いざ尋常に、男子寮
「ようこそ、王立魔法学園へ。あなた方が今年の一年生ですね。わたくしは寮監のカニンガムです。平民ながら色を賜った皆さんにお祝いを申し上げましょう。しかしながらこの世界の主は王族であり貴族です。彼らと常識を同じくしない皆さんが問題なく過ごせるよう、いくつか忠告をすることがあるかと思います。難しいことではないので、それさえ守ればここでの暮らしは素晴らしいものになるでしょう」
つまり身分をわきまえて言うこと聞けやってことですね、分かりましたカニンガム夫人。絶対服従しよう。
「まずは皆さんの部屋を案内しましょうね」
そう言って夫人は先頭に立って歩き始めた。
「男子寮でも女子寮でも、一階は平民の生徒が暮らしています。皆さんもそうですよ。二階からが貴族で、階が上がるほど高位の方々になります」
けっこう階が多そうに思ったけど、最上階の人、身分が高いのに階段も多くて大変だよね? 一階の方が帰ってすぐに寝っ転がれそう。
「それぞれの階にシャワールームがあります。自分の暮らす階のものだけを使用することができます。部屋にトイレはついていますからね。その掃除はあなた方の責任ですよ。魔道具の使い方が分からない者は申し出るように」
魔道具で掃除。
そういえば自宅もママの別宅も、トイレにちっちゃい字が書いてあったっけ。ママが時々触ってた。その後しゅんって光ってたけど、あれが掃除の魔道具ってことだろうか? もしや自動洗浄ボタンつきトイレってだけなのでは?
「洗濯はシャワールームの横にランドリールームがあります。自分で洗濯するのですよ。もちろん魔道具の使い方が分からなければおっしゃい。すぐに使いこなせるでしょう」
なんか……厳しそうだけど丁寧に教えてくれる感じだな。問題はカニンガム夫人に聞ける勇気を持ってるかどうか。
「あの……」
十二歳男子がカニンガム夫人に気軽に質問できる? 無理じゃね? というボランティア精神があったことは否定しない。が、正直魔道具の使い方を知らないってのもある。どうせならこの場でみんな、使い方を知っておきたいじゃないか。
「できれば、使い方を教えていただいてもいいでしょうか? 僕、使ったことないので」
ちょっともじっとしつつ、おずおずと、でも聞き取りやすさを意識して喋る。老女受けがいいかどうかは賭けである。私は好きだけど、あざといのが嫌いって層も一定数いることは知っている!
「そうですね、いいでしょう」
カニンガム夫人は一つ頷いた。
「そもそもあなた方の世界で魔道具なぞ、見たことがない者もいるかもしれませんしね」
おいでなさい、と言って一階の奥へ進む。突き当たりがシャワールームみたいで、その手前がランドリールームらしかった。その扉を開くと、自動的に明かりがついた。それに小さくうわ、と呟くと、一瞬だけカニンガム夫人の目が和らいだ。
「男子寮の明かりはドアを開くと勝手に点灯するよう、魔術式が組んであります。あなたがたが生活する上で無意識に零れる魔力を吸い取り、それを動力源としているのです。講義棟の建物には先生方がスペルに魔力を注いで点灯してくださるでしょう。あなたがたが明かりについて心配することはありません」
「あの、スペルって……?」
どうしても我慢できず問いかけると、カニンガム夫人は頷いた。
「疑問を持つことはいいことです。特に質問が許されている時には。ですが用心なさい。そうでない時には沈黙を守るのですよ。あなた方に発言が許されている時間は、少ないと考えた方がいいでしょう。衝突を避ける賢明さを持ちなさい」
まさしく忠告を添えてから、カニンガム夫人は説明した。
「さて、スペルのことでしたね。これはあなた方がそのうち学習することになる内容です。ですから概要だけ教えることにしましょう。スペルとは、魔法の属性によらず、魔力を込めれば再現される魔術式のことです。特有の言語を使い、インクも特別なものです。あなた方も明かりの点灯くらいならできるでしょうが、中には多くの魔力を吸い取る危険なスペルもあります。未知のスペルには触れない方が賢明でしょうね」
へぇぇ……もしかして、そのスペルがついてるのが魔道具ってことかな? そんな単純な話でもないとか?
「トイレの洗浄も、洗濯の魔道具も基本的にはそのスペルに魔力を込めるだけでいいのです。トイレには目立つ場所に見慣れぬ文字が描いてあります。それを見つけなさい。洗濯の魔道具は、ほら、こちらに洗濯物を入れます。そして蓋をする。この蓋になにか描いてあるのが分かりますね? これがスペルです。普段は蓋を開けておくのですよ。湿気が溜まるとよくありませんからね」
箱形だが、やや背の低い洗濯機といったものが十台ほど並んでいる。
「それから、これは忠告です。頻繁に洗濯をし、シャワーを浴びなさい。不潔な男子は女子から嫌われますからね」
ぴきっと固まる男子諸君。なんか……可愛いなぁ。受け君に見立てたいほどの美少年はいないけど、なんかちっちゃくて純な感じで可愛い。私より背の高い子もいるけど、なんか存在感がちっちゃい。
「食堂は先ほどのホールの反対側にあります。一般的には、平民は入り口付近の席でとることが多いようですね。貴族が奥の席です。高位の方々はご自分の部屋でとられることも多いようですから、見苦しくなければそれほど礼儀を気にせずともよいでしょう」
これまで平民同士の生活だったけど、そこに一気に貴族っていう身分制度が入ってくんだなぁ……。あれ、でもパパってばそういう意味ではあっち側の人だったわ。
「さて、それでは部屋割りですが、まずはそちら。手前、といってもホールから見ると一番奥ですが、この部屋がリオン」
「ーーあ、はい」
まさかの初っぱなだった。咄嗟に呼ばれた時、すぐに反応できるように、似た音の名前を選んだんだった。ただしリタはRから始まるけど、リオンはLから始まる。こっちのアルファベットは前世のと比べて、ちょっと字の形は違うけど似てるから、字は違うけど音が似てるって状態だ。
「夕食は六時からですよ。八時には閉まってしまうからお気をつけなさい。朝食も六時からで、八時には閉まります。昼食のみ講義棟近くに食堂がありますから、そちらは上級生に教えてもらうように。明日の入学式は八時半に始まりますからそのつもりで。八時にはホールに集合しているように。……それではその隣。ジョン」
はい、って返事した茶髪の男子がドアを開く。それを真似て私も、指示されたドアの扉をひねった。その耳に、ジョンと呼ばれた子の、
「腐ったやつの隣かぁ……」
とこっそりしたぼやきが届いた。
腐った。
ば、ばれとる。
いやいやいやいや、そっちの腐バレじゃなくって、属性の話だよね、うんうん。まぁ前世で属性なんて話になったらやっぱりそういう腐士道とかの話に繋がりそうだけど、こっちだと腐属性魔法使い的な話だもんね? うんうん、だいぶ健全。社会的には死んでない。生きてる生きてる。
「よろしくね、ジョン」
一瞬腐バレしやがったこの野郎とか思っちゃってすまん。せいぜい愛想よく微笑みかけると、そいつは変な顔をしてドアをばたんと閉めた。あ、そういや不遇属性だったわ。すまぬな。
「……強く生きるのですよ、リオン」
そんな私にこそっとカニンガム夫人が囁いてくれて、優しさにきゅんとなった。や、優しい……!
「ありがとうございます、カニンガム夫人……!」
感激した目で見ると、夫人がそっとハンカチで目元を拭っていた。そ、そんなにか。そんなに不遇なんか。そうドキドキしながら部屋に入ろうとしたその時だった。




