第56話 ペナルティは?
ビャルゴゥは正に巨大な鯉だった。
神殿の中、一段高くなっている台座の真ん中に配置された、円状の淵から見た水面は深く、底の方は見えなくて、顔を出したビャルゴゥを見て、雲平がボソリと「ギョギョギョ」と言う。
それを聞いていた金太郎が笑ってしまって「バカ!神様の前だぞ!」と言ってきたが、「父さんが勝手に邪推した。俺は驚いただけ。怒られるなら父さんが怒られてよね」と雲平は言っていた。
「連れてきたぞビャルゴゥ」
ミスティラは山登りに疲れていて面倒くさそうに言うと、ビャルゴゥはキャメラルをみて「似合っておる」と言った。
「おお。褒められた!」
「くっそー、私だってクモヒラの家に行けていれば!」
喜ぶキャメラルを見て、アチャンメは本気で恨めしそうにしていた。
「お願いします!ビャルゴゥ様!この世界の為に神獣武器をお授けください!」
セムラの言葉にビャルゴゥは「持っていくのは構わないよ。レーゼの姫よ、だが担い手のない武器は使用者か武器を破壊する。それはどうする?」と聞き返す。
不思議なことに鯉なのに表情がある。
雲平は不思議そうにビャルゴゥを見ていた。
何も返せないセムラにビャルゴゥは厳しい言葉を続ける。
「姫の立場で兵士に死ねと言うか?確かに神獣武器は持って戦えば手放すまでは生きていられる。だがそれだけだ。戦いはいつか終わる。その時に手から離れれば、担い手でない使用者は死ぬ」
そう続けると、セムラは困り顔で「……はい」と言った。
ミスティラは「性悪め」と口を挟むと、「担い手が居るから、出直しを求めたのであろう?」と聞き、ビャルゴゥは「まあな」と返した。
キャメラルが「私か!?」と言いながら手を挙げたが「違う」と言われてしまう。
アチャンメが手を挙げようとしたが、食い気味に「違う」と言われてしまい、「ぐぬぬぬぬ」と唸った。
いい加減苛立った雲平を遮って、金太郎が「誰だよ。早くしてくれ」と言った。
ビャルゴゥはアグリと雲平を見て、「この2人なら、私の担い手として十分な実力を発揮する」と言った。
皆が驚く中、アチャンメは「またクモヒラかよ!」と言ったが、雲平の顔に喜びはない。
アグリも困惑していて、「お兄ちゃん…」と言って雲平の手を掴んでいた。
「なあ、ならなんで昨日ここに来た時に、アグリを指名したかった?神獣武器があればあの人喰い鬼は倒せたよな?」
金太郎は隊長として、雲平とアグリの親として、睨むようにビャルゴゥを見て聞いた。
「時期が早かった。この娘は氷の使い手だが、アイスウェイブすら放てなかったからだ」
「だから雲平に出会って、アイスウェイブどころか氷結結界まで放てるようになって、お眼鏡にかなったか?」
金太郎の質問にビャルゴゥは「そうだ」と言い、雲平はシェルガイ適性の高さから、属性こそ違うが遜色なく自分を振るえると言った。
ここで雲平が「ペナルティは?」と聞いた。
ペナルティと聞いて、想像していなかったセムラと瓜子が「雲平さん?」、「雲ちゃん?」と聞き返す。
「ミスティラ、神獣武器を持つ事の問題点は?きっとあるよね。使うだけでも問題なんだ。それにミスティラは俺とアグリが選ばれた時に息を呑んだ。何があるの?」
ミスティラは「本当にお前はよく見ているな」と言った後で、ビャルゴゥを見て「だからコイツは性悪なんだ」と続けた。
「持つ事のペナルティはほぼない。それはシェルガイ人ならだ。そして先に別の問題を言えば、人間側から契約破棄は出来ないのに、ビャルゴゥ側…神獣側からはいつでも簡単に担い手から外せる。戦闘中でも夜寝ている間でもだ。その意味はわかるな?」
仮に戦闘中にビャルゴゥが相応しくないとして、担い手から外せば待つのは死だ。
それは武器を再度使う事も含まれるが丸腰になってしまう。
「ミスティラ。後は?」
「この世界から出られなくなる。シェルガイ人で言えばゲートが使えなくなる」
これには雲平は息を呑む。
