第143話 あの野郎。ご都合主義も大概にしろよ。
鬱蒼とした森の中の家。
「ねえ姉さん?なんで私はここにいるの?」
そう話すのは黒い髪とシュッとしたスタイルの美女で、「雲平の善意だ。感謝して受け取れ」と言ったのは大人になったミスティラだった。
「善意って、あのイレギュラーの声があの世まで聞こえてきて、もう一度帝王に会いたいとは願ったけど…。あの子神様になったのね」
「ああ、説明は不要だが今は6年前のシェルガイだ。まあ半分は、6年前のシェルガイという事になっている」
美女は周りを見渡して「それはなんとなく理解したわよ」と返す。
「結局、イレギュラー…安倍川雲平が人々の願いを結合と最適化をしてこの世界に反映させたのよね?その結果、コジナーやあの子が吹き飛ばした地球が失われる6年前で、あの子やお姫様達は6歳若返り、私と姉さんは人の身になって15歳と14歳。後は地球人達があの子を刺激せずに、神として荒ぶっていた能力が無くなって、安定したら今度は記憶が戻る日を待つのよね」
「ああ、だからあの騒ぎになった。お前も雲平の能力で見たであろう?」
「見たわよ、シュートレンやクラフティ、ジヤーのビスコッティ達が蘇ったわ」
そう、あの時雲平の願いは、消し飛んだコジナーや地球の一部を蘇らせる事、何も知らない人が居てはいけないと言う事で、死者にも雲平の声を届かせて、やり直す世界で雲平が安定するまで平和に過ごす事になった。文明もキチンと発売時期もなにもかも過去の世界に準拠する。多少不便でもこれを守ることに皆が従った。
雲平は最優先でクラフティやシュートレン、ビスコッティなんかを蘇らせた。
緑色のデザーブレイドが起こした光の後で城にいた人たち。
「こ…ここは!?」と慌てるクラフティに、セムラが「お兄様!」と駆け寄ると、「雲平さんがお兄様達を現世に戻してくれました!」と説明をする。
「あれは夢ではないのか?」
困惑する皆に言葉を送り、雲平が健やかに過ごせるように手配をした。
近過ぎず遠過ぎずで選ばれたバニエは完璧に仕事をこなし、雲平を不安がらせる事も寂しがらせる事もなかった。
クラフティは病前に戻っていたので緊急手術を行い、死の病を克服した事でレーゼの王になる事を決意して、セムラには「いつでも嫁入りできるようにしなさい」と言い、ビスコッティも2人の子供達の成長に感謝をして是非あんこを妻に迎えるように言った。
あんこも雲平の願いで若返っていたので本気でやり直す気になっていた。
だがここで問題が起きた。
城に居たミスティラは大人の姿になり、横には眠っているオシコ…キョジュが居た。
ビャルゴゥは「雲平の奴が、お前達姉妹も救われるべき人間だと言って無理をした。そのせいでいつ目覚めるやら」と言う。
そして別の問題は、雲平の中から完全排除されていた今川大と今川円の代わりに、金太郎と瓜子がよもぎの父母にされていた。
「あの野郎。ご都合主義も大概にしろよ」
「でも嬉しい。お母さんの中にもよもぎを産んで育てた記憶があるわ」
その他の人間も、シェルガイに来て破産した地球人達には、シェルガイに行かなくてよいと指示を出し。雲平が不要だと決めた、チュイールや菅野篤志達なんかは除外されていて、その不在の位置や誤差を、全人類が一丸となって埋めて隠していた。
・・・
ミスティラはどこか懐かしむように「雲平の奴、バニエの手紙にあったが、クラフティに会えなかったのが相当面白くなかったらしいな」と頬杖をつきながら言う。
「心がシェルガイを求めているのね。お姫様は?」
「大変だ。1人で腕を揉んでも楽しくないと不満タラタラで、バニエから届く写真を全て額装して、一部屋作って入り浸っておる」
雲平の力でやり直して5年目。
パウンドとカヌレはさっさとミスティラとキョジュを見捨てて、近所でラブラブ生活を満喫している。
キョジュは何かというと「なんでここに?」と言い、ミスティラは辟易としながら「雲平に感謝しろ」と返す。
そんな変わり映えのない日々の中で、ドアをノックする者が居た。
「パウンドか?」
「またご飯をたかりにきたのあの子?」
