第105話 無理は嘘つきの言葉だ!
金太郎はイヤイヤ本庁に出向く。
ここで案外バニエが演技派だとわかり、かのこから「見事だわ」と褒められる。
本庁は「安倍川さん、何度来られても困ります」と渋い顔をするが、金太郎は雲平に殴られた左頬を見せながら、「ウチの息子がシェルガイに行けば何とかなるんだ!出国の許可を出せ!」と言う。
「それに、なんで4時間前も来てまた来たんですか?」
職員の迷惑そうな声に、バニエが「これが理由です」と言ってムービーを見せると、「父さん!昨日の夜は俺に任せろって言ったから、昨日は我慢したんだぞ!俺をシェルガイに行かせろよ!」と怒鳴る雲平と、それを必死に抑えるアチャンメとキャメラル。
「バーロー!俺だってそのつもりで言いに行ったら、門前払い食らったんだよ!」
怒鳴り返す金太郎と雲平の間で困り顔なのはセムラとアグリで、アグリは「お父さん、本気さが伝わらなかったの?」と聞き、金太郎は「酷えよ!アグリまでんな事言うなよ!」と訴えて、セムラも「アゴール。事態の大変さを理解されていますか?地球さえ良ければではないのですよ?オシコとコジナーは今も力を付けています」と言う。
金太郎は「ええぇぇぇ…姫様までかよ」と漏らすと、雲平がアチャンメとキャメラルを振り払って金太郎を殴り付けてうずくまっている所に「もう一度行ってきて!」と言ったところでムービーは終わった。
職員も金太郎が中間管理職のような立場で困っている事を察して、厳しい言葉は言わないが、日本の立場で首を縦には振らない。
「お前!猪苗代湖をあっという間に制圧した息子パンチだぞ!?わかってくれよ!」
そう言っても、日本政府からしたらこの状況は感謝しかない。
金太郎が緩衝材になってくれると自分達は安全なので、平気で「無理です」と言えてしまう。
金太郎はバニエから「私も雲平殿の説得には参加しますから、帰りましょうアゴール」と言われて、「本当に助けてくれよバニエ。俺も怒りたい立場なのに怒れねえ」と言いながら肩を落としてバニエの車に乗り込んで帰路に着く。
車の中では「迫真の演技だな。ありがとよバニエ」と金太郎が言い、バニエも「いえ、アゴール程ではありません」と返すと、「バーロー、俺のは本気だよ。クソっ雲平の奴、あんこちゃんと台本作ってきたとかぬかして、俺のことを殴りたいだけじゃないか?」と言う。
雲平は昨夜のうちに台本を作り、一度目に帰ってきた金太郎が「やっぱりダメだとよ」と言いながら玄関をくぐると、「はい。台本」と言って先程の居間でのやり取りが書かれた台本を渡す。
アチャンメやキャメラル、アグリは楽しそうにかのこの演技指導に従い、バニエは演技力でかのことあんこ達から褒められる。
雲平は演技というより本気で金太郎に怒鳴るし殴りかかる。
雲平の殺気が本物と気付いて金太郎も本気になるので、まあ迫真の演技になる。
当の雲平は金太郎の不在中に「母さんのグラタンは続いても美味しいし、7年ぶりだから嬉しいな」と言って、瓜子とホイップを買い物に行かせる。
ホイップは昨日の活躍もあって商店街の人気者で、行く先々で手を合わせて感謝をされて食べろ食べろとやられて目を白黒させていた。
・・・
かのこの家の前でバニエはスマホを取り出すと録画モードにする。
「あ?何やってんのバニエ?」
「ダメでしたで許されるとでも?」
「え?マジ?3回目?」と聞き返す金太郎の前で、玄関から飛び出した雲平は「父さん!いいって返事は貰えただろうな?成果もなくヘラヘラと帰ってきたのか?もう一度行って言葉を取り付けて来い!」と怒鳴りながら胸ぐらを掴む。
「ええぇぇぇ!?無理だって!」
「無理は嘘つきの言葉だ!」
「お前!?どこのブラック経営者みたいな事を言ってんだよ!」
「知るか!ブラックはシェルガイが見つかって廃れた死語だ!いいから俺のシェルガイ行きを認めさせて来い!」
「三度目かよ!?」
ここで甘えた顔のアグリが、「お父さん…私もシェルガイに帰りたいよぉ」と言う。
「アグリ!?」
「でもお母さんとかあんこお姉ちゃんは、お父さんが頑張ってくれてるから言っちゃダメって言うの」
「おう、その通りだが、何でお前はそんな事を今言うんだ?そもそも出国許可が出ないのは雲平…」
