第106話 頭痛が痛い。
賢者ミスティラは「まったく、人間とはどの世界でも浅ましいな」とボヤく。
目の前でお茶を飲むシェイクは、「皆ミスティラのように達観する事は出来ませんよ」と言うが、その顔はどこか嬉しそうだ。
「兄バカめ。ホイップが地球で大活躍した話でそこまで喜ぶか?」
「凄いですよ!あのホイップが氷結結界を放って、人喰い鬼を氷漬けにして、雲平魔法のアイスウォールを使いこなして人々を守る。あの振動する巨大なハサミを持つザリガッソウの攻撃にも耐えたのですよ?」
シュザークとビャルゴゥからグェンドゥとスェイリィに連絡が届き、担い手のパウンドとカヌレから逐一報告を受けていた。
シェイクはその報告に顔を赤くして喜ぶ。
そして雲平の戦果が認められて薬なんかの支援品が無事に届き、ジヤーの国はひとまず救われた。
「だが喜んではいられまい。オシコの奴、あの半魔半人の身体を使い地球…それも特定の場所を狙って攻め込むとは思わなかった。そして分断と足止めだ。絶対に何かある」
「わかっています。分断は好ましくないです」
「だがまあ、シュザーク達から聞いた雲平の計画のアホらしさと言ったらない。狂人の発想だ」
「ですが雲平はそれを可能にするだけの力があります」
お茶を飲んだミスティラは、子供が絶対にしない顔で「だからだ。あの異常性には何かある気がしてならない」と言う。
「それは戦後に考えましょう。雲平は戦士です。もう止まる事はないでしょう」
「まあな。計画通りコジナーとレーゼに沿った場所に兵士を配置し、城から1日の場所にカヌレとパウンドで抑える手筈にしよう」
「はい。帰還者は雲平とセムラ姫だけですね」
「仕方あるまい、目眩しと向こうの防衛力も気になる所なのだろう。まあシュザークの高慢の話では、コジナーのゲート付近は壊滅で生きているものは居ないと言っていた」
「ええ、地球側からゲートに剣を突き立てて、剣越しに大魔法を唱えてコジナーに被害を与えるなんて想定外です」
「それも狂人の発想だ。雲平め」
「とりあえず明日コチラに来たら、その足でレーゼに向かうと言っていました。ビャルゴゥリングはアグリに渡して地球の防衛に使うそうですね」
「ああ、アゴールとアチャンメとキャメラル、アグリが最悪地球にいるシェルガイ人とその家族、そして雲平の家族を守る事になる」
「我々はジヤーの民を守る。進行を防ぐ為にパウンドとカヌレを1日の場所に配置する」
「まあ離れ離れにするしかないから今は最後のひと時だ。…カヌレは戦闘不能にならなきゃ良いけどな」
「ミスティラ?」
「こっちの話だ。いざとなればヒールを行うから安心しろ」
ミスティラは雲平から言われていた「死亡フラグ」を気にしていた。
別にそんなものはないと言ってしまっても良かったが、妙に雲平の言葉が引っかかった。
あの雲平の言葉と言うのが恐ろしい。
雲平が発するだけで本当になりそうな気がした。
だからこそ雲平達を送り出してすぐに、「この先何があるかわからない。レーゼとコジナーが同時に攻めてくる可能性もある。お前達は城から一日の場所で別々に備えてもらう必要がある。3日程時間をやるから夜は2人きりで過ごせ」と言ったのだが、雲平はさっさと猪苗代湖を制圧し、とっとと帰ってくると言う。
まるで最後のひと時のようで、かえってよくない事をした気になるミスティラだったが、今更「予定変更、お預け、我慢」とは言えない。
しかもパウンドもカヌレも初めて同士で奥手。
何もないままに2人きりでシェイクが用意した小屋で過ごすだけで、初日は緊張して手を繋ぐだけで満足し、2日目は抱擁しあいながら同衾したのみ。
しかも聞いていないのに朝になるとパウンドが「ミスティラ様〜!!」と報告に来る。
語彙が死んだミスティラは「頭痛が痛い」と言い出し、「パウンド、お前は明日からレーゼ側の進行を止める為に出兵する。そこで死ぬかもしれない」と言うと、即座に「死にません!」と返事をするパウンド。
再度頭痛が痛いと言ったミスティラは、「世の中には万一がある。万一の時、お前はカヌレを抱けずに死ぬ。悲しいな?」と聞くとパウンドはしょんぼりした顔で「……すごく悲しいです」と言った。
まだパウンドは素直なので助かる。
「イメージしてみろ。お前が死んでカヌレが生き残る」
「悲しいけどハニーが無事で良かったです!」
涙を流しながら「えへへ」と笑うパウンド。
再度頭を抱えたミスティラは頭痛が痛いとも言えずに、「最後まで聞いてくれ」と言って、「仮に傷心のカヌレの前に、お前の弟のシフォンやカステラが現れ、慰めて恋仲になったらどうだ?お前が抱けなかったカヌレを抱いたらどう思う?」と聞くとパウンドは怖い顔で「アイツら?弟なのに…。今から殺してきて良いですか?」と言い出す。
「違う!仮の話だ!」
慌てて止めたミスティラは、「だからカヌレを抱いて、帰ってきたらまた続きをと言え!」と言って焚き付けた。
カヌレはもっと酷かった。
死ぬかもしれないには「死?あり得ない」と返し、自身の死後の話にも「パウンドが幸せなら嬉しいな。こんなに嬉しい事はない」と言って、笑顔で涙を流して「パウンド、幸せになってくれ」と放心し始めていた。
ようやく焚き付けたカヌレとパウンドは早々に小屋に籠って今になる。
ミスティラは考えたくない気持ちで、接近禁止令を出した小刻みに震えている気もする小屋の方を見て肩を落として「シェイク…、ジヤーの学校で性教育とかやってくれぬか?」と漏らし、王子として最低限の知識を得ていたシェイクは「はぁ?」と聞き返すことしかできずにいた。
翌朝、わかりやすいラブラブ空気に包まれるパウンドとカヌレ。
何があったか聞くまでもなく報告してくるパウンド。
濃厚な内容をきちんと報告するパウンドに頭を抱えるミスティラ。
なんで回数とか教えてくるんだよ。
貪欲にあれこれ試したとか、突き上げたら喜ばれたとか聞きたくないよ。
そんな事を思いながら頭を抱えるミスティラの背後からは、侍女の「小屋のベッドが粉々に…」、「壁にも穴」、「やはり昨日の遠吠えなんかは魔物が?」とか聞こえてきて、「もうやだ頭痛が痛い」と言ってうずくまった。




