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『腐』は腐女子の『腐』!  作者: ねこ
腐士は受け君の夢を見るか
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ある時ぃ、ない時ぃ


 それにしても女神様って、世界を分けられたのか。三分の一に割るって、相当難しいと思うんだよ。まだ二分割の方が楽なはず。そう、錠剤だって半分に割るのはまだ楽なんだよね。三分の一に割れなんて処方せんきたら泣いちゃう……まだそういう処方せんに出会ったことないけど。前世でないってことは、今生でも絶対ないってことだろうけど。


 あ、でも半分に割るのも難しい錠剤あったよなぁ……割る。割る線。割線。カッセン!


『カッセンがぁぁ、ある時ぃぃぃ!』


 不意に、脳裏に先輩の叫び声が蘇った。前世のせいか、名前は思い出せないんだけど、あの濃いキャラはスムーズに思い出せる。そう、あだ名は『誰にでもため口』先生である。他にもあだ名があって、そっちは『真似るな厳禁!』先生である。こっちはあだ名というか、警告の書いてある添付文書的なナニカかもしれない。


『割線! 先生、割線がありましたぁぁ!』

『いやっふぅぅ! これなら割れるぅぅ!』

『企業努力にぃぃ!』

『敬礼!!』


 あだ名が『Gもカスハラも握りつぶせる女』先生や、『年下なのに一番姉貴っぽい後輩』先生も喜びに踊り狂っている。


『薬匙の大きい方の凸部分に当てて両端を押したらパキッと割れるぅぅ!』


 薬匙というのは、棒の両端にスプーンの丸部分がついている匙のことである。一方はカレースプーンくらいの大きさで、もう一方は耳かきくらいの大きさのスプーンがついている。


『万歳! 最小用量で割線あるのめっちゃ助かる! 企業様万歳!!』


 最小用量で何が万歳なのかというと、たとえば利尿薬のフロセミドなら、十ミリグラムの製剤が一番含有量が少ない。つまりそれ以上少ない量がない錠剤を処方された時に、患者様の代謝力が低くてお薬がなかなか体内で分解されず、必然的に血中濃度が上がってしまい、トイレに頻繁に行きたくなるとかの、困った症状が出てしまう場合がある。そういう時、医師が処方せんで十ミリグラムを半錠にして、0.5錠を一回に飲んでね、という処方せんが来る時があるのだ。


『割った後の含量が同じかどうかとかの試験してるんっすよ、企業努力あざっす! 最高!!』


 薬剤師は女性社会である。が、当然ながら男性薬剤師もいる。当時は少数派だった男性薬剤師、あだ名は『うるるんキューティクル後輩』先生も、つやっつやな髪を振り乱しながら叫んだ。全同僚が羨む髪質。当人だけがその貴重さに気づいていない悲しみ。どうやら彼のお兄さんは薄いらしい。




『カッセンがぁぁ……ない、時ぃぃぃ……』


 ため口先生が、もの悲しく呟いた。


『駄目や……もうおしまいや……どうしたらええのん……』


 握りつぶせる先生が、絶望に打ちひしがれた。


『先生! まだピルカッターが! あるっすよ!』


 そこに飛び出てきた、うるるん先生。ピルカッターとは、その名の通り、錠剤にカッター状の刃を当てて割る道具である。性能に個体差があり、めちゃくちゃ割りやすいものから絶望的なものまでバラエティ豊かである。


『割れる……これなら割れる……? 本当に、もろっと潰れたりしません……?』


 姉貴後輩先生が、闇落ち寸前の顔を上げた。闇の中に一雫の光を見たヤンデレの顔……それが希望に輝くか絶望に曇るかは、ひとえに錠剤の材質によるのだ!


 案外パキッと綺麗に割れてくれる錠剤もある! だがもろっと半分、三分の一、六分の一に割れてくれちゃう錠剤もあるのだ!


『いやぁぁもろってなるやつやんかぁぁぁ!』

『最初の一個だけと思ったら次も次も全部もろもろってなりますぅぅ!』

『もうすり潰して粉として飲んでもらうしかないっす!』

『半錠だけで一包化するの、少量すぎて難しいから、乳糖混ぜるしかないやんな!』


 粉状の薬を一包ずつに分ける機械を、分包機と呼ぶ。三角柱を横倒しにしたような部分に粉剤をまいて均等化するのだが、三角柱の尖った部分が一番下にくるようにできている。三角柱には線が何本か描かれているので、粉の量が一定以上なら、へらで均して機械に落とせば、機械がうまく一包ずつに分けて薬包紙を包んでくれるのだが、錠剤を半分に割ったものが一包分という少量だと、うまく均すことが難しい。そういう時、かさ増しとしてたいてい、乳糖が使われるのだ。こちらも粉である。乳鉢で乳糖と薬剤の全量を混ぜて分包機に投入し、均せばきれいに分包できるという仕組みである。


『一包につきぃぃ、0.1グラムぅぅ!』


 地域差があるらしく、0.2グラムを入れる薬局もあるらしい。たいてい、その地域の基幹病院薬剤部のやり方がモデルとなっていたりする。


『30包で!?』

『3グラムぅぅ!』


 調剤室にわき起こるシュプレヒコール。否、一人だけ闇落ちでぶつぶつ呟く姉貴後輩先生がいるが、しょうがない。彼女はこういうストレスに弱いのだ。


『今までカッセンなかったのにぃぃ、カッセンがぁぁ、ある時ぃぃぃ!』

『うぉぉぉぉっっっ!! 待ってた! みんなあなたを待ってたぁぁぁっっっ!!』


 調剤室を席巻する、野太い歓声。男性は一人だけである。


『ありがとう……企業努力! ありがとうっっっ!!』

 姉貴後輩先生も泣いて喜んでいる。


『これで前に上手く割れなくて粉にしちゃった患者様から「わしな、粉は飲みにくいから割ってくれんかのぉ?」って言われても対応できるっっっ!』


『高齢者は代謝が落ちてるから最小用量よりさらに少ない量をって処方せんが来ても、怖くない!!』

『腎代謝薬物! 肝代謝薬物!』


 腎臓で代謝、つまり体外に排出されるよう姿形を変える薬剤と、肝臓でそうなる薬剤とがある。ちなみに変わらないやつもいる。


『いっぱいあるよ!』


『腎機能低下! 肝機能低下の患者様!』

『いっぱいいてはるよ!』


 高齢者ほど腎機能や肝機能が低下している方は多い。元気な方もいるし、高齢じゃなくても機能が落ちている方もいるけども。


『代謝が落ちたら!?』

『排出されなくって血中濃度が上がるぅ!』

『そうなったら!?』

『効き過ぎたり副作用が出るかもよ!』


 当然ながら個人差も大きい。


『カッセンがぁぁ、ある時ぃぃぃ!』


『ひゃっっはぁぁぁっっっ!!』


 ……あれ? もしかして前世勤務してた薬局、世紀末薬局とかの名前だったんだろうか……? いや、こんなもんだよね? うちの薬局、普通だったよね……?


 それにしても、さすがは女神様である。割線もなく、ごく普通のピルカッターしかないのに、世界を三分割できるとは。まさしく神業。そんな処方せんきたら、私なら絶対粉にしちゃう。世界が粉々にされなくてなによりだったよね。




女神様もどん引きにゃん

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