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『腐』は腐女子の『腐』!  作者: ねこ
サウンドオブ腐士
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必殺、妄想流


「ーーカニンガム夫人、失礼する。部屋割りはまだだろうか」


 廊下の奥、つまりはホールの方から歩いてきた上級生がそう、カニンガム夫人に話しかけた。


「まぁ、どうしたのですか、イーノック・ブレイアム卿」


 十二歳の私たちに比べて、大人と同じような背格好だ。この学園は六年生が最年長だから、だとしたら十七歳か、それより少し下ってとこか。そしてカニンガム夫人が卿って呼んだってことは、貴族の子弟なのね。そんでもってとっても親近感が湧くその髪色。ようこそ腐の沼へ、な緑色。


「ご連絡が遅れたことをお詫びする。だがもう一人、彼の部屋割りも加えていただきたいのだ」


 そうして彼が後ろについて来た男の子を示す。


 ざわ、と空気が揺れた。カニンガム夫人の肩も、一瞬にせよ揺れたのが見えた。


 その子は、黒髪をしていた。黒髪っていうか、黒と金の混ざった、綺麗な髪をしていた。そして、なんていうことだろうか。この腐士の目は誤魔化せない。彼は、完璧な受け君顔をしていた……!!


「ーーまだなんかあるんですか? ーーっうわっ! 黒!? 死属性!?」


 外の喧噪が聞こえたのか、先ほどのジョン君がドアを開け、黒髪の少年を見つけるやそう叫んだ。


「死……?」


 そんな属性あるのか。あれ、でもなんか魔王がそういう感じの力を奮ってたってママから聞いたような。


 そしてその叫びにびくっと震える細い肩。怯えた目でジョンを見つめる、黒髪の美少年ーー。




 ーー突然だが、医薬品には先発品とジェネリック医薬品がある。


 先発品には開発メーカー様が思い入れのある名付けをなさるが、ジェネリック医薬品はその薬の本名しか使えない。本名の後にジェネリック医薬品メーカー様の社名をつけるのだ。いや、ジェネリック医薬品が出始めた当初は、実は違ったのだが、現在ではそうだ。


 となると、どうなるか。


 そりゃね、先発品開発メーカー様の趣味嗜好によっては、本名に近い名付けをしてくださることもある。だが、社によっては、全っ然違う名付けなこともふっつーにある。となるとどうなるか。


 医師の発行する処方せんにはたいていーーこれもまぁ人によるのだけれどもーー一般名、すなわち本名が記載されている。でも患者様によっては先発品がいいって方も当然いらっしゃる。そういう時、ぱっと本名見て先発品がすぐに出てくるような名前じゃない時……覚えきれてない時……調べるために時間が必要で、ちょっとした投薬時間の遅れが生じるのだ。


 たとえば、先発品がジャン・ジャック・ルソーなのに、一般名がドザエモンデラックスだったなら。おい、どこに共通点あんねんって名前だとしたら、この一般名の先発品、なんて名前だったっけ、と調べる手間が発生する。


 あと、よくあるのが患者様からの質問だ。


『私ジャン・ジャック・ルソー飲んでるんだけど、先生に言うの忘れてたの。今回のお薬飲んでも大丈夫?』


 とか。そんな時、ジャン・ジャック・ルソーとドザエモンデラックスが一致していて、なおかつそのジャンルのお薬がなにに効いて、よくある副作用とか飲み合わせとかの情報がパラパラパラーっと脳内を駆け巡り、


『あ、それ大丈夫ですよ。血圧高いんですか? 冬は高くなるって言われる方多いですもんねぇ』

 というお返事ができる薬剤師と、


『ジャン・ジャック・ルソー……? えぇと、ちょっと待ってくださいね……(端末操作中)……あ、ドザエモンデラックスのことですね。高血圧のお薬ですよねぇ……』


 とか言う薬剤師、どっちに担当してもらいたいだろうか。まぁ当然のこと、前者だよね。後者でもいいって言ってくれる人、神か。ぜひ新人薬剤師に優しくしていただきたい。


 このように、先発品の名前と一般名を一致させることは、薬剤師の業務上必要とされるスキルの、ごく初歩なのである。その知識に副作用とか飲み合わせとか検査値とかもろもろ……肝機能に腎機能、クレアチニンクリアランスとか……病院薬剤師さんすごいよね……簡易計算式……うわお。


