第46話 死にたくない。群馬に帰りたい。
空腹で死にそうだった。
チュイールは仕事に行くと言って国府台帝王をこの小屋に残した。
仕事でチュイールが死ねば自由だと思った顔を見られたのか、呆れ笑いをしたチュイールは「私が死ねばお前も死ぬ」と言った。
耳を疑う国府台帝王に、「まず一つ目、ここは街外れも街外れ。私がひと月ほど借り上げたから誰もこない。そして二つ目、私がその鎖の鍵を持っている。私が鍵を外さなければお前はそこから出られない」と言う。
国府台帝王は脱走防止の格子付きの部屋に入れられていた。
「お前の貧相な水弾で壊せる代物ではない」
チュイールは高笑いと共に消えていき、何日経っても戻らなかった。
喉の渇きは水で潤せる。
そもそもこの旅に連れ回される意味は飲み水係だった。
鉄格子の先、窓から差し込む光が憎らしく思えた。
人生を振り返り後悔を繰り返すのに十分な時間。
「父ちゃん…母ちゃん…死にたくない。群馬に帰りたい」
そう泣いてしまった時、ようやく自分の間違いに気付けた。
面子なんて気にしないで群馬に帰って親孝行をしよう。
まだ後戻りはきく。
そう思った。
そしたら何としてでも生き延びてやる。
力強い眼差しでそう思ったがチュイールは戻らなかった。
体力の低下は魔法の発動も妨げる。
水すら出なくなり空腹で死が見えた時、国府台帝王の前に女が現れた。
女は自己紹介もなく鉄格子を魔法で破壊した。
「ふふふ。ナイトスワローの目で見てたわよ。クラフティからは許しをもらってるの。いらっしゃい」
そう言って国府台帝王の首についた首輪を引きちぎると外へと連れ出した。
女は簡単に「私の事は魔物使いとでも思ってくれればいいわ。ナイトスワローがあなたのご主人様の死と、今際の言葉を聞いた。だから私が来た。それはいいわね?」と言いながら食事を用意してくれた。
国府台帝王は泣いて感謝をしながら頷く。
世の中捨てたもんじゃない。
また救いの手が差し伸べられた。
またその考えに染まった。
ここでなんとか日本に帰らせてくれと言えばよかったかもしれない。
国府台帝王は綺麗な黒髪をした妖艶な女に聞かれるまま答えた。
シェルガイに来てから今日までの事を話してしまった。
「うふふ」
そう笑った女は「私の家に行きましょう」と言い、かなり速い馬車で女の館に向かった。
ここはどこかと聞くと、「ジヤーとレーゼとコジナーの真ん中だ」と教えられた。
コジナーを知らない国府台帝王に女は呆れたが、気にせずに館に入れると、少し出てくるから疲れを癒せと言われて、大人しくあてがわれた部屋で眠ってしまった。
起きた時、女は帰ってきていて顔は怖かった。
だが国府台帝王に向けた敵意や悪意ではなく、「あなたに取引を持ちかけたいの」と言った。
女の話は「私は魔物使い。私の魔物にならない?」と言うものだった。
言葉の意味を理解できずに、詳しく聞きたかった国府台帝王だったが、女は質問には答えずに地下室に国府台帝王を連れて行く。
地下室に行った国府台帝王は目を丸くした。
自身から金を奪ったゴリコニ。自身に金貸しを紹介した男。そして金貸しの3人が鉄格子の中に居た。
「うふふ。リーディングの魔法よ。明らかな実力差がないと出来ないけど、あなたの記憶を読ませて貰ったわ。この3人のせいで破滅したのよね?」
国府台帝王は血液が沸騰した。
この女と夜を共にしたせいで始まった地獄を思い出していた。
女の言葉を聞かずにゴリコニに向けてウォーターガンの魔法を放ったが、ゴリコニはウォールを唱えて防いだ。
国府台帝王は実力の無さに泣いていた。
「あらあら、泣くことなんてないわよ。あの女は仮にあなたが騙されなかった時に返り討ちにする為の実力者ですもの。オークくらいなら1人で倒せちゃうのよ。後ろの男もね。金貸しはまあヒールが使えるから根比べね」
女の言葉にハッとなってゴリコニを見る。
確かに目の光は消えていない。
今も虎視眈々と脱出のチャンスを窺っている。
それは横の男も一緒だった。
「ふふ、私は強いからあんな連中に負けたりしないわよ」
そう言って笑う女に、ゴリコニは「私たちをどうするつもり!仲間と家族を返して!」と声を張った。
「バカね。刃向かった連中はズドン。大人しく着いてきた子達は言う事を聞いてくれたわ。私のお手伝い。でも貴方達3人はこの子にプレゼントをするの。ほら、お供にするには贈り物が必要でしょ?」
そう言った女は国府台帝王に「私の魔物にならない?」ともう一度聞く。
「でも断ってもいいわ。クラフティからはレーゼに相応しくないゴミは、罪状さえあれば殺して構わないって言われてるし、巻き込まれた地球人はね」
そう言った後で、イヤらしい笑みを浮かべて「地球に逃げ帰りたければゲートを開いてやるって」と言いながら国府台帝王を見た。
「逃げ帰る?」
さらに血の沸騰する国府台帝王の歪んだ顔を見て、女は「うふふ。選ばせてあげる。でもその前にこの3人の話をしましょう?」と言った。