ミスティラが嫌そうにドアを開けると、目の前にいたのはマフィンだった。
「お前…マフィン?」
「はい。ミスティラ、俺と結婚してください」
マフィンはニコニコと笑顔を崩さずにいきなり結婚を申し込む。
一瞬の間の後で「……はぁ?なんだと?」と聞き返すミスティラに、マフィンは「成人まで我慢してました!そしてジヤーの城に行き、一年つとめあげてきました!」と言った。
「お前?17なのか?」
「はい。結婚をしてください」
ミスティラは困り顔で眉間に皺を寄せながら聞いた。
「マフィン?お前はせっかく蘇った命を無駄にするのか?何かないのか?」
マフィンは「いえ、あの時安倍川雲平くんの言葉に願ったのは『ミスティラの側にいたい』です。あの涙に心打たれました!幸せにします!安倍川雲平くんも応援してくれています!」と返してニコニコとする。
ここで始めて自分が何故15歳にされていたかを理解したミスティラ。
最初の結婚は20歳で、今ここでマフィンを受け入れると、20歳で結婚する事になるミスティラは「雲平ぁぁぁっ」と怒りを滲ませる。
そんな横ではマフィンが「ミスティラ、結婚してください」と言っている。
「…お前、私は2人の旦那がいた女だぞ?比較するぞ!好みがうるさいぞ!」
「はい!頑張ります!」
諦めたミスティラを見て、キョジュは「ふふふ」と笑うと、「じゃあ私は家を出て行こうかしら、クラフティがコジナーの結界を解かないのよね。解かせようかしら」と言った。
「ああ、少し待ってください」
「は?私にも用事なの?」
雲平の言葉通り、かつての遺恨もなく「ええ」とマフィンが答えると、「俺は弱いんだよ!怖えよ!クマとか出たら困るから先行くなよ!」と聞こえてくる。
キョジュは身体をこわばらせて「ウソ…」と言う。
マフィンは「ごめんごめん。早くミスティラに会いたくてさ。君歩くの遅いんだもん」と言いながら振り返ると、ビジュアルバンドに居そうな風貌の冒険者と、鈍臭そうだがニコニコと横を歩く女性。
「帝王?」
「はい。戻ってきましたよオシコさん」
国府台帝王だった。
「いやぁ、あの日本人のおかげで生き返ったけど、高校生だったから頑張って卒業まで大人しくして、レーゼに来たらなんかジヤーに送られて、鍛えさせられたら遅くなりました」
キョジュは感涙しながら「うそ?私の元に?」と言った時、横にいる女性に気付く。
「帝王?その子…」
「はい。タラーベですよ。タラーベの願いは俺の子を産む事なんですって。で、レーゼの兵士がタラーベをジヤーまで連れてきてくれて、こうしてマフィンに連れてきてもらいました」
タラーベはニコニコとキョジュを見て手を振る。
「オシコ、私も帝王の子を産むの!」
「はぁぁ?帝王は私の夫よ!」
そのまま言い争いを始めるキョジュとタラーベを見ながら、国府台帝王は「あれ?シェルガイって一夫多妻が許されるから子沢山になれって日本人が言ってたけど…」と言うと、キョジュは目を三角にして「嫌よ!私とだけ暮らしなさい!」と言い、タラーベは鈍臭そうに、「一緒が良いヨォ。3人で沢山して子供いっぱい産もうヨォ〜」と言うと、国府台帝王はモテモテの自分に鼻の下を伸ばす。
「ふむ。強くなければ重婚は歓迎されん。それに私の妹はヤキモチ妬きのさみしがり屋だ。姉の身としては歓迎できんな」
ミスティラの言葉に、国府台帝王は土下座をしながら、「お姉さん!お願いします!俺、タラーベもオシコさんも本気なんです!絶対幸せにしますから!」と頼み込む。
「ふむ。仕方ない。とりあえずレーゼに集まって、今後のことを相談しよう。雲平の奴が予定外の無理をする度に目覚めが遅れる。セムラの奴に教えてやらないとな」
「ああ!もうすぐ…とは言え一年先だけど本当なら彼とお姫様は出逢ってるのよね」
「ああ、なのにマフィンに元半魔半人の特別な願いまで叶えただと?あの規格外め、また下方修正が必要になってセムラがキレる」
ミスティラはパウンドとカヌレも拾い、大人数でレーゼの街に着くと、そこには珍しくあんことシェイクにホイップ達まで来ていた。




