私の前世
まぁ、実のところ、ほっとはした。魔法の属性が原因で両親から捨てられるとかじゃなくって。
よくある不憫な受け君のルートでなら、こういう時って必ず家から捨てられたり虐げられたりするよね。でも今世の両親がそういうタイプじゃなくってよかったと、ほっとする。
いくら前世の記憶が戻ったとはいっても、やっぱりこの世界で生まれて育った記憶もしっかりあるし、なんならそっちの方が鮮明で新しい。両親に愛されていたいって思う気持ちも強くて、前世で大人だった記憶の方がどこか遠くも感じる。……そもそも、なんで転生したんだっけ?
えぇと……どこまで覚えてるっけ?
大学、薬学部に受かったよね? 文学サークルに入ったけど、あんまり活動してなくて、でも定期テストの過去問対策に入ったんだよね。定期テスト……うっぷ。やなこと思い出しちゃった。薬物動態学、阿鼻叫喚だったよな……再試に次ぐ再試だったわ。もう二度とやりたくない。
それで、国家試験受けて、結果が出るのが五月で、その頃にはもう調剤薬局に就職してて、落ちてたらどうしようって思ってたら受かってて、そこから本格的に薬剤師の仕事が始められて……秋に、イベントがあって、そこでなんとか一冊本出して。それから?
えぇと、そう、何年かして、ものすごーく人手不足な時があったよね。薬局のオーナーが変わって、それまで一緒に働いてたベテランの同僚が何人も転職してって。でもその頃には私もベテランになってて、一気に業務量が増えたんだよ。一包化って言って、何種類もお薬が出てる患者さんには、一回の服薬分を機械で一包にまとめる作業があって、それをまとめて夜にやってて。でもイベントの本は落としたくなくて、けっこうぎりぎりの生活だったような?
あれ、イベントの本、結局完成したんだっけ? 最後の患者さんの一包化、終わったっけ? いや、終わった、ような……一包化が終わって、最終チェックの監査をしてて……でも薬袋に、入れたっけ? あれ? 記憶がない、けど……もしかして、その辺で前世の人生終了してる!?
っごめん! ごめんなさい原稿落としちゃって!
いやいやいやいや、朝出勤したら遺体とご対面になった管理薬剤師さんもごめんなさい! でも管薬、いっつも一包化の残業任せてさっさと帰ってたのは忘れんからな!
いやーそっかー。原稿、落としちゃってたんだな……前世母、楽しみにしててくれたのにごめんよ……せっかく売り子手伝ってくれてたのにな……。アニメのオンリーイベント、めちゃ楽しみだったのにな。前世母の推しカップルは別だったんだけど。
今世のパパが帰宅している夜は、二人とも夫婦の寝室にこもりっきりになってていっそすがすがしい。なんか防音の? 魔法? とかがあるらしくって、全くなんの音も聞こえないのはすごく助かります。ありがとうパパママ。二次元でしか経験ないもんで、そういう方面の耐性ないのよ。
そういう静かな夜更けに、ぼんやりと前世を思い出しつつも、やっぱり楽しみなのは魔法学園のことだった。
いじめとか、不安は不安なんだけど。でも、学生生活ですよ。就職した人間ならみんな、一度は思ったことがあるんじゃなかろうか。学生に戻りたいって。そういうのが、リアルで体験できるわけですよ。なんなら前世から引き継いだ知識とかで無双できちゃったりもするんじゃない? あれ? 一次関数とかなら覚えてるけど、サインコサインタンジェント辺りまでくるとさっぱり忘れてるわ。薬学部では使わねーですものね! 極限のリミットとかは薬物動態学で使ったけど、あんなんテストが終わったら一瞬で忘れてやりましたわ! どや!
そもそも私が学びたいのは魔法である。世界に魔力を捧げて現象を得るという方法論を学びたいのである。そこに腐属性をどう関わらせていけばいいのか。腐らせるという定義がどこまで広がるのか。伸びしろしかないですわ。