制服のスペル
寮の部屋には時計もある。でも前世で見慣れた壁時計みたいなのじゃなくって、水晶板にぼぅっと光が点ってる時計。平形。机の上に置くタイプ。
一周が一日で、午前が十二時間で午後も同じ。右半分が午前で左半分が午後という形態だ。その時計が、右半分の真ん中近くのところに光が浮かんでいた。
「うわっ、もう六時じゃん」
慌てて起きて、洗面台で顔を洗い、それから今日は入学式なのでクローゼットの制服を着る。……でかい。足の裾が引きずるので二回折り返し、袖も長いので内側に折った。……え、これって平民に対する嫌がらせ的なそんなんだったらどうしよう。ジャックはひょろっとしてたけど、残り五人はそんなに背丈は変わらない。あ、カールは私たちより低いね。ジャックぐらいしか大きさ合わないんじゃ? もしくはジャックでも大きいかも。
なんだかなぁと思いつつ廊下に出ると、ちょうどユージーンも部屋から出てくるところだった。
「おはよ、ジーン」
「お、おはよ、リオン君」
てれっとした顔のユージーン。受け君って世界を光で満たすよね。そしてユージーンがツーサイズオーバーな制服着てるのって、なんかいかにも彼シャツっぽくてけしからんですね。いいぞもっとやれ。
「おいこの制服ちっせぇんだけど」
そして短い制服を着ているジョン。
「どういう基準で配ってるんだろう、これ」
ぽっちゃりカールにはさらにだぼっとした制服。そしてジャックの上着は小さいのにズボンは長くて折っている。あのカニンガム夫人が
『おーっほっほっほ、貧民にはこれくらいでちょうどよいのですわ!』
とか高笑いするタイプには見えないんだけど。
「おい、それよりもさっさと飯食いに行くぞ!」
制服のサイズ感より食事。十二歳の少年にとってはそっちの方が優先順位は高いらしい。まぁいいか。大きい分には縫えばいいし。真剣に困るのはジョンくらいだ。そのジョンが食い気優先なので、そのうちカニンガム夫人が気づいてくれるのを待つのでいいだろう。
早足で食堂に行くと、さすがに閑散としていた。いや、いるにはいるんだけど、なんか明らかに平民っぽい。二、三人ほどが固まって食事をしている。もしかするとそれぞれの学年の平民なのかも。一年生は五人だけど、よくよく考えれば私は貴族の庶子だし、ユージーンは希少属性だし、そういう意味では平民で色があるのって二、三人が普通なのかも。女子もたぶん同じくらいなんじゃないかな? そう思ったら平民で属性持ちは十人もいないってことか。少なっ!
かき込むようにして食事を終え、部屋に戻る。八時少し前にホールに向かうと、カニンガム夫人が立っていた。私たちを見て、目元がちょっと緩む。
「来ましたか、一年生。それにホホ、可愛らしいこと。制服のサイズが合わないようですね。あなた方、校章がついているでしょう。そう、その襟に刺繍してありますよ、本と羽根ペンの」
グレーのジャケット、その襟に、さらに濃いグレーの刺繍糸で本と羽根ペンが刺繍されている。その刺繍の下に、布と同じ生成り色の糸でなにかの模様が刺繍されているのが見えた。なんかすごい凝ってるな。上にグレーの刺繍があるから、どんな模様かまでは判別できない。襟を引っ張ってそれを見ていると、カニンガム夫人が
「そう、それがスペルですよ。魔力を通せば、制服のサイズが変わります。今からあなた方は成長期ですからね。短くなったなと思ったら、スペルを使いなさい。ちょうどよいサイズに変わりますからね」
「あ、あの……」
思わず手を挙げていた。そうしてから、今質問タイムだったっけとどぎまぎする。
「なんですか、リオン?」
「えぇと、ズボンもですか? ズボンにはスペル……っていうか、校章の刺繍はないように見えたんですけど」
「全身着ているものに作用するスペルですからね。襟のものだけで充分対応できるのですよ。……これは独り言ですが、制服だけではなく下着にも作用するらしいので、生徒の中には私服を下に着込んで、サイズを調整するものもいるとか。よいものを長く着る工夫なのかと、驚いたことがあります」
すっごい素敵な独り言ですね!
