燃えさかる闇の炎……的な
午後からは属性授業で、それぞれの校舎に移動する。
「リオン君、ごめんね」
「ん? なにが?」
道すがら謝られて、首を傾げる。
「僕、なんだかリオン君を取られちゃったような気になっちゃったんだ。でも、リオン君はものじゃないのにね」
「ふふ、やきもち?」
笑み混じりにそう問うと、ユージーンが拗ねたような、恨みがましいような目でじっとりと見てきた。
「り、リオン君には友達がいっぱいいるから……! 僕なんか、リオン君がいないと一人ぼっちなのに」
ちょっと目元が赤くなっちゃってて、慌ててフォローする。
「ごめん、言い過ぎたよ! あのね、たまたまみんながいい人だったから友達になれただけだよ。ジーンだっていい子だから僕と友達になってくれただろ? 僕、ジーンと友達になれてすごく嬉しいよ。ずっと友達でいてほしいな」
そしてジーンが甲斐性のある攻め君と幸せになれるエンディングまで見届けさせて!
「うん……僕も。僕も、ずっとリオン君と友達でいたい」
はにかみつつそう言ってくれるユージーンが可愛すぎる。そうか……このユージーンがどこぞの攻め君にあーんなことやこーんなことをされてしまうのか……うちの子を嫁にしたいなら私を倒してからにしな!
ユージーンが幸せにいちゃいちゃするところを見たいのは本当なのだが、どこぞの馬の骨になどやりたくない親心も本音である。
属性授業は、腐属性の教師であるパンジー・エイデン先生に教わる。
他の属性は学年ごとに教師が変わるらしいのだが、腐属性の教師はエイデン先生のみだそう。人の良さそうなおば様って感じなのだが、どことなく影がある。まぁ、腐属性の生徒の少なさ、不遇さを思うと、それもしょうがないのかもしれない。
「ようこそ、属性授業に。まぁ、やはり新入生は可愛らしいわねぇ。そうそう、ユージーン君だったかしら? わたくし、死属性のことはよく分からないのだけれど、どの属性だろうと結局は、魔力を捧げて魔法を授かるという過程に変わりはありませんからね。まずは魔法をしっかり発現できるよう、学習していきましょう」
にこにこしながら、私の前にパンを、ユージーンの前に虫かごを置いた。
「先生、あの、質問をいいですか?」
「いいですよ。なぁに? リオン君」
「あの、もしかして僕はこのパンをかびさせることが訓練になります……? それからジーンは虫を、その……」
「えぇ、そうですよ。腐属性は食物を腐らせる魔法ですからね。まずはこのパンをかびさせてみましょう。ユージーン君はまず、小さな虫から始めましょうねぇ」
ユージーンがちょっと泣きそうな顔をしている。別にこの世界、虫を殺さない方が優しいとかそういう感性はなくて、むしろ害虫は焼き殺せっていうどっちかというとアグレッシブな感性の方が主流だと思うけど、おそらくユージーンは想像しちゃったんだろうと思う。この小さな虫を殺すことに成功したら、次は動物になるかもしれない。そしていくつかの段階を経て、いずれは人間になるのかも。
「あ、あの!」
そもそも、死属性に対しての想像力がこの世界には足りてないと思う。ママの話を聞いてても思ったんだけど、火属性は昔、日常生活にのみ使われる、ありがたみのない属性だったとか。それが今や、ママのおかげで火属性は攻撃力ばっちこいな優遇属性に生まれ変わってしまっている。
そういう意識改革が、腐属性や死属性であり得ないだなんて、いったい誰が思うだろう? 思い込みなんざ攻撃する上で油断を誘えるメリットでしかないですわ。
「エイデン先生、僕思ったんですけど。死属性って生物を殺すイメージだと、優しいジーンにはしんどいと思うんです。祈りと殺意ってほら、ちょっと折り合わないなっていうか、難しいと思うんです。だから僕思ったんですけど、守ったり癒やしたりするために死属性の力を使えないかなって」
ユージーンは優しい子だと思う。そして優しい心を持つ魔王ってキャラ付けがどんな悲劇を生むかも知っている。たいていそういう子は世界の平和のために、勇者君との戦いで全力を出すこともなく、自分の人生を諦めるのだ。
『私と視線を交わしてくれたのは、お前だけだったな……』
とか、死の間際に勇者君に呟きながら……!
お母さんは許しませんよそんなこと!!
