座ると、向かいにツムギもちょこんと座った。

「オラ、なんでも話聞くど 」

「そんな急かさないのツムギ。 ごめんなさい、この子ったら」

「いやいや、賑やかでいいね」

 ルカはおじいさんの前に、温めておいた陶器のカップを置いた。

 そこに先ほどツムギと一緒に用意したハーブを入れ、ゆっくりとお湯を注ぐ。

 カップの中で青い花びらが舞い、お湯が透き通った琥珀色に変わっていく。

「……お待たせしました。『目覚めを待つ朝のしずく』です」

 立ち上る湯気が、おじいさんの眼鏡を白く曇らせた。

 おじいさんが一口すすると肩の精霊が嬉しそうに羽をパタパタと震わせ、ルカの周りを一周した。

「ほう……。 単なるハーブティーではないな。 このお茶には飲む者の『心のわだかまり』を解く魔法が込められておるようだ」

 おじいさんは目を細め静かに湖の向こうを見つめた。

「……実は、私の旅はこれが最後になるんだよ」

 おじいさんは肩に乗った精霊を愛おしそうに見つめた。 精霊は何も知らずにおじいさんの耳元で小さく羽を震わせている。

「この精霊は私が若い頃、異国の地で出会った命の恩人でね。 私が病に倒れた時もこの子は寄り添ってくれた……だが、私の命の火はもうすぐ消える。 私がいなくなった後この子を独りぼっちにするわけにはいかんのだ。 せめてこの子が生まれたあの故郷の森へ……返してやりたくてね」

「……そんな」

 ルカは言葉を失った。 差し出したお茶の温かさがおじいさんの切ない決意を際立たせる。

「おじいさん……」

 ツムギがおじいさんのそばに行き、膝にそっと手を置いた。 おじいさんはその小さな手を優しく包み込む。

「悲しまなくてもいいよ。 私は十分生きた。 ただ、この子が独りで迷わぬよう、最後の力を振り絞ってるだけだよ。 お嬢さんの淹れてくれたこのお茶であともう少しだけ歩けそうな気がする……ありがとう、本当に」


 それからは他愛もない話をして笑い合った。

「……さて。 私もこの子も心が十分に温まった」

 おじいさんはゆっくりと立ち上がると、深く丁寧にお辞儀をした。 肩に乗った小さな精霊もおじいさんの動きに合わせて銀色の粉をパラパラと振りまきながらルカとツムギに羽を振った。

「故郷の森まであと少し。 お嬢さん、ツムギくん。 君たちの優しさを杖にして最後まで歩き通すとしよう」

 おじいさんは再び眼鏡をかけ直し、霧が薄れ始めた湖の道へと一歩を踏み出した。 カツン、カツンと朝の静寂に杖の音が再び響き始める。

 ルカとツムギは停留所の入り口に並んで立ち、その背中をじっと見つめていた。

「おじいさん! 絶対絶対に送り届けるんだべ! 精霊様もおじいさんのこと守ってけろー!」

 ツムギが精一杯の声を張り上げて叫ぶと、遠くでおじいさんが一度だけ片手を上げたのが見えた。

 灰色の髪と黒いローブが白い霧の中に溶けていく。 やがて小さな光の粒だった精霊の輝きも見えなくなった。


「……ルカ。 おじいさん大丈夫だべか?」

 不安そうに裾を引くツムギの頭をルカは優しく撫でた。

「ええ。 あのお茶に込めたのはただの癒やしだけじゃないもの。『最後まで歩ききる』ための小さな祈りも混ぜておいたから」


 湖畔の停留所。

 魔法使いと小さな狼の「おもてなし時間」はまだ始まったばかりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