第53話 見なかったことにしようぜ。
7年ぶりに親子水入らずになった。
だが険悪な空気で、雲平はいつ暴れるかわからない顔をしている。
金太郎が「そう睨むな」と言うと、瓜子が「お義母さんの事は、セムラ姫とキャメラルさんから聞いたわ」と言う。
雲平が眠りについている間にセムラ、アチャンメ、キャメラルが、どうして雲平がシェルガイにいるのか、これまで何があったのか、一度日本に帰ったのに戻ってきた理由も聞いた。
ここで金太郎が「レーゼ城での事も、ミスティラさん達から聞いたよ。良くやれたな」と返すと、睨みつけたままの雲平が「父さんはシェルガイの話ばかりじゃなくて、ばあちゃんがどうしてるか俺に聞かないの?気にならないの?」と声を荒げる。
「なるさ、だが便りを出せば会いたいと言われる。そうなれば、よもぎを連れていく必要があるが、あの子に日本は無理だ。かと言ってよもぎを一人にはできない」
「あの子、日本人を見るだけで震えて立ちすくむ子だったのが、ようやくあそこまで元気になってくれたの」
「お前と話しても震えないのは助かったよ。俺達は日本人の多いレーゼを離れてジヤーに住んだ。ジヤーから日本に手紙は出せない。だから今日まで連絡しなかった。それも理由だ」
「言いたい事はわかったよ。でもばあちゃんに手紙は書いて。アメリカでいいから一度地球に来て、写真の一枚でも撮って。俺が持って帰る」
雲平の帰ると言う発言に、瓜子が「雲ちゃん、あれだけシェルガイ適性があるのに日本に?」と聞くと、雲平は躊躇なく「帰るよ。ばあちゃんが待ってる」と言った。
これ以上の話はなかった。
金太郎はアゴールとして「明日はビャルゴゥに会ってくれ。あとはあの人喰い鬼に関して、ミスティラさんから説明があるから夕飯後は会議だ」と言い、雲平も「わかった」と頷いた。
・・・
雲平が小屋を出ると、目の前にはセムラ達がいて、心配そうに雲平を待っていた。
先程のやりとりは見えていた。止めに入りたかったのをミスティラが制止していた。
1番に「お帰り〜」とパウンドが言い、カヌレが「来てくれたことに感謝する」と続ける。
ミスティラは「あの魔法量、お前は恐ろしいな」と返す中、目に涙を溜めたセムラはただ「雲平さん」とだけ言う。
雲平はセムラを見て「セムラさん。遅くなったけど来ました。少しですけど頑張りますね」と言って微笑んだ。
セムラはそれだけで泣いてしまい、雲平に「ありがとうございます雲平さん。ごめんなさい雲平さん」と言う。
ミスティラが雲平の尻を叩いて注意をする。
「姫だからと遠慮せず、抱き寄せるくらいしてやれ。不安な中、姫として肩肘張って私達を率いてくれたんだ。お前が休ませてやれ。夕食には呼んでやる」
自分がそんなに必要とされていることに驚いた雲平が「え?」と聞き返すと、ミスティラは呆れ顔で、「なんだ?腕寂しさにここまで来たのではないのか?アチャンメの奴が言っていたぞ?それともアチャンメとキャメラルを鳴かせて満足したか?」と聞く。
「ええぇぇぇ!?腕の為に?アチャンメとキャメラルで?それじゃあ俺って変態みたい…」
「自覚しろ」
そのままミスティラはセムラに、「わかっておると思うが、雲平は苛立っておるし余裕もない。明日はビャルゴゥとの謁見だ。あの性悪の気を害しては厄介だから、すまぬが頼めるな?」と言うと、セムラは涙を拭って真っ赤な顔で両手を広げると「さあ!雲平さん!腕でもお尻でも好きにしてください!」と言った。
辺りのどよめき
ジト目の金太郎と瓜子が怖い。
「お前こそ、婆さん放って姫様目当てで来たんじゃないだろうな?」
「雲ちゃん?キャメラルさんにも聞いたけど、あんこちゃんにもやってるのよね?お母さん心配だわ」
雲平は「俺はそんなんじゃない!」と両親に言いながらも、セムラの腕を見て一瞬の間の後で、「失礼します」と言ってセムラを抱きかかえると、セムラは我慢できずに袖を捲って泣きながら、「ブランモンと隊員達に誇れる戦果をありがとうございます。あの日ブランモン達が雲平さんを助けた事は、間違いではありません」と言う。
「俺がオシコを倒せると思ってしまって、突出してしまってごめんなさい。ブランモンさん達の分まで戦いますね。ばあちゃんもあんこもセムラさんの心配をしてましたよ。セムラさんも洋服を着替えてここまで旅をして大変でしたよね。お疲れ様です」
雲平の言葉に、セムラは幼子のように泣きじゃくる。
「ごめんなさい。レーゼが取り返しのつかない事をしてしまった。沢山の人を傷付けて命を奪うことになった。兄が申し訳ありません」
それは、聞いているジヤーの兵達すら、申し訳なく思えるものだった。
「カヌレさん、ご飯になったら呼んでください」
雲平はセムラの背中を撫でながら小屋に戻る。
安普請な小屋からは「ごめんなさい」、「すみません」、「ありがとうございます」とセムラの悲痛な声が聞こえてきてしまう。
ミスティラは渋い表情で金太郎を見て、「アゴール…、もっと壁の分厚い部屋はないか?」と言った。
「ミスティラさん?別に姫様が泣いたって仕方ねえですって。国の一大事で、主犯が兄貴で、父親まで失ってるんですぜ?」
「泣くならな…、鳴くんだよ」
ミスティラの嫌そうな顔の後で、聞こえてくるはしたないセムラの声。
「雲平さぁん!激し過ぎますぅぅぅっ!!」
「そんな揉み方今まで無かったぁぁっ!!」
そんな声が小屋から聞こえてくる。
「…な?」
嫌そうなのに何故かドヤ顔のミスティラ。
「…あいつ、何やってんだ?」
「腕を揉んでいる。これでもかと飽きる事なく揉みしだいている。シュートレンとブランモンに申し開きが出来ぬ」
これに瓜子が小屋を指差して、「腕…ですか?」と聞き、金太郎が「本当にやってないんですか?」と続くと、ミスティラは「見たければ見てくればいい」と言って、今も嬌声の聞こえる小屋を見て肩を落とすと、カヌレ達を連れてその場を立ち去っていった。
残された金太郎はこっそりと部屋を見ると、本当にただ膝にセムラを抱いて、雲平が二の腕を揉みしだいていただけだった。
だがセムラの顔は上気して紅潮していて、声を上げて背筋から足までピーンとなって弓形になっている。
おもむろに表情を戻した金太郎に、瓜子が「…あなた?」と声をかけると、金太郎は遠い目で「…アイツやべえな。やっぱり10歳で親離れは早過ぎたかな」と言った。
「後で謝る?」
「見なかったことにしようぜ」
金太郎と瓜子もその場を離れて行った。




