第114話 お兄様!やめてください!
クラフティの部屋の前に行くと小さく声が聞こえてきた。
それはクラフティの声で穏やかな兄の声。
「セムラ、安倍川雲平君、よく来てくれたね。十分な休息は取ったかな?食事は済ませたかい?私からの願いは先にきちんと休んできてくれる事だよ。その後でなら私は君達と決闘を行おう」
クラフティの言葉に「お兄様?」と聞き返すセムラにクラフティはもう一度「セムラ、準備が出来たら開けるんだ。いいね?」と言った。
クラフティの優しい言葉にセムラだけでなく雲平まで混乱してしまう。
セムラは自室に戻り使用人を呼ぶと、簡単な食事を摂って、ここに来るまでに無理をした雲平の魔法力を回復させてからクラフティの部屋の前に立った。
「来たね。サモナブレイドよ、扉の封印を解いてくれ」
クラフティの言葉の直後に破壊音がする。
セムラと雲平が慌てて扉を開けると、あの日、対峙した時と同じ黒い鎧に身を包んだクラフティが、サモナブレイドを片手に持って穴の空いた壁の前に立っていた。
「やあ、必要以上に城を壊したくないから外でやろう」
四階に位置するクラフティの部屋だが、クラフティは何のこともなく穴から外に出る。
「セムラさん、来て」
「はい。よろしくお願いします」
雲平とセムラが外に出ると、クラフティは忌々しそうに周囲を見て舌打ちをした後で、あの日の再現のようにサモナブレイドを振るってきた。
雲平はそれを防ぐ。
以前のように辛うじてではなく、余裕は無いが普通に防ぐ。
自分が強くなった?
バニエとの訓練が活きたか?
そんな事を思いながら鍔迫り合いをする雲平とクラフティ。
クラフティの頬は前見た時よりこけている気がする。
使用人達の話では何日もロクに食べて居ないと言っていた。
だから剣も弱っている?と思いながら、雲平は容赦なくシュザークウイングの一撃を放ち、サンダーフォールを放つ。
クラフティは腰に差した二振り目の剣とアースランスの魔法で、シュザークウイングとサンダーフォールを防ぐと、「本当に強いね!ありがとう!安倍川雲平君!」と言って雲平に蹴りを放って距離を取る。
その時雲平はアースソナーによって街の状況に気付き、「待ってください!外が!」と言ったが、クラフティは気にする事なく斬りつけてきて剣を弾き合う。
キレた雲平が「ちっ、スェイリィ!力を貸してくれ!アースソナーで捕まえてる半魔半人を貫き殺す!アースランス!!」と言った時、レーゼの外周を覆う魔物の群れまで巨大なアースランスに貫かれて絶命していた。
「え?アースランス?」
そう言って驚く雲平に、「君は凄いな。広範囲にアースランスを放つのかい?」と言いながら更に剣を振るってくる。
自身に撃った覚えはない。
スェイリィがやってくれたのかと思い聞いてみるが、「私ではない。お前でもない」と返事が来る。
そうなればミスティラやパウンドが不在ならば答えは目の前にしかない。
雲平はクラフティを見るが、クラフティは知らん顔で「レーゼの為に!」と言いながら剣を振ってきた。
・・・
セムラは「お兄様!雲平さん!」と名前を呼ぶが、クラフティには届かないのか、表情が変わらず、セムラを見ずに雲平を攻撃し続ける。
雲平も負けていない。
「ビャルゴゥ!ウォーターガンでクラフティのアースランスを貫くぞ!」
「グェンドゥ!極小範囲に絞る!風塵爆裂!」
「シュザーク!シュザークウイングの合間にファイヤーボール!」
「スェイリィ!土で足を捉えてサンダーデストラクションを放つ!」
容赦なく放つ攻撃に、クラフティは何とかサモナブレイドと二振り目の剣とアースランスやアースボールなんかで防ぐが、そう防いでいられる物ではない。
カオスチタンの一撃で大地を転がるクラフティは、「まだだ…。セムラの血と宝玉でコジナーのゲートをこじ開ける」と言ってセムラに飛びかかった時、「やらせるか!」と言って雲平がクラフティの脇腹に剣を突き立てた。
吐血して苦しんだクラフティはニコリと笑って、「セムラ、私の最愛の妹。良かったよ。こんなにも強い騎士が君を守ってくれているんだね。私に勝てるなんて相当なものだよ。ごめんね」と言うと、自身の腹にサモナブレイドを突き立てて、苦しげに「我が名はクラフティ・ガム・レーゼ!サモナブレイドに我が命を捧げ、ここに門を閉じる事を宣言する!」と言って絶命をした。
「え?何を?」と困惑する雲平と、「お兄様!?」と言って倒れたクラフティに駆け寄るセムラ。
何もわからない中、ビャルゴゥが「安倍川雲平、答えはクラフティの部屋にある。お前達の事だ早い方がいい」と声をかけた。
「ビャルゴゥ?…わかった」
そう言った雲平は、クラフティに駆け寄るセムラの横に立つと、「ビャルゴゥが、答えはクラフティの部屋にあるそうです」と言ってサモナブレイドをクラフティから抜き取ると、それを持ってクラフティの部屋へと向かった。
クラフティの部屋は先程は気付かなかったが、お香の匂いが強い。
今は壁に大穴が空いているのに未だに残る匂いに「グェンドゥ?これって嗅いで平気な奴?」と雲平は聞き、グェンドゥは「ただの臭い消しだから平気だよ」と言った。
クラフティの机の上には手紙が置かれていた。それはセムラ宛で、中にはクラフティの目的と行動の理由、セムラへの謝罪が綴られていた。
セムラは読みながら「雲平さん!お兄様と話をさせてください!」と泣き、雲平は頷くと「20分くらいですね。行きましょう」と言って手を繋ぐと時戻しの風を使った。
場面は雲平の攻撃で吹き飛んだクラフティが諦めずにセムラを狙う所。
死んだはずの自分が再びセムラに剣を向けようとしていて、困惑した所でセムラが「お兄様!やめてください!手紙を読みました!」と声をかけると、迫った雲平がクラフティを蹴りつけて、「グェンドゥの魔法で俺とセムラさんは約2年の命を使って戻ってきたんです。セムラさんと話してください」と言った。
「セムラ…?命を使った?何という事をしたんだ!?手紙に全てを書いたじゃないか!アレが私の全てだ!安倍川雲平君も命を無駄にしてはダメだ!」
クラフティの必死な表情の意味を知らない雲平は困惑したが、セムラは「クラフティお兄様。貴方の優しさを貰いました。貴方の口から聞かせてください。私はお兄様を尊敬しています」と言うと、クラフティは「こんな私でも尊敬してくれるのかい?」と言って座ったまま口を開いた。




