一年生寮生たち
その後部屋に戻り、着替えを持った。天才ジョンからもらった砂は、小さなコップに入れ替えて窓際に置いている。それからシャワールームにユージーンと一緒に行って、そこでもスペルを見つけた。三箇所にスペルが描いてあって、どういうことだと思ったらいきなりお湯が出てびっくりした。頭とかびしょ濡れになって笑いながら触って、それでお湯とか水の温度を変えるのが分かり、ユージーンと情報共有する。
「り、リオン君。もう分かったから大丈夫だよ。もう隣に戻って」
シャワールームはブースに分かれていて、扉が閉まるようになっている。ユージーンに色々教えていたら、頬を染めてそう言われた。おお、いかんいかん。うっかり受け君にセクハラするところだった。
「ごめんごめん。じゃあ僕も浴びてくるね」
濡れたシャツを脱ぎながら扉を開けようとすると、ドアをばぁんっと閉められた。
「り、リオン君はこっちで浴びてて! 僕が移動するから!」
「う、うん? でも着替えーー」
「僕が取ってくるから!」
見かけによらず強引なユージーンが着替えの籠を持って来て、きっちりドアを閉めて去って行く。
「うん……?」
別にユージーンの着替えを覗くつもりはなかったのだが……じっと自分の体を見下ろす。つるぺたすっとんな胸だ。まさしく少年の体。
「なにが悪かったんだろ……?」
下町だと、水浴びで上半身裸な男性も真夏にはいたけどなぁ……ユージーンってば実はそこそこいいところのお坊ちゃんだったのだろうか。同性でも素肌は見せない的な。貴族じゃなくても、富裕な平民なんてそこそこの数がいるだろう。そういう、おっとりしたご家庭の、行儀のいいお育ちの坊ちゃんが、ジーン。……おぉ! そりゃ不憫受け君属性がそうそう簡単に脱いでちゃいかんよな! それこそ解釈違いというもの! そうかそうかぁ。これはお姉さんが悪かった。腐士として不甲斐なし。繊細な受け君心をもっとおもんばかってしかるべきであった。
むふふん、と笑みを洩らしつつ、真っ昼間のシャワーを堪能したのだった。
シャワーの後は、荷ほどきだ。とりあえずユージーンに、
「一人でできる? 手伝おうか?」
と声をかけてみたが、
「ううん。僕一人で大丈夫だよ。リオン君は? なにか手伝いとかいる?」
と聞いてきてくれた。なんていい子。
「僕、大して荷物はないから。あ、後でトイレの掃除も教えてあげるよ。部屋に行ってもいい?」
「うん。ありがとう」
シャワーを浴びたせいか、ちょっと血色のよくなったユージーンがはにかんでそう言った。可愛い。誘拐されそう。あたい番犬役頑張る。
ユージーンの部屋の前で分かれ、自分の部屋に戻る。
さっきもさらっと見たけど、狭いとは思う。下町の実家と比べても狭い。とはいえ、個室だ。たった一人のために用意されたトイレ、ベッド、机と椅子。それにクローゼット。……そう悪くないんじゃないだろうか。椅子を大きく引いたらベッドにぶつかるとか、窓と通路の幅がおんなじーーつまり狭いーーとか、クローゼットには最大で七着くらいしか吊せないんじゃないかとか、色々あるけど。でもあんなに素早く洗濯できる魔道具があるし、着道楽でもない。ついでにこの魔法学園は制服があるので、普段着がちょっとあればそれでいいんじゃないだろうか。パジャマはベッドの上に畳んどけばいいと思うんだ。
そう、制服と言えば、クローゼットに吊してあった。グレーのズボンとジャケット。それと短い緑のマント。シャツは白で、それは二着吊してある。襟に魔法学園の印である、本と羽根ペンのマークが刺繍されている。刺繍糸の色は濃い灰色。
部屋のドアを入ってすぐ横にトイレのドアがあり、トイレと洗面台がついている。蛇口は下町と同じ、金属でできていてひねるようになっていた。ここにもスペルがあるのかとドキドキしたけど、これは普通。トイレには便座があって、ママの別宅とは違い、水洗っぽい。タンクみたいなのもついていて、その一番上にスペルが描いてあった。使用前だけど楽しくなって、思わず魔力を通してみる。洗濯と同じように、ふわっと光ってそれでおしまい。前後の違いが分かりません。たぶん綺麗なんだと思う。
学園に入ったのは午後だから、夕食は私服なんだろうか。それとも制服? カニンガム夫人、なんか言ってたっけ?
