魔道具試用
ちょっと距離を測りつつ、ランドリールームにユージーンを案内する。とはいえ所詮お隣だ。
「ほら、ここがランドリールーム。洗濯物をこの箱の中に入れるでしょ。で、蓋を閉める。そしたらこの蓋のところに、スペルっていう特別な文字が見えるんだ。これに魔力を通したら洗濯できるんだって」
洗剤はどうなっているのだろうか。そもそも前世の洗濯機と同じように、水が入ってごうんごうん回転し、脱水するシステムなんだろうか。でもそれだったらカニンガム夫人、洗剤はここですよってくらい教えてくれると思うんだ。
「あ、あの……あのね。魔力を通すって……?」
びくびくしつつも、ちゃんとユージーンは分からないことを聞いてくれた。よしよし、いい傾向だ。黙って怯えてるだけじゃ、どうやって信頼関係築けばいいか分からないもんね。賜色式から二ヶ月。その二ヶ月で彼の心がどれだけ傷つけられてきたか分からないけど、まだぎりぎり致命的なほどじゃなかったんだ。本当によかった。この二次創作では辛いこと、なんにも起こさないからね! でろっでろに甘えてこうねぇ!
「魔力ってほら、血液みたいな感じじゃん? 血液っていうか、体温かな? そういうのをこの文字に移す気持ちですればいいと思うよ」
「体温……」
ユージーンがおずおずとスペルに触れる。スペルがじわっと明るくなるが、一部だけ。その光ったスペルに驚いて手を離すと、スペルもまた元の文字に戻る。
「その調子だよ。スペルが全部光るまで待ってみたらいいんじゃないかな? あ、ちょっと待ってて」
ズボンのポケットからハンカチを取り出し、くしゃくしゃっと丸める。できれば泥汚れとかあればーー。
「なにしてんだよ腐属性。ここは洗濯する場所だぞ。汚すところじゃないんだぞ」
ちょうどよくランドリールームの入り口からジョンの声がした。そう、地属性魔法使い、茶髪のジョンである。
「よくぞ来てくれたねジョン! あのさ、ちょっと手伝ってくれない?」
なるべく愛想のいい笑顔を心がけて話しかけると、ジョンが得体の知れないものを見るような目をしてきた。
「は?」
「是非とも君の手助けが必要なんだよ。君さ、地属性だろ? もしかして土とか出せたりしないかな? あ、そういう高度なことはもしかして授業で学習しないと無理なのかな……」
なにせ、無から有を生み出すのである。火なら空気中の酸素をなんらかの力で燃やしてるとか、水なら空気中の水分を抽出してるとか推測できるのだが、地属性。あれはあかん。この場のどこにそんな元素があるというのだ。しかも一口に土というが、土には色んな成分が混ざっている。ケイ素、アルミニウム、鉄、カルシウム、カリウム……エトセトラ、エトセトラ。基本的な無機物に対し、さらには肥料的な有機物まで含んでいるのだ。空気中のどこにあるよ? どっから出すんだそれ? 私、地属性は属性別で見ても、最も難易度の高い属性だと思うんだよね。
「なに言ってんだよ馬鹿かお前。そんなの基本中の基本だろ」
ランドリールームの中にまで入ってきたジョンが、ぐいっと掌を開き、その上にぽこぽこっと土が生み出されていく。土というか、砂に近い。室内の光では茶色に見えるけど、さらさらと乾燥していて、流動性がいいように見える。つまり砂。
「なっ、なんだい君は天才なのかい!?」
ふぉぉ、と言いながらジョンの掌の下に自分の両手を広げ、砂が零れないようにする。
「ま、まぁな。そりゃ腐属性とは才能が違うけどよ」
掌いっぱいの砂を、その下で受けていた私の掌に流し込むジョン。うわぁ、さらさらの砂だぁ。ケイ素成分多そ~う。顕微鏡で見たらきらきらするやつ~う。
「あ、あのさ、これ、もらっていい、のかな……?」
無から有を生み出した天才ジョンにおずおずと聞くと、ジョンは神妙な顔で頷いた。
「しょうがないな。やるよ」
「おおぅ、太っ腹! さすが天才!」
ほくほくしながらハンカチで砂を包む。
「と、とにかく、いいか。ここは洗濯する場所なんだから、汚すんじゃないぞ!」
心なしか顔を赤らめつつそう言って去って行くジョン。なんていいやつなんだ。
「よかったね、ジーン。これで洗濯の実験ができるよ」
ユージーンに振り返って笑うと、ユージーンがなんだか変な顔をしていた。
「ジーン?」
「あの……あのね、リオン君」
「うん?」
「今の、嫌じゃなかったの?」
「いや……?」
嫌、とは。頭にはてなマークをつけて首を傾げると、ユージーンがふるふると首を振った。
「いいんだ。リオン君が気にしてないなら。僕がしっかりしてればいいんだから」
胸元でぐっと拳を握るユージーン。可愛い! 受け君が可愛いポーズを取ってます! これがファンサか!
