パパのご家庭事情
パパは、夜になってから血相変えて帰宅した。
「リタっ!」
今にも瀕死の娘に、最期に一目会わんとする父親みたいな顔をしているが、腐属性が公式に認定されただけである。……いや、妻と娘が腐女子できゃっきゃしてた時の前世父は、そりゃあ透明な眼差しをしていたけれども。ちなみに母は腐士じゃなかったんだよね。母は貴腐人だった。マッチョ受けおっさん受けにリバばっちこいな、歴戦の猛者だった。貴腐人パイセン、ぱねぇっす。
「パパ……」
ちょっと迷いつつ、前世父の悟りきった眼差しを思い出して後ろめたくなってしまう。
「……ごめんね」
私は腐士だったからおっさん受けは微妙だったけど、母はそれはそれはノリノリでおっさんの受け君がどれだけ可愛らしいのか語っていた。父の前で。ぼそっと『俺で妄想しないでくれるんなら、なんでもいい……』と呟いていたのが憐れである。
「っそ、そんな! どうしてリタが謝るんだい!? リタはなんにも悪いことはしてないだろう!?」
「パパ……」
腐女子であることは、褒められたことではない。だから、隠す。それはごく普通のことでもあるだろうし、堂々とさらしたことはない。この世界で腐属性魔法使いであるというのは、前世で腐女子であるというのと同じくらい、あまり褒められた立ち位置ではないのだと思う。それなのに、父はそう言ってくれる。たぶん貴族で、面目とか誇りとか、そういうのがあるだろうに。……それとも、本当は貴族じゃないとか?
「ブレンダン、あっちはなんて?」
ママの言葉に、パパは首を横に振った。力なく。それでママは、はっと鼻で笑った。
「なぁに、それ。ほんっと馬鹿にしてる。色つきなら認知してやるって偉そうにほざいときながら、緑だって知ったら不要だって? うちの子馬鹿にすんな。この子にはねぇ、センスがあんのよ。どんな属性だろうが、好きなだけ使える魔力に育ててる。魔力があって、行使するセンスもあるんだ。腐属性がなんだって言うのよ!」
ママは怒り狂ってるけども、怒り方がなんだか冷たい怒りって感じだ。軽蔑を混ぜた怒り。そういう風に聞こえる。でも、認知って言った?
「ママ、認知って?」
「ブレンダンの家にね、リタが庶子であるってこと、認知させるつもりだったのよ。平民ってより、庶子とはいえ、貴族の方が世の中、便利に生きていけたりするもんだし」
「……貴族。パパが」
うなだれているパパを見る。お皿洗いの上手なパパ。ママに奉仕するのが大好きなパパ。……これが、貴族。
貴族ってのが、私の知ってる貴族と同じ、不労所得を持ってる特権階級だと定義した時。なんかパパって、ずれてる気がする。それとも私の知ってる貴族の定義が違うのかもしれん。
「もともとブレンダンは、跡取りじゃなかったのよ。次男だったからね。あたしと一緒にダンジョンアタックしてて、好き勝手に放浪してたんだよ。高難易度ダンジョンに潜ったりとかね」
「ダンジョン!」
すごい! ファンタジーだ! しかも高難易度とか、けっこう実力者だったのでは!?
「でも、あなたができた時にね、兄君が亡くなっちゃって。結婚の約束もしてたんだけどね」
「……自分が情けない……死にたい……」
頭を抱えて嘆くパパが、珍しい。わりといつも楽観的というか、人生を楽しんでますって感じの人なのに。
「兄君のお嫁さんがねー、他国のお偉いさんの娘でさ。ブレンダンが結婚して子どもができて、もしその子どもが男の子なら、跡を継ぐのはブレンダンの子どもになるかもしれないって言い出してね。それで形だけ、兄君の未亡人と結婚したってわけ。……形だけ、だよね?」
「愛するアレクシア。もしそれを君が疑ってるとしたら、私は君に態度で示さないといけないよね。私が君を愛してるってことを」
うなだれていたパパが、顔を上げてきっぱりした口調でママにーーなんていうか、言い渡している。なんか、最後通告的な感じ。両親じゃなくってこれが攻め君と受け君の会話なら妄想が暴走できたのだが、いかんせんこれは肉親の会話である。よそでやってくんないかな。
「あーはいはい」
ふいっとそっぽを向くママだが、明らかに顔が赤い。なんだよツンデレかよママ上。よそでやってください。
「……で、賜色式の後、色つきなら認知するってその未亡人がおっしゃってたわけなんだけども」
「あ、分かった。腐属性魔法使いだから、なかったことになったんだね?」
「……まぁ、そう」
なるほど。
パパの実家で、兄嫁と愛のない再婚をしたというわけか。これ、人によったら兄嫁とよろしくやっちゃう弟もいたんじゃなかろうか。パパはママにぞっこんみたいだから、もしかして兄嫁さん側も想定外だったりして。
ま、そういう昼ドラ的な関係性は置いといて。つまり。
「つまり、今まで通りって、こと?」
パパが本当に貴族だったってことについては驚きだが、貴族の放蕩息子だったというならまぁ、ぎりぎりセーフである。パパらしい。それでもって、ママとは愛のある関係があって、異母兄弟とかもいないのであるならば、別に現状維持ってことでかまわないのでは。
「まぁそうだけど。でもさ、これから行く魔法学園では、貴族じゃないってなると、けっこう扱いが悪いのよ。しかもあんた、腐属性じゃない。もしいじめられたらって思うと……」
「ふぅん……」
うーん、つまり、色を賜るのは貴族が多いってことだよね。平民で色を賜ることは少ない。それが魔法学園に行くと、少数派になる。少数派はたいがい、いじめの対象になりがちであるというのは、私もよく知ってる。前世でもいかに多数派に擬態するかが命題だったけど、いかんせんこの世界では、貴族と平民っていうのは、服装とかですぐに分かっちゃう。属性については髪の色に出るから、これまたはっきり分かっちゃうわけで。
「……でも、やっぱり学園には行きたいなぁ……」
魔法で学園やぞ。楽しみしかないわ。
「なにかあったらあたしが学園爆破するから、行ってみる?」
「……ばくは」
「パパもちょくちょく顔出すから。認知できない庶子なんて、そもそもごろごろいるだろうし。パパ、頑張って学園長脅しとくから!」
ちょいムチわがままボディのパパが、脅迫。貴腐人の前世母だったら、脅迫からの一転して襲われ受けおっさんを妄想されそうである。
「ねぇママ。パパって本当にダンジョンに行ってたの?」
このわがままボディでダンジョンに潜れていたのだろうか。
「パパはね、動けるデブなのよ」
「……えぇぇ……」
私、デブとまでは言ってない……! たぶん、デブってほどじゃないと思う! ちょっとわがままボディなだけで!
「そもそも当時は細かったしね」
「最近書類仕事多いからなぁ……引き締めようかなぁ」
「大して変わんないでしょ」
「君が言ったんじゃないか! 私の肉質が好きだって!」
「……にくしつ」
「まぁ好きだけど」
好きなんだ! そしてパパがぽっと照れ笑いをしている! 新婚かよ! よそでやれください!
「今のうちに、学園長しめとくかなぁ……」
そして不穏なこと言うのやめてください、ママ上様。