お母さんは許しません
つまりそういう物語的な妄想スキルがある私に、新たな天啓が流れ込んできた。なんのことか? そう、その黒髪の美少年、死属性と叫ばれ怯えた美少年を見た時にである。
『ぼ、僕は……っ』
『うわ、こいつ死属性だってよ。こっえー! 今のうちにやっつけちゃおうぜ!』
『や、やめてよ……!』
『なんだよ殺される前に殺せっていうじゃねぇか。こいつに触られただけで死ぬんじゃねぇ? こっわ!』
『近寄るんじゃねぇよ!』
とかなんとかでいじめられ、排斥され、でもこの大人しい少年は耐えるのだ。きっとそれまでは優しい家庭で育てられたのだろう。でも賜色式で一気にその環境が変わってしまったのだ。彼の周囲は彼を脅威と見なした。魔法学園だって入学させるかどうか迷ったに違いない。だって私たちとは別便で来てるもん。そしてその案内役として当てられたのが、貴族だろうけど腐属性魔法の生徒。制御させたい、だけど犠牲になるのは腐属性の生徒か平民だけでいい。そういう思惑が透けて見えるようではないか。学園側からしてそうなら、それを生徒が感じ取らないはずがない。いじめられ、でもその美しさにいつか、もっと性的に踏みにじろうとする屑が出る。そしてその時、彼は自分を守るためにその死の力をふるってしまうのだ。
『僕に、触るなぁぁっ!』
まき散らされる死。そしておののくのだ。
『違う……違う、僕は……僕は、そんなつもりじゃ……っ』
自己防衛のためだったとは誰にも理解されず、彼は国から放逐され、地を這い泥をすすり……人類の敵となっていく。いずれ魔王となり、彼を打ち倒す勇者と向かい合う。
『私を殺そうというのか……ふふ、そうか……殺したいのか、私を……』
悲しい目で笑った彼は、激闘の末勇者に討たれる。でも、本気は出してない。ただただ、孤独に死んでいく。友も恋人も仲間もいない、たった一人で……。
っっっあぁぁぁお母さんは許しませんよそんなこと!!
本編終わり!
ここからは! 二次創作の時間だ!!
「彼にも部屋を用意してやってほしいのだが」
「そうですね。ですが誰を彼の隣に……」
「っはい! はい! 僕の隣でお願いします!」
そりゃ手を挙げるでしょう。
黒髪の彼の隣に行って、その手を握る。もちろん無理やりだ。握手の強奪。嫌がって離れようとしたけど知ったこっちゃない。お母さんはそんな未来は認めませんからね!!
「リオン、あなた……」
「リオン君と言うのか? 君も腐属性なんだね。よろしく。イーノック・ブレイアムだよ。イーノックでいい」
「はい、イーノック先輩。よろしくお願いします。……ね、君は?」
無理やり手を繋いでいる隣の彼にもそう尋ねると、びくっと震えながらも、小さい声で
「……ユージーン……」
と返事があった。よかった。名前教えてくれたってことは、友達になりたいってことだよね! 私はそう解釈しましたので!
「じゃあジーンって呼ぶね。僕もリオンって呼んでね」
「あ、あの!」
空気を読まないジョンがそう挙手した。
「なんでしょう、ジョン」
カニンガム夫人がハンカチで目元を拭いつつ、声だけは平べったいトーンでそう言った。案外涙もろい人だな……。
「お、いや僕、部屋替えしたいです! ほらお前、俺の部屋変わってやるよ。俺はこっちで!」
私にそう言いながら、もう一つホール近くの部屋に移動するジョン。貴様の荷物はどうするんだ。
「……リオン。それで構いませんか? ユージーンも、リオンの部屋で構いませんか?」
カニンガム夫人にそう尋ねられ、ユージーンは小さく頷いた。
「僕まだ入ってないから新品だよ、ジーン」
こそこそっと囁いて、ジョンに言う。
「ねぇジョン、荷物持ってってよ」
「うっせぇな腐属性」
思わず、と言ったように言い返して、イーノック先輩とカニンガム夫人からぎらって視線を浴びたジョンは、ちょっとへっぴり腰になりつつ部屋に戻り、ダッシュで荷物をとって隣の部屋に入っていった。
「……リオン。あなたの行動に敬意を表します。ユージーン、分からないことはなんでも聞きなさい。いいですね。……それでは部屋割りを再開しましょう。イーノック・ブレイアム卿、構いませんね?」
「はい。……ご協力に感謝します、カニンガム夫人。それからリオン君」
そんなイーノック先輩とカニンガム夫人にへらっと笑い、それからユージーンの手を引っ張った。
「荷物の片付け、手伝ってあげるよ。あとシャワールームとランドリールームの使い方も」
ぷるぷる震える子ウサギみたいなユージーンが、息を吐くような密やかさでちょっとだけ微笑んだ。
本編が不幸であればあるほど、たとえば受け君か攻め君のどっちかが死んじゃうような公式設定であればあるほど、二次創作はひたすらのんびり穏やかになりがちだよね……いいんだよ、それで。波瀾万丈バッドエンドな人生なんて本編だけで。ここからは二次創作の時間だからね。まったりゆったりスローライフでいこうね……。
そう慰めるような、労るような目で微笑むと、なんかちょっとびくっと震えられた。……にじみ出る腐士感がいかんかったのだろうか。怖くないよ……妄想してるだけだよ……。
「まずは荷物を置いてきなよ。僕も置いてくる。それから洗濯のやり方を教えてあげるよ。……僕も初めてなんだけどね」
こそこそっと囁いてからドアを開けようとすると、小さな囁きが聞こえた。
「……ありがとう」
ユージーンの方を見ると、ちょっとぷるぷるしながらも、精一杯笑顔を浮かべようと頑張ってる顔があった。嫌われないよう、疎まれないよう必死の顔。
「うん、これからよろしくね、ジーン」
ごめんねユージーン。不憫属性てんこ盛りの受け君顔にうっかりときめくような腐士がお隣で。でも私、これから頑張るから。これからユージーンの騎士に相応しい攻め君と結ばれるまでは、私がユージーンの保護者だから! 私の目に叶う者しかユージーンの隣は許さないから!
心に固く決意しつつ、荷物を置いてダッシュで隣室のドアをノックした私だった。……我ながらちょっとぐいぐい行き過ぎかもしれん。嫌われたらどうしよう……。




