国王陛下の演説
正門前の建物は大きな体育館みたいになっていた。しかも観覧席つきの。
前世日本の体育館と違うのが、床は木じゃなくて石ということだ。ちょっとギリシャのコロシアムっぽいけど、そこに木造の屋根がかかってる感じ。観覧席はちゃんとそれぞれにきちんとした椅子が用意されている。そしてそのアリーナ部分に私たち新入生が集っているというわけだけれども、いかんせん私たち平民は圧倒的少数派である。入ってきた入り口にへばりつく勢いで、アリーナの後方に目立たないよう固まっていた。
男子と女子は縦を二分割したように分かれていて、もう半分側に二人、後方の扉にくっつくようにして固まっているのが見えた。たぶんあれは平民女子だろう。茶色と赤色の頭が見える。
この前まで神殿学校に一緒に行っていた、苗床リリアンちゃんなら歯ぎしりしそうな色合いだ。だがもしリリアンが色を賜り、この学園に来たとして、この圧倒的なアウェー感に耐えられただろうか? ……リリアンなら耐えられそうな気がしてきた。それも才能よな……。
アリーナの前方に司会席とか、貴賓席とかがある様子だった。司会進行役だろう人が、
「静粛に。新入生は席についてください」
と言った。拡声器だか魔法だかを使っているのだろう声は、ざわめく音に負けることなく私たちにもきっちり届いた。目の前には五十人分の前列があるのだが、エイヴリング先生が言っていたように居眠りしても目立たないようには思えない。前列に行けば行くほど席の数が少なくなっているからよく分からないけれど、最後尾の席は横並びに五人分の椅子がある。つまり多めに見積もっても十人ぐらいしか前には座っていないので、壇上で話すだろう人からは居眠りする頭はよく見えるのではないかと思う所存。こっちからも壇上とか司会席の人はよく見えるしね。
「この喜ばしい日に、恐れ多くも国王陛下からのお言葉を賜ることになった。心して聞くように」
で、開会の辞のすぐ後に、なんと国王陛下からのお言葉を賜ることになった。さすが王立魔法学園。王立ってことは王様が最高責任者ってこと、だよね? 入学式にも王様が来るなんて、貴族が通う学園はレベルが違う。いくら王都に住んでても、王様や王妃様、王子様の姿なんて見たことない。絵姿が売られてたりはするので、飾ってる家は多いだろうけど、我が家には置いてなかった。でもイケオジ、美女、美少年ってご家族のお顔は肖像画でよく存じ上げている。一方的にだけども。
そのイケてるおじ様が祝辞を述べられるということで、こっそりとテンションが上がっていた私だが……貴賓席から立ち上がったフォルムを見て、まず、ん? と思った。なんかこう……緩い。豪華っぽいローブとか着てるんだけど、醸し出すフォルム感がたゆんとしている。イケオジならばもっとこう、きゅっと締まっていてしかるべきかと思うのに、なんだろうか、このわがままボディ感。たゆんぷるん。まるでうちのパパみたい。案外貴族ってのは中年になると似たような体型になるものなんだろうか。肖像画は若かりし頃を盛っただけ、みたいな。
いやでも! 我が国の国王は、そりゃ素敵な恋物語があるのだ。お題は秘められた恋。なんで秘めてるのに周知されてるんだと思わなくはないが、秘められてんだよ、公には。みんな知ってるけども!
我が国の現国王には兄君がいらして、その方が前国王だった。だが病死なさり、王子は未だ幼少ゆえ、弟君の現国王が即位なさったのだ。で、ここからが秘められた恋、はぁと、部分なのだが、なんとこの弟君、兄嫁である王妃殿下に思いを寄せられていたらしい。隣国の王女殿下という高貴な身分の兄嫁。比して己はただの王弟。兄夫妻は仲のいい夫婦だったらしく、その思いは秘められたままだったーー本来ならば。だが兄が病死し、兄嫁が母国に帰ろうとされていた時、彼は兄嫁を引き留めたのだ。
『どうか私とこのアーサーズ王国を守ってください。まだ王子も幼い。いずれ彼に王位を譲り渡すその時まで、貴女にはこの国で最も高貴な女性でい続けていただきたいのです』
愛する兄が愛した女性。彼はその人を妻にしながらも、未だ亡くした夫を思い続ける王妃の心を尊重し、じっと見守り続けるのだ……。
私、腐士ではあるのだけれども、覚醒するまではこういう切ない恋物語が好きだった。王様と王妃様くっついて~! って、苗床リリアンちゃんと一緒に身もだえしていた。今の私なら王妃様男体化で男性妊娠可能な世界観として二次創作するだろうけれど、覚醒前の私はピュアな少女だったので、そのストーリーをそのままに受け入れてうっとりしていたのだ。
その、恋い焦がれる前王弟現国王が! ちょいぽちゃわがままボディなのは! 許されるのであろうか!?
百歩譲って幸せ太りでもいいのだが、それは思いが成就してからでもよかったんじゃないのか。幸せの先取りしてちゃ、片恋相手の王妃様から見向きもされなくなっちゃうのでは?
物語に対する許しがたい解釈違いに拳を振るわせていると、壇上に立った国王陛下が口を開いた。
「新入生諸君、ようこそ、この王立魔法学園へ」
…………んん?
「諸君の素晴らしい門出を祝福する」
…………いや、でも……けどあのフォルム……拡声器の故障って線も……。
「諸君はこの、お、うりつ魔法学園のーー」
……今、確実に目が合った……そして『お』をやけに強調している……。
「この学園の先生方はまことに優秀で才能があり、彼らも才能を、め、でているーー」
今度は『め』だ。ばちっと目が合った瞬間の言葉。
「素晴らしい教授陣、で、ありーー」
次は『で』
「規律、と、積極性に満ちたーー」
次は『と』
「諸君の学園生活が素晴らしいものとなるよ、う、私も心から祈っている」
最後だろう、『う』
つまり、『お』『め』『で』『と』『う』を、ランダムに視線を動かしているように見せつつ、私に視線をやった時にだけそれらの言葉を流し込む技量……パパ上! すっげぇ無駄に高度なことしてんな!? もうそれだけで本人だって納得したわ!
おうふ……どっかの貴族って言ってた父親が国王陛下らしい……。え、つまり私ってば庶出の王女? おうじょ……ふじょしの方が馴染みがある……ここはちょっと音を近づけて、ふうじょって名乗りたい……だが当てる漢字がなんかこう、うまくはまるものがない! 腐女って書いてふうじょと読ませるのはなんか違う気がするんだ!
いやいやいやいや、問題はそこじゃない。そこじゃねぇんですのよパパ上様よ。ママはどうした! 秘められた恋ってパパ上、ママに本気じゃなかったのかよ! 娘の前でうっとうしいほどいちゃついてたあれはなんだったんだ!?
王様らしく、壇上から威厳と慈愛に満ちた笑みを浮かべているパパに、ぎりっと睨みつけた。どういうことなのよパパ!?
若干顔色を悪くしながら壇上を去って行く国王陛下。祝辞の大半は頭に入っていない。これぞまさしく聞き流し。そして以降の祝辞も同じ運命であることは、言うまでもない。




