ギリセーフ
寮へは、森沿いの道を弧を描くようにして歩く道があった。腐属性魔法使いなんて日の当たる道を歩くんじゃねぇぞって声がしなくもないけど、ちょっとした森林浴みたいだ。これはこれで癒やされる。
その道をユージーンと一緒に歩いていると、前方の少し開けた場所に、五、六人ほどの少年達が立っていた。
「あれ? 誰だろ」
「リオン君、戻ろう!」
ユージーンが私の手を引っ張るのと、彼らが声をかけてくるのが同時だった。
「君が今年の新入生か? ずいぶん優秀だそうだな」
「パーシヴァル様、そいつは不正をしたに違いありません!」
その集団のリーダーだと、一目で分かる少年がいた。周りより少し背が高くて、真っ赤な髪をしている。ママを見てて分かるけど、火属性の子でも魔力量が少なかったらこんなに鮮やかな色にはならない。たぶんこの、パーシヴァルと呼ばれた少年は、豊かな魔力量を誇っているに違いない。そしてそんなパーシヴァル少年に声をかけているのが我がクラス二位のデニスだ。午前中、ずっと私に声をかけようとしてはジャック達に気づかれ、集団で逃亡されていた子。比べてみると、明らかに赤髪の色合いが落ちている。
「えぇと、平民のリオンです。テストはたまたまです。ちょうど神殿学校で学んだばっかりだったところが出たので」
「それで満点か? ずいぶんと神殿学校は高度な教育を施しているらしい。親戚にもそちらに行くよう忠告した方がいいかもしれないな。家庭教師よりよほど身につきそうだ」
「貴族の方には幼児の遊びのようなものだと思いますけど」
この、いかにもエリートコースまっしぐらなパーシヴァル君の親戚なんざ、どれだけ優秀なことか。そう思って柄にもなくおべっかを使ったのは、ユージーンのためだ。この繊細で可憐なユージーンの前で、男同士のいざこざを見せるわけにはいかない。ユージーンの寝付きが悪くなったらどうしてくれるんだこら。
「親戚に伝えておくよ。喜びそうだ」
軽くあしらったパーシヴァル少年が、気負いなくこちらに近づいて来た。ユージーンがびくっとして私にしがみついてくる。その腕を、安心させるようにしてぽんぽん、と軽く叩く。
「ジーン、ちょっと離れてて?」
「いやだよリオン君。危ないよ」
「理性的な人っぽいから大丈夫だよ」
腕を押すと、しぶしぶ、といったようにユージーンが離れて行く。そして目の前に立つパーシヴァル少年。少年と呼んだけど、そういえば私はさらに年下の少年なんだった。私より拳一つほど高い。くそぅ。だがその顔立ちは整っていて、俺様攻め君としての需要はありそうな気配がする。それかやんちゃ男子系攻め君。
……そうか、私、この学園に来て初めて、攻め君属性の男子と向き合ってるのか……なんか新鮮だな。だができればもう五年くらい熟成してから出直してほしい気もする。
「ーーたまたまかもしれないけど、ちょっと我慢してくれな。加減はするから」
ひそひそっと囁かれた直後、ごふっとお腹にパーシヴァルの蹴りが入った。
「ーーっぐぅっ!」
「リオン君っ!」
悲鳴みたいなユージーンの叫び。応える間もなく、胸ぐらを掴んでパーシヴァルが頬を、平手で打った。ぱしん、といい音が鳴って頭も揺れるが、拳で殴られたらこんなもんじゃないだろうなって威力ではある。痛みよりも熱が先にやってきた。
「あまり目立たない方がいい。俺が絞めるって言ったから、もう彼らは手出ししないと思うが」
こそっと囁いて、去り際に蹴りを入れたーーと見せかけて、土を蹴ってパーシヴァルがきびすを返す。
「リオン君!」
入れ替わりにユージーンが駆け寄ってきて、抱え起こされる。
「リオン君、リオン君っ!」
泣きそうな、というよりも、すでに泣いてる。
「だ、大丈夫だよジーン」
あんまり大声で平気だと伝えると、パーシヴァル少年の気遣いが無駄になるかもしれない。気遣いにしてはけっこう硬派な気遣いだが、彼の世界ではあれが気遣いの分類に入るのだろう。貴族の世界って意外に野蛮なんだな、という感想は置いておいて、ユージーンに小さく返事をする。
「ーーリオン君に……なんてことを……っ!」
その小さな声が駄目だったらしい。普通の声も出せないくらい乱暴されたと思い込んだユージーンの周りに、蜃気楼のような影が揺らめき始める。
こ、これはユージーン闇落ち編に突入する分岐点では!?
