第88話 君はいらない。
小屋から出てきてネズミ返しの階段を降りて来た雲平は、不貞腐れた顔でホイップを見て「ついてきて」と言った。
その圧は、あの日見た半魔半人、国府台帝王を上回っていた。
怯えるホイップの脳内には、アグリに言われた【集中と思考】が残っていて、何とかしなければとなっていた。
「ジヤーに帰ったらもう君は城にいた方がいいよ」
突然の戦力外通告にホイップは慌てた。
「嫌だ!」
「駄々をこねるなよ。最初の戦闘では少し役に立てていたから、見どころの一つくらいはあるかと思ったのに、そもそも仲間の意識が無かったとかあり得ないよ」
ホイップは確かに仲間の意識と言われてもピンとこない。
「仲間の意識と言うものを、教えてくれ…ください」
ホイップは必死に考えてもわからなかったので、雲平に尋ねる道を選ぶ。
「はぁ?」
「わからないんだ!…です」
雲平は物凄く面倒くさいモノを見る目で、「シェイクさんが悪いのか、ビスコッティさんが悪いのかわからないけど」と口にした後で、「なら家族は?君の家族とは?」と聞いてみた。
「お父様と兄上…後は、亡くなられたお母様」
思った通りの答えに呆れた雲平は「それだけ?」と聞く。
「何が言いたい?」
「ダメダメだ。セムラさんならレーゼの人達と答える。シェイクさんなら城の皆と言うし、君とシェイクさんはお母さんが違うのだろ?なんでシェイクさんのお母さんの名前が出てこないの?」
ホイップは「それは生まれる前に亡くなられたから、ジヤーの人達と言っても顔も名前も知らない」と返してくる。
「そんなのセムラさんだって全員は知らないよ。でもセムラさんには皆が家族だ」
ホイップは混乱している。
セムラ達が普通だとしたら自分はおかしくなる。だがおかしいという自覚はない。
ならセムラ達が異常者なのではないかと思うとドンドン混乱していく。
「シェイクさんが君を愛しているのは弟だから?」
「兄上はお母様から僕を任されたから」
「バカじゃないの?他人の愛をキチンと受け止められないんだったら、例えシェイクさんが俺の得た記憶保護の能力を使っても君は記憶を継承できない」
「そんな事ない!」
子供の駄々。
いい加減にしたい雲平だったが、駆けてきたアグリが「お兄ちゃん殴っちゃダメ!」と止める。
「アグリ?」
「お兄ちゃんが殴りそうだからって、アチャンメお姉さん達に行くように頼まれたの!場所はビャルゴゥ様に教えてもらったんだよ」
雲平は優しく微笑むと、アグリに「ありがとう。アグリは自慢の妹だよ」と言う。
照れて赤くなるアグリは「恥ずかしいよぉ。でもありがとうお兄ちゃん」と返す。
またホイップには屈辱だった。
シェイクからは大切にされたが、自慢だなんて言われたことなんかない。
「それはそうだろう!兄のお前は全ての神獣武器を扱えるし!妹はビャルゴゥリングの担い手!自慢だろう!自分たち兄妹を基準にして僕をバカにして!僕だって兄上から自慢だと言われたい!兄上をお支えしたいんだ!でも僕は無力なんだ!」
爆発したホイップは思うがままに叫んだ。
「違うよホイップ!間違ってる!」
アグリは雲平が前に出るより先に前に出ると説明をした。
「私とお兄ちゃんは本当の兄妹じゃない。お兄ちゃんのお父さんとお母さんが私を拾ってくれたから、お兄ちゃんって呼ばせてくれるだけ。私とお兄ちゃんはまだ会って数日の仲だよ!」
ホイップは愕然とした顔でアグリと雲平を見て、「…ならなんでそんなに仲が…、僕と兄上より仲が良い…」と言って首を横に振り続けている。
もう生まれた時からの兄妹にしか見えない、雲平とアグリの仲を認めてしまうと、自分とシェイクの仲が崩壊してしまうと思えてしかたなかった。
「サンダーフォール」
首を振って泣くホイップに微弱の雷が落ちる。
それは勿論雲平の放ったモノで、「君はいらない。アグリは俺の妹なのに、何アグリにつまらない事を言わせているの?何をグジグジしてるの?誰もが君に適量のモノを与えてくれない。残しても悪く言ったりしないなんてあり得ない。もうここで戦争が終わるまで再起不能にするよ。シェイクさんには謝って許してもらう」と言うとサンダーウェイブを放つ。
「ダメ!お兄ちゃん!!」
アグリが止めに入っても雲平はアグリを軽くいなしながらホイップを狙う。
ホイップは雲平の殺気に飲まれていたが、「逃げて!アチャンメお姉さんとキャメラルお姉さんの所に逃げて!」と言われると走って逃げる。
雲平が容赦なく放つサンダーフォールをアイスウォールで防いだホイップは、風呂上がりに着替え直してサッパリした顔のアチャンメとキャメラルに必死に飛びつくと助けを乞う。
「あ!?なんだ!?」
「げ!?クモヒラがブチギレてる!?」
慌てて雲平を止めるアチャンメとキャメラル。
アグリも含めた3人で止めるとようやく雲平は、「俺の前に出てきたら次は殺す」と言って「イライラする。アチャンメ?キャメラル?」と聞く。
アチャンメは真っ赤な顔で「姉ちゃんの私が犠牲になってやる!」と言って小屋まで連れて行かれて夕飯まで鳴かされていた。