戦争に勝つ為には持つ必要があるが、それをすれば地球に帰れない。
「それって…」
「でも戦争が終わって平和になったら、ビャルゴゥに解放して貰えば…」
アチャンメとキャメラルの言葉に、ミスティラが首を横に振る。
「本来神獣武器の担い手は、シェルガイの未来を守る存在。限定的な使用を許すかわからんし、そもそもこの性悪がそんな気遣いをしてくれればいいな」
その言葉に、ビャルゴゥは否定する事なく笑った。
「なら私は平気だよ!」
アグリはニコニコと両手を広げてアピールをしたが、雲平も金太郎も瓜子も黙っている。
「お父さん?お母さん?お兄ちゃん?」
やはり金太郎も瓜子も雲平の父母なのだろう。
同じ事を考えていた。
「安倍川よもぎよ、お前の家族は、お前が選べる事を良しとしていたのだ。シェルガイに残るのも自由、逆に地球に帰りたいと思った時に行けなくなるのは嫌なのだよ」
ビャルゴゥの言葉に、アグリは「私はアグリです!」と返した後で、「私はシェルガイの子だよ。ずっとシェルガイで生きるの!」と言ったが、ビャルゴゥは「私には見える。大きく美しくなったお前が、レーゼのゲートを通って地球に行く姿が見える」と言った。
「私…?見間違い?」
「私は神だぞ?予見は未来の可能性を見る。お前が我が武器ビャルゴゥリングを手にせねば訪れるかもしれない未来だ」
「でも!私は行かないよ!ね!だから私だよね?お父さん?お母さん?お兄ちゃん!アチャンメお姉さん!キャメラルお姉さん!セムラ姫!」
そう言われても、地球に行く姿を見たとビャルゴゥが言うと何も言えなくなる。
「それは神獣武器抜きで、俺たちがオシコとクラフティを倒した未来ですか?」
雲平の声は怖かった。
「いや。安倍川雲平、お前が私の担い手になり、この戦争を勝利に導いた先の未来だ。私にはお前の勇姿が見えたぞ。レーゼに赴きサモナブレイドを奪還し、セムラ姫が宝玉の力と共に片道のみのゲートを開き、コジナーに向かったお前は、一騎当千の働きで魔物どもを駆逐して、戦争を勝利に導きシェルガイの王となった」
食い気味に雲平が「…もう結構です」と制止するが、ビャルゴゥは止まらない。
「聞かないのか?お前は妻に…」
「言うな!!」
雲平の怒声で神殿が震えた気がする。
「ちっ、だからコイツは性悪だと言ったのだ。ビャルゴゥ、今のは全て雲平がビャルゴゥリングを手にした時の未来だな?逆にアグリがお前を手にするとどうなる?」
「可能性の一つなら教えよう。戦争を勝ち抜いた安倍川よもぎは、レーゼのゲートで家族を見送ることになる」
これにアグリは真っ青になって父母を見る。
雲平はそもそも日本に帰ると言っているので構わないが、父母を失う事は考えたくなかった。
「一つな、雲平が担い手の未来は幾つだ?」
「一つだ。シェルガイの王になる」
「アグリは?」
「無数ある。勿論キョジュに手も足も出ずに死ぬ未来もな」
ミスティラは忌々しい顔で、「性悪め」と言ってビャルゴゥを睨んだ。
「いつまでに決めれば良いですか?」
そう聞いた雲平は怖い顔をしていた。
「時間はない。あの人喰い鬼が新たな力を手に入れて、軍勢を引き連れて戻ってくる。今のままでは、お前たちは勝てて生き残れても麓の兵達は多数死ぬ」
ミスティラは「舐めるな魚!」と怒鳴りつけると、「アイツの未来視は完璧ではない!完璧ならばこの事態も未然に防げたのだ!それも出来ずに完璧な予見など、あってたまるか!パウンド!勝てるな!?」と言う。
パウンドの「勿論です!」の返事に続くように、アチャンメが「当たりめえだろう!」と言い、「カヌレ!行こうぜ!」とキャメラルが続く。
カヌレは「勿論だ!家族を犠牲に得た勝利など不要だ!」と言って走り出す。
ミスティラは「待て!私も連れて行け!」と言って、パウンドの肩に乗ると「蹴散らすぞ!」と言って下山した。
セムラは困惑した顔で、「雲平さん…アグリさん」と言って雲平とアグリを見た。




