第77話 俺の勝ちです。
中庭に着くと、雲平は「何人でもいいですよ。ホイップ君も応援だけじゃなくて、何かできるなら入れば?」と言う。
先ほどまでと雰囲気が変わっていて、ホイップは自分でもわからないが、雲平を見て震えていた。
これ見よがしに「アグリ、ビャルゴゥリングを貸して」と言ってアグリを呼ぶと、アグリが「お兄ちゃん、外してよ」と手を出す。
「うん。まあ無くてもこの距離なら使えるけど、見せしめる為だから借りるね」と言うとビャルゴゥリングを自身の左腕に着ける。
「カヌレさん、グェンドゥハンマーも借りますね」
「…雲平殿」
カヌレはセムラの雲平への気持ちを何となく理解していて、神々の盟約によって今のままではそれが叶わない事。あれだけの力を示し、王になれると聞いてもシェルガイに住むと言わない雲平に何と言うべきか悩んでいた。
「セムラさんの幸せって難しいから、今度一緒に考えてください」
雲平は事もなくグェンドゥハンマーを右手に持つと、「シュザーク、シュザークウイングを浮かべろ」と言って、自分の周りを飛行させてから「皆は離れて、アチャンメやキャメラルはジヤーの人としてあっち行く?」と聞く。
「無理、本気出しても勝てねーから、見て破り方とか考える」
「私も雲平の弱点とか探す為に見る」
あの荒くれ者で好戦的なアチャンメとキャメラルが怯える、雲平に立ち向かう気概の者はあまりいなかったが、ジヤーの為、神獣武器を軽々と扱う地球人への不満なんかで150人の兵士が参加表明をして、シェイクを大将として立ち向かってきた。
・・・
ミスティラもカヌレも…勿論セムラも本気の雲平を見誤っていた。
「シュザーク、飛ぶぞ」と言い滑空に近い飛行を始める雲平。
弓兵が雲平を狙うが、シュザークウイングの自動防御がそれを通さない。
雲平は一通り攻撃を待ってから、「グェンドゥ、ウインドブラスト」、「ビャルゴゥ、ラピッドウェイブ」と指示を出すと、兵士をウインドブラストで吹き飛ばし、殺傷威力まで高めないラピッドウェイブで洗い流すと、倒れた連中に向かって「氷結結界」と事もなく呟き氷漬けにする。
往生際の悪い魔法使いなんかは、氷に捕まっても何とかしようと魔法の体制に入るが、雲平は発動前にウォーターガンを頬を掠めるように放って、「当てなかっただけだ。本当なら殺してる」と言い放つ。
それでも放ってこられる魔法に対しては、ウォーターウォールなんかで苦もなく防ぐと、空中からシェイクを見下ろして挑発するように「参りました?」と聞く。
過ぎた謙虚は嫌味だと言ったシェイクだったが、この不遜な態度も見逃す事が出来ずに「何!?」と聞き返すと、雲平は涼しい表情で「まだカケラも本気を出していません」と言った。
「舐めるな!フレイムウェイブ!」
「んー…フレイムウェイブ」
雲平のフレイムウェイブはシェイクのフレイムウェイブを飲み込んでシェイクに向かう。
なんとかかわしたシェイクの前に降りたった雲平は、「よくそれでシュザークウイングを持つ事から逃げましたね?」と言って、首にグェンドゥハンマーを押し当てて「俺の勝ちです」と言った。
あまりにも呆気ない幕引きに参戦しなかった兵達は目を丸くした。
そして何も出来なかったホイップに向かって、「確かに弟が君じゃあ、シェイクさんはシュザークウイングを持ちたくないと言う訳だ。君を王になんて口にするのもおこがましい。向かってこようともしないなんて」と言って、圧を放ったままミスティラとセムラの前に行って「これならオシコも殺せるかな?」と言って笑った。
呆れるように「規格外め、まずはスェイリィを助けるぞ」と言うミスティラと、頭を下げて「ありがとうございました雲平さん」と言うセムラ。
そのままミスティラはシェイクと話があると言い立ち去り、残された雲平はセムラを抱きかかえると何処かへ行ってしまった。
「お兄ちゃん、ビャルゴゥリング…」
「雲平殿、グェンドゥハンマー…」
もう1人の担い手達は、持ち攫われた自身の神獣武器が戻ってこずに見送る羽目になってしまい困っていた。
・・・
アグリはまだジヤー人の扱いなので普通にしているが、カヌレはどこか居心地が悪い。
そこにパウンドが「ハニー?どうしたの?」と声をかける。
「ああ、パウ…ダーリンか。いやな、姫様の幸せを考えていた」
カヌレは神々の盟約について考え、まだジヤーに姫がいてクラフティがおかしくなっていなければ、雲平にセムラを任せて送り出せる未来もあったのに、クラフティはコジナーと手を組みビスコッティを殺し、シュートレンを殺してしまった。
今のままでは神々の盟約に従ってセムラはシェイクの妻になる未来しかない事についての気持ちを吐露した。
パウンドは「んー…、難しいね」と言った後で、「ミスティラ様に聞く?」とカヌレに聞いた。
「お前は何でもミスティラ頼みだな。ミスティラも嫌がるぞ?」
「大丈夫。俺の親より頼りになるよ。それに戦争が1番嫌なのはミスティラ様さ」
「1番?」
「うん。最初の旦那さんはジヤーの人で、2人目はレーゼの人。うちはジヤー寄りのレーゼだからどっちって意識はないけどさ、ミスティラ様は戦争になると、顔も知らない子孫同士が殺し合う事になるって悲しんでいたし、魔物が溢れれば子孫が傷つくって言ってたよ」
カヌレはそれを聞いて、ミスティラがよくそんな事を教えたなと思ったが、パウンドの人懐こさがそれを可能にしていた。
「ミスティラ様、浮かない顔してますよ?」
「ミスティラ様、ミスティラ様は恋とかしたんですか?」
「ミスティラ様、旦那様にも俺にするみたいに酷い事をしたり言ったりしたんですか?」
そうパウンドが聞き、ミスティラはパウンドの距離感に負けて、つい口が開いてしまう。
「浮かない顔?失礼な奴だ。お前がしつこいから…いや、お前如きに何とかなるわけがない。レーゼ側がジヤーに宣戦布告をしたらしい。かつての家族はもういないが、子孫達はレーゼにもジヤーにも居るからな。殺し合ったら悲しいなと思ったのだ」
「恋?お前は私を何だと思っている?私は不死の呪いを受けた罪人だぞ?…だが私を求めてくれた男の子達は居たな。無論心を開いたさ。幸せな日々だったよ。酷い事?バカが……一度だけ…な、私に交際を申し込んだ男が、かつての夫との子孫だったよ。付き合いもせず断ったのが酷い事かもな」
そんな感じでミスティラはアレコレと話してしまっていた。




