家庭教育(魔女による)
翌日、帰りたくないと駄々をこねるパパを蹴り出したママが、居間の私の前に座った。
「さて。じゃあまずは、魔法学概論から予習しよっか」
「……ママ、いいの?」
魔法を学ぶための場所が学園である。そこに入学する前から先取りしちゃっていいものだろうか。
「あのね、リタ。あんたが火属性とか水属性ならあたしもほっといたけど。でも腐属性じゃない。あんたがどんな風に腐属性魔法を発展させるか楽しみにしてるけど、でもあそこは選良主義だから。優等生な属性や、希少属性以外の子には、質問があっても受け付けてくれるかどうか分からない。だから、ママが大事なとこ教えてあげる。威張りくさってるやつらをあんたの魔法で圧倒してやんのよ!」
どうしてそんなに武闘派ゴリラなんでしょうか、ママ上様。
「最初からけんか腰なのはよくないと思うよ、ママ」
「……ほんと、リタってばなんでこんなにおっとりしたいい子に育ったのかしらねー。色々やなこと言われてたでしょ? 私生児とかさ」
「言われたけど、意味分からなかったし」
なんか言われてんなーとは思ったけど、小さすぎて意味が分かんなかったし、分かるようになった頃にはリリアンがいたから、貴族の苗床最強論者の声には勝ててなかった。そう思うとリリアンってほんとにありがたい存在だったよなぁ。貴族の愛人なんて目指さずに、性格のいい裕福な平民と幸せになれたらいいのに。リリアンをちゃんと大事にしてくれるようなさ。
「あたしには言えないくせに、リタにはそういうの言えちゃう神経が全くもって不明よね」
ママはお冠である。が、そういう過ぎ去った時空の話よりも、今の魔法訓練の話を再開してほしい。
「ねぇママ。魔法ってどうやって使うの?」
期待の目でママを見つめると、ものすっごく嬉しそうにわらった。にやりと。
「魔法はね、想像よ」
おぉ……どっかのライトノベルで聞いたことあるやつ。
「まずは女神様に自分の魔力を捧げるの。あんたがいつも、寝る前に空気に溶かしてるでしょ。その行き先を神様にするわけ。あんたの属性を授けてくださったのがその属性の女神様だから、その女神様を想像して。で、その捧げる時にどういう結果がほしいのか、すごく鮮明に想像するの。くっきり思い描ければ、それに女神様が答えてくださるのよ」
まさしく精霊魔法とか、そういう感じのやつみたいだな。
「ママは女神様に会ったことある?」
「あるわけないじゃない。でもたぶん、魔力を通して私は火の女神様に触れてるんだと思う。だから女神様はいらっしゃるのよ。平民には疑う人も多いけどね」
貴族に限って姦淫オーケーなんて、女神様忖度しすぎではなかろうか。そういう点において、その存在を疑問に思う気持ちも分かる。
「女神様に、魔力を捧げる……」
「美味しいですよって念を込めるのが、ママのコツね」
「……魔力って、食べられてるの!?」
「ただの想像よ。女神様に喜んでいただけますようにって意味」
本当かなぁ。このご飯美味しいですよーって精霊を釣ってるみたいに見えるわ。
毎晩、空気に魔力を溶かしてるから感覚はちゃんと分かる。分かりやすく言えば、オーラだ。体から見えない水蒸気みたいなのがじわじわじわーってにじみ出ていて、それを遠い端から空気に溶かしてってるイメージ。で、その溶かしてってる先を腐属性の女神様に再設定するわけですね。女神様。……いずこ?
「うーんん?」
「遠いところにいらっしゃるわけじゃないから」
女神は偏在する、みたいな論理かね? つまり空気はN2とO2とCO2などからできていて、その小さな気体分子の一つ一つに女神が宿ってると。……八百万どころの数じゃなくね? イメージはやはり精霊レベルでは?
「女神様っていっぱいいるの?」
「全部が女神様なのよ。全体が女神様っていうか」
「ぜんたい」
分子から素粒子から全部が一つの女神様という存在的な? 全にして一つ、一つにして全とか的な? 意味分からんわ。
「ううーん?」
「まずはここが関門ね」
ママがいかにも、ここで生徒の皆さんはたいていつまずくんですよねーって顔で頷いている。くそぅ。
うなりながら女神様宛の魔力を放出し続けたが、結局その日は魔力を女神様に届けることはできなかったのだった。