第130話 私が非情なるのはこの時のためだったんですね?
シュザークから全てを聞いたシェイクは怒りに震えていた。
同室にいた金太郎と瓜子は、シェイクからパウンドが怒りに支配されスェイリィスピアの担い手から外されたことで一度死に、雲平とセムラの時戻しの風で一命を取り留めた事を聞いて「ったく、最悪だな」と言う。
この言葉にシェイクが「最悪?」と聞き返して、シュザークに「これがあなた達の言う最悪なのか」と聞くと「まだはじまりに過ぎない」と返された。
これ以上の不幸がある事にシェイクは頭を抱えた。
翌日、シェイクとセムラと雲平、それにミスティラで人員の再配置や日本政府との交渉に向けて話す事になった。
あんこを外したいシェイク達と、パウンドが日本の地で日本人の構成員を殺してしまい、今も生死の境を彷徨う構成員の件を持ち出して、パウンドの地球追放を要求し、戦力低下を理由にあんこの除隊を認めなかった。
「カヌレさんはまだ動かせないから群馬ですね」
「報復があるから護衛を付けたいが、パウンドが戻される以上、パウンドにはレーゼの護衛をミスティラと頼み、代わりにアゴールを向かわせたい」
「でもジヤーが…」
「僕とホイップがいるから平気ですよセムラ姫」
どこかを選ぶとどこかが選べず、話し合いが難航する。
このやり取りの裏側で、愛国鬼兵団の幹部で先の戦闘で逃げ出した菅野篤志は復讐に燃えていた。
カヌレや構成員が搬送された病院を調べ上げた上に、ネット社会の弊害というべきか、自身にサンダーボールを放ったあんこを容易に調べ上げていた。
そもそもあんこは能力こそ低いが、珍しい火魔法と雷魔法にヒールの使い手で、[自衛官 火魔法 雷魔法 ヒール 若い女]で調べるとすぐにあんこの名前なんかが出て来てしまった。
個人サイトの掲載文だったり、単文SNSだったりしたが、酷いところではあんこのクラスメイトが自慢げに承認欲求の為にあんこの情報を載せていた。
その事を知らない雲平は一つのことを悩んでいて、セムラに「ごめんなさい。俺がグズグズしていたからです」と話した。
それはパウンドを拘束した時、スェイリィから「この最悪はお前がすぐに行動しなかったから起きた事だ」と言われていたからだった。
心配そうに雲平を見たセムラが、「雲平さん」と声をかけると、雲平は「セムラさん、ごめんなさい。俺はこの不幸を止めたい。この最悪を止めたいからコジナーに行ってニョトーの依代を壊せるようになります」と言った。
セムラは泣いて首を横に振ったが、すぐに我慢をして「わかりました。私が非情なるのはこの時のためだったんですね?」と言って、雲平の申し出を受け入れた。
「シュザーク、ビャルゴゥ、グェンドゥ、スェイリィ、どうしたらいい?」
「まずは今晩はレーゼで夜を越せ。お前が眠ったら夢枕に立って指示を出す。セムラ姫に同衾を頼め、お前が帰ってくるための道標になる」
雲平はそれを告げてセムラに同衾を願い出るとセムラは快諾をした。
そのまま雲平はレーゼで眠りにつく。
シェイクにはシュザークの担い手としてキチンと告げたが、金太郎達には上層界の話はしなかった。
・・・
雲平の不在という事で金太郎と瓜子が日本に帰り、雲平を抜かした安倍川家で夜を過ごした時、愛国鬼兵団からの報復は始まっていた。金太郎と瓜子の活躍で金太郎とかのこの安倍川家は守られたが、あんこの井村家は火事に見舞われる事になる。
これはボヤで済んだが明らかな攻撃で、捉えた3人の構成員に尋問を行ったが日本では大した成果は出せずにいた。
「ちっ、シェルガイに連れて行ってゴーモンしようぜ」
「本当ダヨナ。私は左側の指という指や、耳とか目とか潰してから話を聞く。それまでの命乞いや自供は信じナイ」
「んー…?連れて行くにしても雲平と姫様抜きじゃゲートが開けられんからなぁ。とりあえず火を使ってきたから背中でも焼いとく?」
「とりあえず逃げられないように手足を折って自害できないように猿ぐつわをしたら、うるさいから歯を全部抜きましょうよ」
普通なら聞いていて気の遠くなる会話だが、かのこは「昔はお肉屋さんも無くて、自分達で鶏を絞めていたからそんなに変わらないわ」と言うし、アグリもシェルガイでは普段の会話なので引くこともなかった。
「アンコの奴はまだ群馬だから、火事に巻き込まれないでよかったな」
「アンコはパウンドの移送と一緒にコッチに帰ってくるのか?」
「いや、カヌレの退院まで群馬に居たいと言っている。明日雲平が戻ったら俺と瓜子が群馬まで行く」
これにアグリは「皆バラバラでやだなぁ。皆で群馬行く?」と言っていた。
・・・
雲平はセムラと抱きしめあって眠る。
レーゼの高官の中には眉をひそめる者も居たが、雲平は全ての神獣武器に選ばれてクラフティを倒した無くてはならない存在として黙認されていた。
「神獣様達からの神託です。雲平さんはこれより眠りについて、コジナーにあるニョトーの依代を破壊するために、神々の上層界に赴きます。私は道標として雲平さんの横で眠る事が仕事となりました。警戒を密にして雲平さんを刺客から守りなさい」
この言葉に高官達は手を合わせて雲平を見送った。
「セムラさん」
「…世良と呼んでください」
「世良、行ってくるね」
「気をつけて、キチンと帰って来てね雲平」
「名前、新鮮だ…。もっと呼んでください」
「帰ってきたら。楽しみに眠って」
「話し方も新鮮だ」
「ふふ。あんこさんに教わって練習しました」
「あんこ?」
「はい。雲平さんが上層界に赴く時に、思い出として世良として話すように言われました」
「あ、話し方が戻った」
「ふふ。続きは帰ってきたらですからね」
雲平はセムラを見ながら「あんこか…。あんこに告白をされました」と報告をすると、セムラは「聞きました。私の目は正しかったですね」と嬉しそうに返す。
「本当ですね。あんこは家族だと思っていたから驚きました」
「心は揺るぎましたか?」
「何にです?」
「私とあんこさんです。私は世間知らずで、しがらみだらけのレーゼの姫ですが、あんこさんは雲平さんをよく知る地球の女の子です」
「でもあんこはセムラさんじゃないから無いですよ。まあセムラさんに会わずにシェルガイを知らなければそうなっていたかも知れませんね」
「嬉しいです」
「はい。じゃあ…行ってきます」
雲平はあっという間に眠りについた。




