第101話 あんこは雲平を慕っているのか?
ほんの30分前までは夕飯の献立を決める話や、そこから派生してホイップの好物を聞いたり、打ち解けてきたホイップがかのこの好物を聞いたりと楽しい時間を過ごしていた。
突如けたたましいサイレンの音と共に「緊急速報です!直ちに火の始末をして、戸締りをして、付近の避難所まで避難してください」と聞こえてきた。
慌てるあんことは別で、かのこは素早く火の始末をすると、必要な物だけを鞄に入れて「行くわよ!」と言う。
外に出て、初めてパトカーが「魔物が発生してこちらに向かってきていると報告がありました。今警察と自衛隊、本庁のシェルガイの方が向かってくれますから、小学校に避難してください」と言っていて、これが下手な災害ではない事がわかった。
すぐに体育館に集まると、春休みという事で子供が多い。
老人の多い下町なので高齢者も多数居るが、高齢者は流石の昭和生まれで率先して指示を出して、統率も取れていて子供達を安心させている。
避難所にはあんこの母もいて、合流すると「雲ちゃんや金太郎は?」と聞いてくる。
あんこが「猪苗代湖に出来たゲートから生まれた魔物を退治しに行ってる。こっちに魔物が来るかもって言ったらすぐに戻るっていうけど、200キロ離れてるから今すぐは無理だよ」と説明すると、「うっわ、タイミング悪」とぼやくあんこの母。
ホイップは喉がカラカラになっていて手は汗ばんでいる。
それ以上に周りの緊張や恐怖、パニックなんかが伝わってきて混乱しかけてしまう。
かのこはホイップの手を持つと「お婆ちゃんはコレがまだまだ余裕なのはわかってますよ。大丈夫」と力付けて微笑む。
ホイップはまだ増える人たちを見ると、商店街でオマケをしてくれた肉屋や金太郎と言ったスーパーマーケットの人が見える。
「あの人達…」
「どうしたの?」
「お肉屋さん…、アゴールと刺身を買いに行った時の人も居る」
「ああ、お店を閉めてから来たのね」
ホイップはこの街に来て3日目。
かのこの後をついて周り少しだが見た顔が多いことに気付く。
ホイップが「かのこお婆様…」と声をかけると、緊急時でも笑顔のかのこは「何、心配ないわよ」と言う。ホイップが「はい」と言った後で、「こんな時ですが聞いても良いですか?」とかのこに真剣な眼差しを向けた。
かのこは決して怒る真似はせずに「何かしら?」と聞く。
ホイップは体育館中を見回して「ここの人達はお婆様の何でしょうか?」と聞くと、かのこは「そうね。同じ街で暮らす仲間ね」と返す。
次に目の前のあんこの母を見て、「仲間…。あんこやあんこのお母様は?」と聞くと、「んー…私は家族だと思っているわね」と返ってくる。
「ではここの人達は他の人が亡くなると、家族や仲間を失った気持ちで悲しむのですか?」
「そうね。私も悲しいわ」
この状況下での会話に、あんこが「落ち着いて、まずは座って」と言って座らせると、「私、昨日雲平にシェルガイに触れさせてもらったから、魔法とか覚えないかな?早く覚えて魔物が来るなら倒したいよ」と言った後で、手のひらを見てから「私が守るね。ホイップくんは家族だよ。お姉さんの私が先に守るからね」と言って、「早く目覚めてよ〜」と漏らす。
そこに聞こえてきたのは、警察官の「自衛隊やシェルガイ人はまだか!?」の怒号と、「まだです!先に魔物が来ました!奴ら建物なんて無視して人を狙っています!」という返事。
ホイップは立ち上がり窓際に走る。
窓から先を見ると、向こうにいたのは人喰い鬼の群れと巨大なザリガニ…ザリガッソウだった。
あんな魔物の群れは見た事がない。
ホイップは震えた。
歯がカチカチと鳴る。
他にも窓の外を見た人間の、恐怖の声は体育館の中に響き渡り、連鎖する悲鳴と恐怖の声。
あんこは震えていて、かのこと母に介抱されているのにホイップに、「ホイップくん。大丈夫だよ。私が目覚めたら守るからね。ホイップくんは家族だよ。それに雲平がもうすぐ来てくれる。それまでの我慢だよ」と声をかけて微笑む。
「何バカな事言ってんの!?守るって震えてるじゃない!」
「私、ホイップくんのお姉ちゃんだから頑張らないとね」
あんこはとても小さく見えた。
それなのに優しく微笑んでいて目の光は失われていなかった。
心配そうに「あんこ…」と話しかけるホイップに、「大丈夫。死にそうになったら力に目覚めるかもだしさ。雲平が来るまでだって」と返す。
「あんた…雲ちゃんは猪苗代湖でしょ?」
「お母さん、雲平だよ?私が名前でからかわれた時も、最後まで戦ってくれたんだよ?」
あんこが雲平の名を出す時のあんこの声には安心や信じている雰囲気があった。
それに気付いたホイップはこんな時なのに聞いてみたかった。
「あんこ…、教えてほしい。あんこは雲平を信じているのか?」
「そうだよ。アイツはやると決めたらやるし、ブレないんだよ。高校……学校で通じるかな?学校選びで雲平と一緒の学校にしたいって言ったのに、アイツはお婆ちゃんの為にも頑張って今の学校にした。私と同じ所には来てくれなかったよ」
この言葉であんこの気持ちに気付いてしまう。
だが雲平の横にはセムラが居る。
「あんこは雲平を慕っているのか?」
「…恥ずかしいなぁ。そうだよ」
言葉にして聞いてしまったホイップは「でも雲平は」と言ったが、少し悲しそうに微笑んだあんこは「言わないで平気」と言って首を横に振った。
「仲間だからか?家族だからか?」
「そうだよ。だから信じる」
警官隊が発砲したのだろう。
外からは乾いた音が聞こえて、「焼け石に水です!」、「効きません!」なんて聞こえてきた後で、悲鳴が聞こえてきて体育館のドアがひしゃげる。
「来たね。なんか出ないかな」
あんこは手を見ながら立ち上がると「ホイップくんは、お母さんとお婆ちゃんをよろしくね」と言う。
「あんこ!戦う力も無いじゃないか!」
「心はあるよ」
あんこが笑った時、ひしゃげた扉から青い腕が差し込まれた。
それは人喰い鬼の腕。
異形の腕を見て腰を抜かすあんこはとても小さかった。
「あれ?やだ」と言って立とうとしても、立てずに震えるあんこをホイップは見ていた。