ここで死属性魔法を発動させてしまったユージーンがパーシヴァルやデニス、それに親友である私までも魔法に巻き込んでしまった的な導入編になるやつでは!?
「ジーン、僕は大丈夫だよ!」
ゆらゆらと陽炎が立つようなユージーンの腕をぎゅっと握る。それからパーシヴァル達の方へ視線をやって、早くどっか行けと目配せする。
「ぱ、パーシヴァル様、僕らはもう行きましょうっ」
「も、もう平民の腐属性も反省したことでしょうし」
あわあわって感じの声と、パーシヴァルが、
「だが、あれは大丈夫なのか」
という声と、
「あれは死属性ですよっ! 早く去りませんとっ!」
という声が交わされて、ユージーンがそちらをゆらりと見る頃には彼らは走り始めていた。
「僕の……僕のリオン君に、なんてことを」
「はーいはいはいジーン君こっち見て!」
ユージーンの顔に両手を当てて、至近距離から目を合わす。綺麗な琥珀色の目を間近で見ると、瞳孔がぽっかりと開いていて、闇に染まったみたいな目になっている。あかん、闇落ちカウントダウン、始まってはる……!
「僕は大丈夫だよ、ジーン」
「でも……でも、ほっぺたが赤くなってる」
「痛くなかったから大丈夫」
「蹴られてた」
「そっちも痛くなかった」
言い張ってから、あれ、なんかお腹痛いような……と気づいたけど無視だ無視!
「ぼ、ぼく……」
ユージーンの目から、ぼろぼろっと涙が溢れて零れていった。
「り、リオン君がひどい目にあってるのに……なんにも、できなかった……っ!」
「僕が離れててって言ったんだよ」
「目の前で、リオン君がっ、蹴られて……っ!」
「男同士はそうやって喧嘩して仲直りするもんだよ」
私の少年漫画情報ではそうだ。
「ぜったい……ぜったいゆるさない」
闇落ち駄目ぜったい!
「ジーン。僕は本当に大丈夫なんだよ。ほら、僕は男の子なんだよ? いずれダンジョンにだって潜りたいし、そうなったら戦闘経験は必要だろ? こうやっていきなり攻撃されるって経験も大事だよ。僕、次は黙って蹴られないように気をつけるから」
「リオン君……でも、僕、いやだよ」
まぁユージーンは小動物系不憫属性受け君だからねぇ。
「大丈夫。……ふふっ……ふふふっ……僕、ちょっと楽しみなんだ。あの、人生勝ち組って言わんばかりのパーシヴァル君が、よりによって腐属性の僕に負けたらどんな顔するのかなって思うと」
一般的に二次創作は、公式様が不幸なほどまったり平穏に、公式様がまったり穏やかだと壮絶不幸なものになりやすい、気がしている。
あの、人生で不遇な目に遭ったことがないと言わんばかりのパーシヴァル少年が、侮蔑対象である腐属性魔法にぎったんぎったんに負けて泥にまみれるとしたら。
彼はきっと、今より一回りも二回りも大きな器を持つ攻め君に成長してくれるに違いない。そうさ、これは試練だ。ハッピーエンドの保証された試練に過ぎないのだから、彼はきっと乗り越えられる。いかなる理由があろうと、たとえ私を守るためだろうと、出会い頭にいきなり蹴りつけてきた怒りがあるわけじゃない決して!
「リオン君……君がそう言うなら……でも、もしリオン君ができなかったら、僕にやらせてくれる……?」
おずおずとした不憫系受け君顔で、ユージーンがどことなく不穏な言葉を発した。やるって、殺るって変換できる方のイントネーションじゃない、よな……?
「まぁまぁ僕に任せたまえよ、ジーン。あの誇り高そうな顔をぐっちゃぐちゃの泥まみれにしてしんぜよう」
くくくっ……エリート面した攻め君には、脊髄反射的にぐちゃぐちゃの地獄を味わい尽くさせたくなる創作魂が疼いてしまったが、今回ばかりはいいんじゃないかな? だって先に仕掛けてきたのはあっちだもーん。