思わず滾りかけて、ごほんと咳払いをする。妄想のご利用は計画的に。友情にひびが入るような妄想は厳禁である。ただの危ない人だからね!
「えぇとね、ほら、せっかく汚れたハンカチだし、これを実験台にしてみよう。どんな風に洗濯できるのかなぁ?」
砂を包んだハンカチを振って、それから砂を取り払って洗濯機に入れて蓋をする。砂はもったいないので掌でしっかり握りしめている。
「さぁジーン、起動してみようよ」
「う、うん……」
物言いたげにしつつも、ユージーンはスペルに指を触れた。スペルが淡く光る。文字全部が光に満ちて、その光が移動したみたいに箱の中で、ぽうっと点って消えた。特に箱の中で動く気配はない。
「……終わった、のかな?」
蓋を開けて、ハンカチを取り出す。
「うわ、すごいよジーン。汚れも消えてるし、綺麗に折り目もついてる!」
濡れてないどころかアイロンまでかけられたみたいにばっちりだ。クリーニングいらず。魔法すごい! スペル最高! 綺麗な折り目のついたハンカチに、改めて天才ジョン由来の砂を包む。
「そ、そうだね……」
「ついでにシャワールームにも挑戦しようか! ねぇねぇジーンも行く? せっかくだしシャワールーム初体験してみようよ!」
「うん……? う、うん……」
おっと、どうやら私の勢いに乗り切れていないみたいだ。いきなりぐいぐいいきすぎただろうか。
「ごめんね、ジーン。僕、ジーンのこと振り回しちゃってるかなぁ? 迷惑かけちゃってる……?」
保護者を自認する私だが、ユージーンには振り回されてデメリットかもしれない。もっとまともな属性の、しっかり系男子がユージーンの味方になってくれればそっちの方がいいし、いずれはそういう男子にユージーンを任せたいとは思う。それまでのつなぎって気持ちはしっかりあるのだが、つなぎにしても、ユージーンにはデメリットが大きかったらどうしよう。
魔法学園! 不憫受け君! と興奮していたのがちょっとずつ冷めてきて、不安になってきた。人一人の人生がかかっている。私が関わっていいものかどうか……。
「リオン君、そんなこと言わないで。僕、リオン君と友達になりたいよ」
ぷるぷるびくびくしていたユージーンが、私の顔を覗き込むようにしてそう言ってくれた。ユージーンは私よりちょっとーー二センチくらい?ーー背が低い。黒と金に光る髪が、ユージーンの目元に被さっていて、その髪をそっとどけてやる。現れたのは、綺麗な茶色。茶色っていうか、琥珀、なのかな? 濃い蜂蜜みたいな、宝石みたいな色。
「ほんとに? 嬉しい。……もし嫌なことされたら、僕に言って。ちゃんとやり返すから」
「リオン君に無理はしてほしくないよ」
なんていい子! お母さんは泣きそうですよ!
「大丈夫。僕、実はけっこう強いんだ」
へへっと笑って胸を張ると、ユージーンも笑ってくれた。でもなんとなく、小さい子の強がりをなだめるような笑みにも見えた。お兄さんっぽいというか。まぁね。今の私の外見じゃあ強く見えないかもだけど。だがしかし。私には腐属性という強い味方がある。しかもこの世界の人間は、腐属性魔法の強さを知らない。たぶんあんなことやそんなことができると思うんだ。色々実験しないとだけど。でもいざその力を目にしたら、きっと彼らはひれ伏すに違いない。
「ふはは、僕の強さを思い知るといい」
くくくっと笑うと、ユージーンが、
「うん、そうだね。でも無理しないでね?」
と、ちょっとお兄ちゃんっぽい手つきで頭を撫でてきた。うぅむ……受け君の頭なでなで……解釈違いなのだが、まぁ私は心がお姉さんなので? 甘んじて受けようではないか。