 当然ながら私も、薬剤師として勤務し始めた当初は本当に頭真っ白だった。国家試験でそういう知識をたたき込まれはするものの、あれは必要最低限の知識だったりする。窓口業務でそんなこと聞かれでもしたら、あばばばってなるのも当然ではなかろうか。


 だが、なんということでしょう。薬剤師には化け物がたっくさんいるのである。医学部に受からなかったから滑り止めのこっちの学部に来ましたーっていう、偏差値六十五オーバーの化け物が。


『親から二浪は認めないって言われて……あの、記憶力だけは自信あるんですけど……』


 みたいな、それさえあればたいがいのことには対処できんじゃんっていうモンスターが、ふっつーの顔をして同級生、同僚にいるのである! やだ! 一緒にしないで! あたし一般人なの! 偏差値五十ちょっとなの! 優しくして!!


 なお、医学部の偏差値は諸説あるらしいけれど、物理必須の場合の方が低い傾向にあるらしい。生物選択の方が偏差値高いんだって。ガクブル!


 そういうスーパー薬剤師は、わりとその辺を覚えていたりするのだ。記憶力の土台が違うからね……。同期なんて、


『一ヶ月くらいお薬触ってたら、なんとなく覚えられるね! 最初はどうなることかって思ってたけど』


 とのたまった。一ヶ月……だと? まだまだ全然余裕で覚えられませんけど!? ワタシ、そんなスキルもってない……途方に暮れた私だが、私には武器があった。そう、腐士というスキルである。


 ドザエモンデラックスからジャン・ジャック・ルソーを連想するスキル。それが腐士流妄想だ。


 この世には第二世代抗ヒスタミン剤という薬がある。花粉症とか風邪とかの時に、鼻水止めで出されたりすることの多い薬だ。まず第二世代という言葉のチョイスが素晴らしい。厨二心がくすぐられて照れ笑いしちゃう。


 ……その対象の薬はいっぱいある。そのそれぞれの先発品の名前ーー商品名ーーと一般名を覚える必要がある。


 たとえばそれを例にとって物語を作ってみよう。商品名タリオン君と、一般名ベポタスチンベシル君の物語である。



『タリオン、どうしてこんなことを……!?』

 背中から斬られかけた勇者君。

『馬鹿だな、勇者。俺なんか信じてさ……』

 夕日の逆光で表情がよく見えない少年。


『カァァ、今すぐ、勇者ヲ、コロせ、ベポタスチンベシルよ!』

 近くの木の上でそう嘲るように鳴く烏。

『ーーっ、死ね、勇者!』

『やめろ……やめるんだ、タリオン!』


 剣と短剣が切り結ぶ。


『エェイ、ナニをしておる、ベポタスチンベシル!』

 烏から飛ぶ怪光線。


『ーーっ、危ないっ』

 思わず勇者を庇うタリオン。怪光線に射貫かれる。


『タリオン……タリオン!』

『……くだラヌ。興が、そがレタわ……』


 飛び去っていく烏。タリオンを抱きしめ、泣く勇者。その顔を見上げ、

『ーー楽しかったな、旅。あんな緩い旅じゃ、魔王様なんて、倒せないぜ……次の、四天王に、きを、つけ、ろ……やつは、どく、を……』

『もういい! タリオン、死ぬな……タリオン!』


 息絶える魔王軍のスパイ。勇者にはタリオンと名乗った、四天王の一角、ベポタスチンベシル。


 そんでそのうち出てくるその他の四天王が、

『くくく……やつは四天王最弱……』

 とか言い出したのにマジギレした勇者君に瞬殺されて、


『あいつはお前よりもっと強かった……あいつを馬鹿にすんな』

 とか首落とされながら聞くやつ、的な。的な!



 そういう流れから、第二世代抗ヒスタミン剤一般名を商品名に結びつけていたのだ。


 先発品が出る時にだけ触れるあなた。マジで推し。




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