袖と裾の折り目を戻して、ジャケットの襟に触れる。ちかっと光った後、サイズがぴったりになった制服に変わっていた。
「すごい!」
小さくなって着られなくなった服、とかそういうのがなくなってしまう! 丁寧に着れば、サイズが変わっても着続けられるなんて……このスペル、絶対にいつか自分でも刺繍できるように頑張ろう。っていうか、文字っぽく見えないの本当に不思議。どうやって描くんだろう。授業が楽しみだな。
「よかった、もうズボンがずり落ちなくてすむよ」
カールの明るい声に、お互いに小さく笑いが洩れる。
「さ、準備がすんだようですから、入学式に案内しましょう。ようこそ、一年生諸君」
口元はそんなに変わらないのに、目が柔らかく輝いた。カニンガム夫人、目の表情だけですっごく優しく見えるな!
二列になって進むんだけど、ジョンとジャック、カールがだらっと二列になって、私とユージーンがきっちり二列になって歩いている。ほら、カールがちょいぽちゃじゃん? 一人半も幅はないけど、そのカールの前後にジョンとジャックが並んで歩いている。
ホールの入り口から外に出て、カニンガム夫人が一人の男性の元に歩み寄った。必然的に私たちもそちらに歩み寄る。
「エイヴリング先生」
カニンガム夫人から呼びかけられた男性は、こちらを見てにこりと笑った。四十代ほどだろうか。紫の髪をしている。色はそれほど濃くない。
「おはようございます、カニンガム夫人。それに、やぁ、一年生諸君。私はエイヴリング。剣術を教えている。属性はご覧の通り風だよ」
それからエイヴリングと名乗った教師は、声を潜めて続けた。
「それから私も平民なんだ。一緒に肩身狭く暮らしていこうじゃないか」
にやっと笑うその顔に、私たちの緊張も少しほぐれる。なんといっても、平民出身の魔法使いが教師の中にいるのだ。もちろん貴族出身の教師の方が立場は強いだろうが、平民出身の人間が教師の中にいるというだけで、少しだけ息がしやすいように思えた。
「今年の一年生男子は多いね。五人もいる。あぁ、貴族の一年生男子は五十人ほどいるが、それでも平民でこれほど多いのは初めてじゃないかな」
それなら貴族女子も五十人ほどいるのだろうか。開きそうになる口を閉じ、ちらっとカニンガム夫人を見やる。エイヴリング先生は平民出身だと言ったけれど、質問を歓迎するタイプの人かどうかは分からないので。
「どうしたのですか、リオン」
カニンガム夫人に促され、許可が出たと認識したので聞いてみる。
「あの、一年生の貴族女性も五十人ほどですか? あと、平民の一年生女子は何人いるんでしょう?」
「そりゃあ気になるだろうね。女生徒数の多寡はこれからの人生に様々な影響を及ぼすからね。うん」
年頃の男子諸君には死活問題ですよねええ分かりますって顔をして、エイヴリング先生が頷いた。いや、私としては男子諸君の人数の方が重要なのだが……いや、でもジョン達が親指を立ててグッジョブしてるからまぁいいか。気になるなら君たちが質問すればいいのに。
「で、答えだけども、その通りだよ。貴族女性の一年生は五十人ほど。だいたいどの学年もそのくらいかな。多少増減はするけれどもね。平民の一年生女子は二人だよ。これはちょっと、残念なお知らせかもしれないね」
その言葉通り、ジョン達が沈痛な面持ちになっている。まぁね。いきなりBL展開にはならないよね。普通は可愛い女子ときゃっきゃうふふしたいもんだよね。前世を含め、私にそんな青春はなかったけども。
「それでは皆さん、入学式諸々が終わったら帰っていらっしゃい。夕食は遅い時間帯の方が、あなた方はのんびりできるのではないかと思いますよ」
カニンガム夫人がさらっと貴族の少ない夕食時間帯を教えてくれる。なんてスマートなやり方。
「さ、諸君行くぞ。平民出身の君たちは新入生の最後尾に並ぶことになるから、学園長の話に寝ていても目立つことはないぞ」
エイヴリング先生の、どんなことにもいい面はあるものだ、みたいな言い方に、私たちの緊張が緩む。そう、私たちは悪目立ちするのが一番危険なのだ。肉食獣がうろつく荒野を、目立たず走り抜ける草食獣の能力が今の私たちには最も求められているものだ。草食獣、余裕余裕。あんなに平和な前世を過ごしたんだもん。魂の遺伝子からして草食獣が身についてるはずだ。
エイヴリング先生の後ろを歩いて行く。馬車でのんびり来た道を戻り、正門に最も近い建物に入っていく。十五分ほど歩いた。貴族の子もこうやって歩いてくるのか聞いたら、人によっては馬車を使うと言われた。さすが貴族は違う。学校内で自家用車送迎かぁ。これが身分制……そして片親的には私もそのはずなんだけど、そっち側に行ける気がしないよね。




