第78話 私に言えと!?
アグリはビャルゴゥ護衛隊のアグリとして、そしてビャルゴゥリングの担い手の1人として、今晩の寝床の手配を済ませていた。
あの、人と思えない攻撃力を発揮した雲平を兄と呼んでいた事、見た目が日本人で、ジヤーの連中には兄妹に見えた事から若干ひかれていた。
兵舎ではなく特別任務の時なんかに使う小屋を借り受けて、シーツなんかを運び入れたアグリの元に、ホイップが来て「おい、少しいいか?」と話しかける。
親を亡くした子の立場を思えば優しくも出来るが、自身には過分な兄を悪く言い、王子として仕方ない部分もあるが、今も他人を敬う気もなく、「おい」と言ったホイップを快く思えなかった。
だが、アグリからすれば粗相をしたら、自身を娘と呼んでくれる金太郎達に迷惑がかかると思い、「何でしょうか王子様?」と少し刺々しい態度で聞き返した。
「お前はあの男の妹なのか?」
今度は「お前」だ。
こんな事を言いたくないが、子供子供した顔つきのホイップから、「おいお前」なんて呼ばれるとアグリは面白くない。
別に威張る気は無いが、キチンと護衛隊の隊員として任務もこなせるし、魔物とも戦える。
遂には大魔法の氷結結界をモノにして、ビャルゴゥリングにも選ばれた自負がホイップの「おいお前」に不快感を覚えた。
「質問の意味がわかりません。兄は私を妹と呼んでくれます」
刺々しい返しをしてしまって大人気ないとは思ったが気にしない。
どう見ても同年代だ。
「…何がいけなかった?何故お前は怒っている?」
困惑の表情でアグリに問いかけるホイップに、アグリはため息混じりに「ほぼ初対面で兄を散々悪く言われて、今もおいお前と呼ばれれば、嫌でも警戒してしまいます」と説明をすると、ホイップは嬉しそうに「そうなのか!?キチンと教えてくれるのはお前だけ」と言ったところで、しまったという顔になって「あ」と言う。
アグリはなんとなく正解が見えた気がして「アグリです」と教える。
「アグリ…。覚えた。キチンと教えてくれるのはアグリだけだ!ありがとう!」
これだけでホイップはアグリに懐いてしまう。
「アグリ!おいは何でダメなんだ?」
「王子様だとしても、使う人によっては偉そうに見えてしまって気分を害されますよ」
「成程。アグリは賢いな」
アグリは呆れてきまうがホイップは止まらない。
「アグリ!質問だ!」
おいお前からしたら格段の進歩。
アグリは「なんですか?」と聞くと、「兄の名は雲平だ。なのにアグリはシェルガイ人みたいな名前だ。なんでだ?」と聞いていた。
「それは私の名前がシェルガイ用に用意したからですよ。私の父の名は安倍川金太郎。ですがシェルガイではビャルゴゥ護衛隊の隊長アゴールです。母も安倍川瓜子ですがシェルガイではメロンと名乗っています」
「そうか、ではアグリの名はなんと言う?」
それは正直聞かれたくない。
ビャルゴゥなんかは、リング越しに話しかけてくる時は、安倍川よもぎと呼んでくる。
雲平のように、まるでよもぎの名を知らないかのようにアグリと呼んでくれる人もいる。
仕方なく名乗る時もあるが、王子とはいえホイップには言いたくなかった。
表情に出ていたのだろう。
ホイップは慌てて「すまない!忘れてくれ!」と言う。
「王子様?」
「聞かれたくない話のようだった!アグリの顔が辛そうだった。僕の配慮が足りなかった!すまない!」
慌てて謝るホイップに悪い気はしなかった。
それどころか、ホイップは人付き合いが決定的に不足している子に見えた。
少し話しただけで、ホイップはキチンとアグリの顔を見て気持ちを察してきた。
だからこそアグリはキチンと、「王子様…、ご配慮ありがとうございます」とお礼を言った。
ホイップは少し困った顔で「…あの…そのな」と言う。
「はい?」
「出来たら名前で呼ぶ仲になれないか?」
「は?」
「アグリと呼びたいし、王子ではなくホイップと呼んでくれないか?」
アグリはなんだそんな事かと「別にいいですよ?」と言うと、ホイップは嬉しそうに「本当か!?良かった!明日になって王子とか嫌だぞ!」と言って、ニコニコと笑顔になる。
「いいですよ。でも偉い人達の前では王子様と呼ばないと怒られるので、それは許してください」
「…そいつらの事を教えてくれたら懲らしめるぞ?」
アグリは呆れ顔で「ダメですよ」と言った。
・・・
改めてホイップに何の用かを聞いてみた。
「アグリがあの男と兄妹ならわかるのではないかと思って話しかけたんだ。『確かに弟が君じゃあ、シェイクさんはシュザークウイングを持ちたくないと言う訳だ。君を王になんて口にするのもおこがましい。向かってこようともしないなんて』と言われた。僕ではジヤーの王にはなれないだろうか?」
雲平の事は敬っているが、なんという事を言うんだとアグリは思う。
「私に言えと!?」
思わず言いたかった。
だが泣きそうな顔のホイップを見て、「無理、なれません」とは言えない。
唸るわけにもいかないアグリは、「エー、王子様ナラ、問題アリマセンヨ」と棒読みになっていて、ホイップからは「また王子と呼んだな!?それになんだその棒読みは!!」と言われる。
「えー…」という顔のアグリに、ホイップは本気で頭を下げて、「……友としてお願いしたい!ハッキリと言って欲しいんだ!」と言う。
友と言われて少し心の壁を薄く下げたアグリは、「えぇ…。後で問題にならない?」と聞くとホイップは「しない!」と返す。
「本当?」
「本当だ!」
「うん。わかった」
その直後、アグリは「無理。なれない」とハッキリと言った。
雷に打たれたような顔で立ち尽くすホイップは震えているが、こうなれば関係ない。
アグリは「お兄ちゃんは間違ってないよ。皆がホイップに文句を言わないのはビスコッティ様の息子さんで、シェイク様の弟だからだよ。初めての人においお前とか言うし、相変わらず口ぶりは偉そうだしさ」と言う。
ホイップは「く…口ぶりは兄上から人の上に立つ者として、キチンとしろと言われてるからだ!」と言ってみるが、アグリは「じゃあ言えるくらい偉くなるか、強くなるかしなよ。だってシェイク様がホイップを守るのは、やれなくて家臣たちに詰められたら何も言えずに泣くでしょ?だから王様に出来ないんだよ。ホイップが王様になったのに、その後もシェイク様がアレコレと意見してたら、乗っ取りだとか言われるからシェイク様は自分が王様になってホイップを守るつもりなんだよ」と秒で言い返す。
今までのホイップは、何を言ってもだれもが「はい」、「おっしゃる通り」、「後はシェイク様とお話ししておきますね」とやられていたので、言い返される経験はない。
愕然とするホイップは「ぼ…僕が強ければ、兄上はシュザークウイングを手にしてこの世界を救う…」とうわ言のように言うと、「そうかもね」とアグリが言った。
「アグリ!お願いがある!」
「何?彼女になるのはやだよ」
「か…!?何を言う!違う!アグリはビャルゴゥ様に選ばれたのなら魔法の才能もあるだろう!僕にも魔法を授けてくれ!」
「えぇ?ホイップの適性って何?」
「僕は氷だ!」
…よりによって自分と同じ氷かよ。
そう思ったアグリだったが「折角だから先生にお願いしてあげる。行こう」と言って小屋を後にした。




