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横断歩道

掲載日:2025/09/02

人は1人では生きていけない。

生まれてから今日に至るまで、私はこの言葉を耳にタコができる程聞いてきた。

親や学校の先生等、兎に角私と関わりがあった大人は、口を揃えてそう私に話していた気がする。

今でこそ当たり前に聞き入れれる言葉だが、幼い時はそう一筋縄ではいかなかったことを覚えている。

それもそのはずで、生まれてから幼稚園を卒業し小学校に入るまで、私は人にお世話されることが当たり前の環境に身を置いていたからだ。そんな子供に対し、人は1人では生きていけないと告げた所で、それはそうだろう、で終わってしまうか、子供故の全能感で自分は1人でも大丈夫等と言われるのが関の山だろう。

例に漏れず、私もその意見に対し当たり前の事だと深い理解を示さなかった。しかし、周りの大人がこうも口を揃えて話すのだから、きっとそうなんだろうと、理解しようとする姿勢もあった。

そして、あれは小学校に入学してからだっただろうか。


私が7歳になり、念願の小学校に入学して直ぐのことだった。

見慣れない道路に、吸った事のない空気、私にとって初めての登校は高揚感と恐怖が入り混じったものだった。

自分の背丈より高い車が、目にも留まらぬ速さで視界を駆け抜けていく光景は、決して初めて目にするものではなかったが、見知らぬ人と見知らぬ場所であった事も相まって、私は高学年に上がるまで、横断歩道を一人で渡ることが出来なかった。

しかし、私の小学校は、新入生は入学してから暫くするまで、その登下校を班で行うことになっていたので、皆で渡れば怖くないと、上級生の背中を死に物狂いで追いかけ、なんとか登下校を行っていた。


そんな生活も終わりは早く、二学期になっての事だった。

集団での登下校が終わり、1人で学校にまで向かわなくてはいけなくなってしまった。

今だから分かるが、両親は私が横断歩道に怯えていた事に気付いていたのだろう。朝様子がおかしい私を見かねて声をかけられたのだが、私は格好つけたがりだったので、そんな親を振り切り、1人で学校までの道を歩んでいた。


家を出て数分、車通りが少しある道の横断歩道に着いた。

大丈夫と念を押すように深呼吸をした。

私は信号が赤から青になるタイミングで足を踏み出し、横断歩道を渡ろうとする。

しかし、足がすくんで前に進めなかった。

ただただ車が恐怖だった。足が大きく震えて、呼吸が上手く出来なかった。ただ一歩前に足を置くだけなのに。

私は完全に怖気づいてしまっていた。そして、その様子を運転席から私を見る運転手や他に登校している生徒の視線に、ますます怖気づき足は固まった。

学校に行けない。パニックに陥り、自分の現状に涙があふれだしてしまった。

学校に遅刻することも、親に怒られることも、情けないと思われることも全てが嫌だった。

私は横断歩道の前でうずくまり、嗚咽が詰まって苦しい呼吸を一生懸命にしていた。自己嫌悪に陥り、ついこないだまで存在した全能感は、全て車に連れていかれてしまった。


そんな時だった。ふと、私の前に誰かがかがみこんだのが分かった。

「だいじょうぶ?」

柔らかい風の様な声に導かれ、視線を上げるとそこには同級生の少女が、かがんだ姿勢で私の顔を覗き込んでいた。

私はわっと驚いて後ろに倒れそうになるが、倒れ切る間一髪の所で両手を地面に付き姿勢を保った。

「こわいの?」

「べつにこわくない」

「わたしはこわい。」

目の前にいる少女は、私と同じく横断歩道を怖がっていた。

そんな様子に少し安堵し、ちょっとだけ勇気が湧いてきた。

「じゃ、一緒にわたろ」

ぱっと立ち上がり、少女を見下ろしながらそうつぶやいた。

「ふたりで渡ればこわくないよ」

私は出来る限りの虚勢を胸に、少女に手を差し伸べる。

「そうだね」

そんな虚勢は、風に揺られ少女にもわたったのだろう。

彼女はクシャッと笑い、私に笑顔を向けてきた。


かわいらしい八重歯に頬を染めたことがバレないよう顔を逸らし、掴まれた手を力強く引き上げ、そのまま手をつないだ。

真っ赤に染まった頬と信号は、気が付くと青に変わっていて、私はゆっくりと歩み出した。

震える足と、手に伝わる柔らかい初めての感覚に戸惑い、恐怖しながらも。



「やったぁ渡れた!」

そうはしゃぐ彼女を見て、私は昔々に親に言われた言葉を思い出した。

「人は1人では生きていけない。人は助け合って生きているんだ。」

両親の言っていた言葉の意味を、全部理解できているのか分からないし、そもそも私にどんな意図を含めて言ったのかも分からないけど、私は当時、ほんの少しだけそれが分かった気がした。

目の前にいる少女に助けられた私と、私が助けた少女。きっとこの先もこんな色んな人と助け合って生きていくんだろうなと、子供ながらに思った記憶がある。


「あと、顔真っ赤だよ?」

「え?」


そうだ。これを覚えたのも当時だった。私の赤く染まった頬は、信号の様にすぐに元には戻らないのだ。

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