部屋の扉の手前には黒板みたいなのがあって、そこには文字が書いてあった。シャワールームに行く前には文字に気づかなかったが、連絡事項みたいだ。
『夕食は六時から。私服』
まさに欲していた情報である。だがしかし、この男子寮全部にこれをカニンガム夫人が書いて回っているのだろうか。大変だな、寮監って。
「さ、ジーンのとこ行くか」
可愛い受け君を見て癒やされよう。
ドアを開けると、一年生だろう男子が廊下に数人立っていた。ジョンもいる。
「お、リオン」
「うん? どうしたの? なにか困ったことでもあった?」
「お前詳しそうだからな。聞いてやろうかと思って」
ジョン君、もしや君にはツンデレ属性でもあるのかい? 天才な地属性に加えてそれって、できればもう少し華やかな顔立ちの方が需要はあっただろうに……。いや、地味受けと考えればあるのか、需要。
「なんだい? なんでも聞きたまえよ」
「なんでそんなに偉そうなんだ、腐属性のくせに」
「腐属性がどうしたんだい? 君の天才的な属性に比べて見劣りするかもしれないだろうけど、腐属性には無限の可能性があるのだよ」
「お、お前、俺にまで媚び売ってんじゃないぞ! 媚び売るのは死属性だけにしとけよな!」
「ジーンのこと? 僕は媚びなんか売ってないよ。ジーンは可能性の塊なんだから」
二次創作という可能性である。ジャンルはスローライフ。
「なんの可能性だよ。死属性だぞ。殺されるとか思わないのかよ」
「ちょっとあんまりじゃないか。魔法は意志を持って使わないと効果はないよ。ジーンだってあんなに怖がってたんだから、君たちに危害を加えようとするわけないだろ。ジーンをいじめたら僕が許さないよ」
どすをきかせたのに、少年達はまずその前段階の、ジーンが危害を加えないってとこに食いついた。
「ほ、ほんとに? 触っただけで死んじゃうとか聞いたけど……でも君、大丈夫そうだもんね」
ジョンとは違う子が口を開いた。ちょっとぽちゃっとした青髪の子だ。
「うん、大丈夫だよ。君は? 僕はリオン。よろしくね」
「僕はカールだよ。よろしく」
パパと同じ水属性みたいだ。
「俺はジャック」
カールの隣にいた、ひょろっとした赤髪の子がジャックと名乗った。最初に私の名前を呼んできたのもこの子だ。
「ジャック。リオンだよ。よろしくね」
「うん。それでさ。スペルに魔力を通せってカニンガム夫人が言ってただろ。でも、よく分からなくてさ……そしたら、お前がランドリールーム使ってたってジョンが言うから、やり方知ってるのかなって」
「あ、そっか」
私は偉大なる炎熱の魔女であるママから、先んじて色々聞いてるけど、そういう教育がないだろう平民の子達は、そういうやり方を知らないんだろう。
「いいよ。教えてあげる。でも簡単だよ。すぐできる」
おいで、と手招いてランドリールームに向かう。蓋を閉めて、そのスペルに指を当てる。
「こうやって指を当てて、体温を伝えるような感じで熱を注ぐんだ。じわっと伝わるの、分かるだろ?」
他の洗濯機の蓋を閉め、
「じわっと……?」
と言いつつスペルに指を当てる少年達。……可愛いかよ。ジョンでさえ素直に従っている。そりゃそうだよね。カニンガム夫人にあんなこと言われたら、これだけは使えるようになってなきゃいけないって思っちゃうよね。
「あっ、ほんとだ。できた!」
ぽっちゃりカールがそう声を上げた。
「俺も……できた、と思う」
ひょろっとジャックもそう言った。
「え? なんで……あれ、こう、か? あっ、できた!」
やや試行錯誤していたジョンも、できたらしい。喜ぶ姿は予想外に無邪気だ。ただの十二歳児だったようだ。
「トイレもおんなじ感じだよ。シャワールームはちょっとこつがいるけど、説明しとこうか?」
少年達はお互いを見比べ、それからひょろっとジャックが頷いた。
「……うん。できれば」
「いいよ。こっち来て」
手招いてシャワールームに案内し、三つそれぞれのスペルを説明する。
「へぇぇ……」
と興味深げにスペルに触れたジョンが、温水を頭から浴びたのは私のせいじゃない。でもそういうのやりそうだなって思ったから安全圏に避難はしていた。
「あははっ、ついでだから浴びちゃいなよ。着替え取ってきてあげようか?」
善意で申し出たら、
「うっせぇ! お前知ってただろ!」
と言って頭を振り、飛沫をまき散らしてきたので、ぽっちゃりカールを盾にしてやった。
「うわわっ! ……ひどいよリオン君……」
「ついでだからみんな浴びちゃいなよ」
笑いながらそう言うと、ジャックも笑いながら
「じゃあそうするか。着替え、適当に持ってくるぞ?」
と言いながら私の肩を押した。
「ありがとよ、リオン。手間かけて悪かったな」
これ以上ジョンからの飛沫を浴びせられないよう、脱出させてくれたらしい。
「いいよ、このくらい」
「変な目で見て悪かったな」
「んん?」
「腐属性って」
「あぁ」
馬車の中で浮いていたのは自覚している。が、お互い初めての環境で緊張していたのだ。評判の悪い腐属性魔法の色を見て、壁が先にできてもしょうがないし、今それを謝ってくれるなら別に構わない。むしろ若いって柔軟だなぁとさえ思うよ。
「いいよ。知らないんだからしょうがないよ。気にしないで」
「ありがとな」
シャワールームを出る前に立ち止まり、
「でも、ジーンには優しくしてほしいな。僕みたいに打たれ強いわけじゃないから」
と釘を刺しておく。この子達の中で一番しっかりしてそうなのがジャックだったので、悪いけど代表扱いだ。
「分かった。悪かったな」
「それはジーンに言ってあげてよ」
「おう」
お互いちょっと苦笑して、それからジャックは友達の部屋に歩いて行った。私はもちろん、ジーンの部屋だ。
「ジーン? 片付け終わった?」
そう言ってノックすると、はにかんだ笑みを浮かべながらジーンがドアを開き、中に入れてくれた。
ママ、平民同士ではどうにかなりそうです。安心してね。




