第87話 あなた記憶が…。
屈辱だった。
異母兄弟のシェイクは、最後まで自身の味方だと思っていたが、雲平を仲間と認めていた。
それは時戻しの風で証明され、さらに雲平とセムラの命を賭した行為を見て信頼を寄せていた。
シュザークウイングを手に持って神々しく力を振るう兄を本気で尊敬した。
亡き母は病で死んだ。
死の直前、シェイクには「ごめんなさいシェイク。あなたの母になれたかしら?」と言った母は、「私の分までホイップを愛して欲しいの」と言い、自分にも「私はもう居なくなりますが、シェイクを頼りなさい。尊敬をしなさい。シェイク以上の兄はいませんよ」と言ってから亡くなった。
その日からシェイクはホイップを溺愛し、ジヤーの王子としてはジヤーが1番だったが、家族としては己を捨てて自分を愛してくれていた。
その兄が自分を忘れて城に帰る。
疲れもあったのかも知れないが、初めての事でショックだった。
そして雲平の「あれ?居たの?」だ。
確かに自分はさして役に立たなかった。
シェイクとパウンドの道を作る為の氷結結界にしても、自分には声すらかからなかった。
必死に集中しながら「お兄ちゃん!?私邪魔じゃない!?」と聞くアグリに、「アグリは頼もしいよ。前より集中が出来ていて展開が速いよ。パウンドとシェイクさんに道を作るよ。右側の敵にはアグリの、左側の奴らは俺だ」と言った雲平は、氷結結界を放った。
大魔法を放つ雲平。
周りの話を統合すると、雷適性の筈が氷の大魔法まで放つ、神獣武器に選ばれる。神獣武器を装備しないのに、その力を奮える雲平は雲の上の存在だった。
だからこそ悔しかった。
ホイップは生まれて初めて心の底から劣等感に苛まれていた。
それは記憶の継承が行われなかった為で、自身がシェイクの役に立ちアイスウェイブを放った事を覚えていないから余計だった。
「居た、居た」
そう言って駆けてきたのはアグリだった。
「アグリ」
「お城に帰りたかったの?キチンと言わなきゃダメだよ」
「違う…」と言って落ち込むホイップに、「じゃあ何?さっきの戦闘はいいとこ無しだけど、その前の時は役に立ってたよ?シェイク様もありがとうって手まで振ってくれてたし」とアグリが言うと、ホイップは信じられないものを見る目でアグリの顔を見る。
「え?ホイップ?」
「僕は役に立ってたの?」
ありえない質問にアグリが「あなた記憶が…」と聞くと、ホイップは「僕は何も覚えていないんだ」と言って俯いてしまった。
ここでようやくアグリはホイップの心は皆と離れていると気づき、それ故のこの結果かと幼いながらに理解をした。
「お兄ちゃんとセムラ姫が命を削って作ってくれたチャンスをどう思う?」
「どう?凄い事だけどセムラ姫はレーゼの姫で、雲平は神獣武器に選ばれた男だから納得だよ」
この瞬間、アグリは見せたこともない落胆の表情でホイップを見て、「じゃあグェンドゥ様が時戻しの風を授けたのがホイップなら、ホイップは躊躇なく使えた?…ううん。ジヤーの王子として使える?…きっとホイップは選ばれないとか言い訳するよね。だからだよ」と言って、「少し1人で考えなよ」と言いながら去って行ってしまう。
今の回答の何が悪いのかわからなかった。
そしてアグリの質問について考えた。時戻しの風は10分の時戻しで1年の寿命を使う。
セムラ姫はすでに3年。雲平は2年の寿命を使っている。
同じ時、決断を求められて即決できないと事態は悪化する。
1分でも余計に悩めばその分寿命が減る。
考えても答えの出ないホイップは、悩みながら閑散とした陣の中を散歩する事にした。
暫く歩くとあり得ない声量の嬌声が聞こえてくる。
何事かと思い、声の方に進むと小屋の前で呆れ顔のアグリが立っていた。
声をかけにくかったホイップだが、意を決して話しかけると「あ、ホイップだ。覚悟しておいてね」と言ったアグリは、小屋に入っていくと「見ないで!」、「きちゃダメ!」、「見ちゃダメ!」、「アグリの前はダメ!はずかしいぃぃぃっ!!」と一際甲高い声が聞こえながらようやく声が止む。
本能的に入ってはならないと思ったホイップの前には、アグリに肩を借りて足をガクガク震わせながら真っ赤な顔で「ふーふー」言っているアチャンメとキャメラルが、「コレじゃあ敵襲に備えらんねーよ…」、「クモヒラの奴、全部俺がやるとか言って怒りに任せてこれでもかって背中を摩りやがって」と言いながら出てきた。
「ビチャビチャだ…どうするキャメラル」
「1人ずつ風呂入ってパンツ洗ってアグリに乾かして貰おうぜアチャンメ」
そう言いながらホイップを見て、ヘトヘト顔で睨みつけてくると「お前のせいだからな」、「ひでー目に遭った。覚悟しておけよな」と言う。
何のことかわからないホイップに、アグリが「ホイップがお兄ちゃんの仲間じゃなかった事にお兄ちゃんが怒って、イライラするって言って、今のままホイップに会うと何をするかわからないからって、アチャンメお姉さんとキャメラルお姉さんを撫でて機嫌直してたんだよ」と説明をする。
小屋から出てきた雲平は「撫で足りない。なんか余計イライラする」と言って傍目にイラついていた。
「あわわわわ…、アグリ!頼む!風呂場に連れて行ってくれ!」
「これ以上やられたら死んじゃう!もう気持ちいいのはいらねーよ!」
真っ赤になって普段の威勢も何もないアチャンメとキャメラルを連れて行くアグリは、「集中と思考、なんとなく話すんじゃなくて考えなさい。これはお父さんとお母さんが教えてくれたから、お兄ちゃんも怒らなければやってると思うよ」とだけアドバイスをした。




