ウェルカム腐女子
ということで、どうも、リタです。この度めでたく腐属性に覚醒した、前世からの腐女子です。どうも。
目覚めたら自宅のベッドの上で、どうやらママが連れて帰ってくれたらしい。前世腐女子だった記憶にぶっ倒れただけなのに、まことにもって申し訳ない。
「腐属性ぃ? いやっふぅぅくくく……っ」
腐属性魔法使い。なんて甘美な響き。
そもそも腐女子というのは選ばれし存在であると自認している。腐女子には努力してなるものではなく、いつの間にかなっているものである。そしてある瞬間覚醒するのだ。そう、攻め君男子と受け君男子の甘美なる甘酸っぱい関係性に。そこに自我は存在しないのである。男女間の恋愛ものを摂取して自己をヒロインに投影することもない。ただ己とは完全に非なる他者男子君への、無償の愛を捧げているのである。つまりアガペー。前世に培ったその経験値が今世でも受け継がれるなんて、なんたる強くてニューゲーム。十一歳にして歴戦の腐女子。前世極めた腐士道の、さらにその先、前人未踏の域を更新できる幸せ。まだ俺は限界を超えてない。まだまだもっとヤれる。もっともっと妄想できる……!
「……リタ? ねぇ、大丈夫……?」
部屋をノックする音が聞こえて、扉越しにママの声がした。
「んぇ? 大丈夫だけど?」
大丈夫か否かで聞かれたら、かつてこれ以上大丈夫だったことはない。今まで私は推しにも、推しの概念にも出会っていなかった。だが今は違う。十一歳にして腐士道の神髄に目覚めつつあるのだ。しかもそれをさらに発展させ得るわけだ。大丈夫でしかない。
「あのね、リリアンが来てるんだけど。あなたに会いたいって」
ふむ、苗床リリアンちゃんが。
「いいよ? そっちに行く?」
「あなたの部屋の方が落ち着くでしょ? 呼んでくるわ」
前世ではリアルのオタ友なんていなかった。イベントにあれだけの人数が参加していたのに、リアルでは会ったことが皆無な不思議。みんな一般人の擬態が上手すぎる件。
唯一いたと言えるのが……母である。そう、私の母は腐女子であった。その血を受け継ぎ、思春期真っ只中から布教されるというエリート教育を受け、私の腐女子としての骨格は完成したのである。どうしてくれるんだお母様。おかげでリアルの男性との甘酸っぱい青春なんて皆無だったじゃないか。まぁ二次元で壁となり天井となりカーテンとなって楽しんできたからいいけども。
……リリアンちゃん、腐女子に覚醒してくんないかなぁ……。
「……リタ? 入っていい?」
遠慮がちなリリアンの声を怪訝に思いつつも、うん、と答える。
「いいよ、入って」
静かにドアを開けたリリアンは、部屋に入って早々、がばっと頭を下げた。
「っごめん、リタ!」
「えぇ? どうしたの、リリアン?」
なんか謝られるようなことされたっけ?
「あたし……あたし、悔しかったの。色がもらえなくって。だから、神様にお願いしたの。リタにもあげないでくださいって。それか、いっそ緑にしてくださいって!」
ほほぅ。つまり、嫉妬。西洋では緑が嫉妬の色だそうな。腐女子に嫉妬をかけますと? 愛しかない。嫉妬は全ての恋愛におけるスパイスである。つまり必需品。嫉妬にかられる攻め君も愛おしいし、嫉妬に悩む受け君も尊い。つまり結論、緑最高。
「あたしだけ苗床は絶望的なのに、リタだけずるいって思って……それで……」
リリアンちゃん、その苗床の使い方、絶対間違ってると思う。用法用量は正しく守ってお使いください。
「そんなの、偶然だよ」
目を潤ませて謝ってくるリリアンに、笑いかけた。リリアンはしっかりしてておませさんで、野心家系女子である。姉御肌だし、魔女の娘で貴族の庶子かもしんないって私に、気安く接してくれるありがたい存在でもあった。そんな子が、ちょっと悔しくなって心に隙ができて、その願いがたまたま神様に届いたなんて、そんな馬鹿なことあるはずがない。この緑髪は、勲章なのである。今世も腐士道に生きよ、という神から賜った崇高な啓示の証なのである。
「リリアンは神様に命令できるような、そんなすごい人なの?」
「ううん。違う。でも……」
「神様と知り合いで、お願い事を聞いてもらいやすい人なの?」