「お兄ちゃん抜きでシェルガイに帰ってもオシコを倒せないよぉ。お兄ちゃんが平和にしてくれるシェルガイに私帰りたい」
「ええぇぇぇ…。夏まで待って雲平と帰ろうぜ?な?」と言った金太郎は、「そもそも雲平がアメリカまで単独で飛べたら良いんだけど、このヘタレは猪苗代湖からここまでがいいとこだなんて言うからな」と言って責任の所在は雲平にあるとする。
その言葉に雲平は「舐めんな。シュザークに根性がないだけで俺なら飛べる」と突っ込むと、アチャンメとキャメラルが「バカ!海の上で力尽きたら死ぬぞ!」、「海で死ぬとお魚になるってアンコが言ってたぞ!」と言って雲平を止める。
ここでアグリが「お父さん。シェルガイに帰れないならスマホ買って?」と言った。
「え?アグリ?」
「お父さん、私スマホが欲しいよぉ。あんこお姉ちゃんとメッセージ交換したり、お写真撮ったりしたい」
ここで「それだ!」と言ったアチャンメとキャメラルは「父ちゃん!私は神獣の服が山ほど欲しいぞ」、「私もだ!魔獣服もだ!私は服を貰えたら少し我慢するし、クモヒラ側から父ちゃん側に付いてやる!」と言った。
・・・
「と…言う訳だ」
そう言った金太郎とバニエは、ヘトヘト顔で本庁の偉い奴らに新作ムービーを見せる。
職員達もまさかの三度目に肩を落とすが、雲平の戦闘力は聞き及んでいるので無碍にもできない。
金太郎は「もう俺の息子バーサーカー?」と言った後で、アグリ達の姿を見せて「俺の娘達マジ天使」と続けると、職員はため息混じりに「安倍川さん、お嬢さんのスマホ代と昨日手続きを済ませた娘さん達の服代…そもそも神獣服とは?」と聞いてくる。
おばちゃんトレーナーと刺青Tシャツなんかの話をして、信心深いシェルガイ人は手を合わせて喜ぶ品だと続けると、職員はバニエを見て「一時金を渡します。超えた場合には領収証を本庁に持ってきてください。それを渡しますからお嬢様達にはご子息の足止めに協力してもらってください」と言う。
これこそ雲平達の願った流れで、金太郎は旧いガラケーを取り出すと「これも来月には使えなくなるって言うんで機種変しても良い?」と聞いて、「息子さんを諦めさせられるなら好きにしてくれ」と言わせてから雲平に電話をかけて、「父さん!YESって言わせた!?言わせるまで帰ってくるな!本庁の前で何時間でも正座してハンガーストライキをして来い!」と開口一番に言わせると、「バーロー、ストライキとかデモは、警察に届け出してお許し貰わないと捕まるんだよ」と返す。
「捕まれば良いじゃん。俺はシェルガイに行ってオシコを倒すよ。その間父さんは牢屋。ピッタリだよ」
「お前なぁ…。とりあえずアグリに代わってくれ」
金太郎はアグリが出るまで職員に、「聞いたろ?酷えよな。7年分の反抗期でさぁ」とボヤく。
すぐに「お父さん?」と聞こえてくるので、「おお!俺の天使!済まないな!本庁さんに聞いたら、お前のスマホ代もアチャンメとキャメラルの洋服代なんかも、雲平を我慢させられたら何とかなるぞ」と言うと、電話先から「やった!ありがとうお父さん!大好き!」と聞こえてきて、職員に「マジ天使。大好き、ありがとうだって」と金太郎は言う。
「だが、成功報酬で雲平に出国を諦めさせて、俺を殴らせない、俺を敬う、俺をこき使わない、俺を大事にする、俺の老後の面倒を見る事なんかを認めさせないとダメになった」
「ええぇぇぇ!?出国は諦めさせるけどお父さんを大事にするとか無理だよ!」
「無理なの?」
「無理だよ!出国は4ヶ月だよね?それなら説得してみるけど…。一度切るから。こっちからかけるよ」
演技のはずだが本気で40分待たされた金太郎の元に、雲平からの着信で要求は何個かあったがどれも一応筋も通っていて無理な要求ではなかった。
出国をしない代わりに…
セムラ達と離される事を認めない。
監視がつく事を認めない。
4ヶ月間はセムラとホイップに対して交渉ごとを持ち掛ける事を認めない。
万一オシコが攻勢に転じた時は即座に出国させる事。
セムラ達の生活費を出す事。
雲平の出席日数なんかを不問にして猪苗代湖の活躍に報酬を支払う事。
そこら辺の要求に「わかりました。受け入れます」と言わせて、ようやく金太郎は帰る事が許された。