「面白いことを言うのねぇ、リオン君は。でも、守るために使う死属性っていうのは、結局は先制攻撃とかそういう話になるのじゃないかしら?」
「先生……」
なんだろう。この先生の考え方、好きかもしれん。
「攻撃は最大の防御っていうものねぇ。だから大切な友達を守るために死属性の力を使うっていうのはありだと思うのよ」
先生、先生! それユージーンがいずれ闇落ちするパターンだから! 美味しいけどそれは闇落ちルートだから!
「でもねぇ、癒やすために使う死属性っていうのは、どういうものかしら? 先生、ちょっと思いつかないのよねぇ」
先制攻撃闇落ちパターンからユージーンの思考を逸らすべく、この世界でも通じるたとえを一生懸命考え始める。いや、前世だったらウィルス殺すので癒やせますよねって話は直感的に分かると思うんだけど、こっちでの病気の概念はちょっぴり遅れている。っていうか、そもそも諸悪の根源はエリクサーなる意味不明な薬物があることだと思う。怪我病気欠損にも効く薬ってなんだそれ。万病に効くって昔はお酒だったけど、今の医療じゃお酒は目の敵にされてるのだ。いいじゃんかお酒! 好きだよお酒! でもご利用は計画的にするか、むしろ関わらない方がいいってなんだそれ! ○コムに謝れ貴様! ……え? ご利用したことあるのかって? 私、借りた以上のお金返すの嫌派なんだ。
「先生、怪我した時って、膿むじゃないですか。あれも確か、昔は腐属性魔法使いの呪いなんて言われてたんですよね?」
「そうね。今も高齢の方は信じてらっしゃるわね」
エイデン先生がふふって笑った。穏やかな笑顔なのに、しかも目元はしっかり笑ってる笑顔なのに、背景が燃え盛る闇の炎的な絵になっている。
「だ、だから、その膿んでる場所に死属性を使ったら、元気になると思いませんか? それは癒やしてるってことになりません?」
「それって……たとえば、木に巻きついてる蔦を枯れさせれば、木が元気になるってこと?」
ユージーンの言葉に頷く。
「あ、それそれ。蔦は木から栄養を奪っちゃうから、その蔦を枯れさせれば、ジーンは木を癒やしたってことになるよね」
ユージーンが自分の両手を見下ろして、うわぁ、と小さく呟いた。うわぁ、可愛い。
「とても面白い考え方ね、リオン君。あなたはもしかしたら、腐属性魔法の限界を広げてくれるかもしれないわ。……ねぇ、腐属性魔法についてはなにか、そういう見方を変えるやり方はないかしら?」
エイデン先生の目に光が宿り始めている。
「僕は……たとえば、パンを黴びさせるのと、鉄を錆びさせるのは違う力なんじゃないかと思ってるんです。でもどっちも腐属性って言うでしょう? 僕が賜った腐属性って力は、そのどっちなんだろうって思ってます。そのどっちもだとしたら、それは違うと思ってた力に、僕たちの知らない共通点があるってことなんじゃないかと」
「ーー面白い考え方だね、リオン君」
後ろから声がかけられた。聞き覚えのある声に振り返ると、イーノック先輩だった。
「そうですか? ちなみに先輩はどっちだと思いますか?」
「どちらかというと、腐属性というのは腐らせる魔法だと思っていた。だから肉や植物をどろどろに溶かすような力なんじゃないかと思っている」
「そうなの? リオン君」
エイデン先生、それ先生が教えなあかんやつ……。
「えぇと、こういうのは実験すれば分かると思うんです。パンを黴びさせる、野菜を腐らせる、鉄を錆びさせる。この三つをまずは誰がどれだけ得意かってことを実験してみて、その結果からさらなる実験への指標が見られるんじゃないかなって」
「……イーノック・ブレイアム卿」
「はい、パンジー・エイデン先生」
イーノック先輩とエイデン先生が見つめ合い、にっこりと笑った。ただし背景の色がおどろおどろしい色合いのような気がしてならない。
「君を歓迎するよ、リオン君」
「逸材が入ってきてくれて嬉しいこと。一緒に腐属性の可能性を広げていきましょうねぇ。そうそう、死属性の可能性もね」
ふふふふあはははおほほほと響く笑い声。……リオン君怖い。
「歓迎してくれてよかったね、リオン君」
「ジーン……!」
もう清らかなユージーンしか癒やしがない!
明日からの実験計画を練らされて、その日は終わったのだった……。