「違うよ」
「じゃあたまたまじゃん」
「でも……リタ……」
リリアンがじっと私の緑髪を見つめている。
「私、けっこう気に入ってるんだ、この髪」
「でも、倒れたじゃない。悲しかったからじゃないの?」
「びっくりは、したかな」
覚醒の瞬間は、そりゃあ驚いた。だって脳内の自分が腐女子万歳わっしょいをしていたのだ。そりゃびっくりして気絶の一つや二つもするだろう。
「リタ……」
「ね、リリアン。色をたまわったってことは、私、魔法が使えるようになるんだよ。ママは有名な魔女なのに、その娘は魔法が使えないなんて、なんだか悔しいじゃん。ママがすごい魔法見せてくれるのに、自分に可能性がないなんて、悲しい。それくらいなら、腐属性でも、私は魔法を使いたい」
「リタ、でも。でも、有名な魔女の娘が腐属性魔法使いなんて、色無しと同じくらい、いいことじゃないと思う」
「腐属性だから?」
「うん。ものを腐らせるだけで、なんの役にも立たないから」
「そうかなぁ?」
この世界の魔法行使は、現象である。自分の体内にある魔力を捧げることにより、現象を引き起こすのである。ライトノベル風にいうと、精霊魔法に近いような気がする。精霊に愛されし受け君と忌み子の攻め君とか、大変美味しくいただきましたことよ。それはともかく、火属性魔法使いは自分の魔力を世界に捧げることで、炎を放つことができるのだ。水も大地も同じ。
では、腐属性とはなんぞや。
ものを腐らせる。この腐らせるにも、大きくは二つのパターンがあるだろう。一つは有機物の分解である。林檎が腐ったりするのがこれ。もう一つは無機物の酸化である。鉄剣が錆びるのがこれだ。
現象としては、全然別じゃない? 有機物の分解も、一口で言うならそうだけど、分解なのか分解してから違うものに合成してるのか、違うじゃん? 金属の酸化なんて、もろに酸素結合してるじゃん?
「腐敗って、化学変化だと思うんだよね」
そう、ケミストリィ。
いや、もしかしたらテイマー的なあれという可能性はある、と思っている。食物の腐敗はたいてい細菌によるものだ。たとえば納豆菌をテイムした魔法使いが、大豆を納豆に変えているのかもしんない。この世界に納豆は聞いたことないから、あるとしたら酵母とか?
……酵母菌のテイム、テイム単位が気になる。一つのコロニーに対してテイムするのだろうか。それともたった一つの、極小の酵母菌のみをテイムして、それを分裂して増やしていくのだろうか。だとしたら、特定の酵母菌の寿命がきたら、テイムも終了するのか……? それとも分裂している以上、どこまでも一つの生命体換算なのか……? つまり契約コンティニュー? 分からん!!
だが金属に関しては、これはもう化学変化でいいと思う。
「かがく、へん……?」
「腐属性って、知られてないことがいっぱいあると思う。ちゃんと極めたら、色々できることが増えると思うんだ。もちろん、人の役に立つようなこともできると思う」
知られていないことかもしれないが、化学と腐女子は相性がいい。だって左右固定カップルがくっついたり離れたりするのである。腐士道はその成立からして左右固定派なのだが、そういう腐士道との相性は抜群なのだ。リバ好き派には物足りない世界かもしれないのだが。
「……すごい、ね。リタは。神様はやっぱり、リタのことをちゃんと分かってて、それであの色をリタに授けてくださったのかも」
「たぶんそうだと思う」
これで火属性魔法使いとかだったりしたら、逆に泣いてたと思う。
「……私が、いけないこと考えたからじゃ、なかった?」
「違うよ。私に向いてたから、神様がくださったんだよ」
すでに確信している。
「……まだ、友達でいてくれる……?」
「うん。ずっと友達でいたい」
リリアンが、ゆっくりと笑顔になった。まるで花がほころぶみたいな、綺麗な笑顔。今まで友達っていう目で見てただけだけど、リリアンの笑顔を見てると、なかなかな美少女である。これ、この顔だけで勝ち組になれるんでは……?
「嬉しい。ありがとう、リタ」
ぎゅっと抱きつかれて、抱きしめ返す。そろそろ布教の時間だ。腐士道の素晴らしさを説いて、名実ともにオタ友にしたい。