不完全TS転生してみたったー
しかもこの隠れ家というのがなんていうか……いかにもエルフとかが住んでそうな、大木に擬態した隠れ家だったのだ。外見からは大木にしか見えないのだが、それが実はしっかりした壁で、その中身が家という。三階まであって、一階一階の部屋はそれなりに狭いのだが、二人なら充分に住める。シャワールームも完備されているし、トイレもある。排水は地下に溜めて、スライムに処理させているとのこと。すごいなスライム。
「国内の魔法学園は寮生活なのよ? 個室らしいけど、男装した可愛いリタが男子寮に入るなんて、ブレンダンなら発狂するわよ」
男・子・寮!
腐女子の限界は身体が女性ということだと考えているが、見かけだけでも男子に見えるなら、禁断の薔薇園に潜入する夢の新生活が待っているというわけである。受け君攻め君のあれやこれやを、モブとしてこの目に焼き付けることが叶うわけである。
「絶対に成功させてみせる……!」
「なんで燃えてるのよこの子は……どう考えたって女学校の方がいいじゃない。教師も女性ばっかりだし、寮の部屋も綺麗なのよ? 卒業しただけで魔女の称号ももらえるし、そうなったら腐属性魔法使いで初めての魔女なんだから、リタの将来も安泰じゃないの」
魔女ってあだ名じゃなくって称号だったのか……前世で言ったら博士号的な?
「もしかして……卒業するの、すっごく難しいとか?」
普通に入学して卒業できる程度の学校で与えられる称号に意味はあるのか? いや、ない。つまり、卒業にものすごーく高い壁が設置されているとみた。
「……別に、普通だったわよ?」
「ママ、私の目を見て言って」
逸らしていた目を戻すと、ママがにっこり微笑んだ。やっぱりな。
「でも私が卒業できたくらいなんだもの。あなただって楽勝よ。いざとなったら斬新な論文書けばいいし、今までなかった腐属性魔法の論文なら、いくらでも書き放題じゃないの」
うん、まぁ……ママのそういう、いざとなったらこうすればいいのよっていうのが、実はものすごく難易度高い件っていうのは経験上、よく知ってはいるんだけれども。
「ママは炎熱の魔女だからかっこいいかもしれないけど、私の場合、腐食の魔女って呼ばれそうでイヤ」
「かっこいいじゃない、腐食の魔女」
かっこいい……のか? まぁ、動けるデブが好きなママだしな。
「共学がいい」
「男装してるから青春なんてないも同然じゃない」
たぶんママとは青春の定義が違うんだよ。
「男装してるからこそだよ。男の子になってみたかったんだ」
「リタ……!」
ものすっごく可哀相な子を見る目で見られた。
「私、あなたが女の子に生まれてきてくれてよかったと思ってるわよ……!?」
あぁ、そういうんじゃなくって。
「違うよママ。女の子として少年になりたいってこと」
否定すると、ママの目にはっきりと疑問符が浮かんだ。まぁな……腐女子というギフトを与えられてなかったら意味不明だわな……。
「だから上半身だけでも男の子になろうと思ってるわけ。じゃ、運動してくるから!」
会話を打ち切って外に出て行く私の背に、ママの
「はぁぁ……これが反抗期っていうものかしら……」
というため息がかぶさった。反抗期……ではないかもしれん。が、親の言うことを素直に聞く年代ではないというのは確実である。すまぬなママ上。覚醒してしまった腐士を止めることは、いかにママ上といえど叶わぬことなのだ……。
ということで、一月を目前に控えたある日。アーサーズ王国の冬はそんなに厳しくないので、昼間にはそこそこ日差しの温かい、晴れた日。
「刮目して見よ……!」
薄いシャツを着た私は、隠れ家で仁王立ちしていた。ぐっと両腕を曲げると力こぶができる。前世でこんな上腕二頭筋はなかった、はず。
「もったいない。ほんっとうにもったいないわ、リタ」
髪もばっさり切ってやった。女子のベリーショートな感じ。後ろは短くて、前髪は男子にしてはやや長めかも。どうせなら角刈りとかしてみたかったんだけど、ママに泣かれて断念した。女子にはできないことやってみたかったのに。
「このぺろんとした胸!」
シャツをまくってママに見せると、涙目でそっぽを向かれた。そこまでか。
「ママ、変装して生き延びるためには必要だから。そう、これは必要悪なんだってば」
悪って言い切るとなんかデュフフって笑いがこみ上げそうになるよな。
「……ママ、今からちょっと暗殺しに出かけてくるわ……」
そしてゆらりと立ち上がる炎熱の魔女様。やべぇ、本物の威力に負けてるわ。悪の力とかが。
「ちょ、ママ! ママってば! いくらなんでも貴族殺しのお尋ね者になるのなんていやだよ!」
「大丈夫よ。ブレンダンがきっともみ消してくれるから……」
「そりゃそうかもしれないけども! でもママは格好いい自慢のママなんだから! そんなママに後ろ暗いことさせたくないよ!」
「リタ……」
ぽろっとママが涙を零した。罪悪感がぐさぐさ胸をさしてくる。そう、この平べったい、いかにも少年ですって主張してくるこのうっすい胸に……デュフフ……いや、正気に戻れ。今はママのメンタルケアが最優先だ!
「私、魔法学園が楽しみなんだよ。それにやっぱり、いざとなったらパパやママにすぐ助けに来てもらえるって安心感があるじゃない。……きて、くれるよね?」
「もちろんじゃない! そうね、じゃあリタ。ママと約束して」
そう言って、居間の机の上に、ママが小瓶をこつんと置いた。ガラス瓶に見える。その中の液体は十ミリリットルくらいだろうか。有名なうがい液の三分の一ほど、ちょっとマイナーなうがい液の二倍ぐらいの量に見える。ガラス瓶はうっすら曇っている。ちょっと青がかった曇りだ。その青の向こうに、うっすら白っぽく発光している液体が見える。
「……ママ?」
これ、なんぞ?
「全部が解決したら、これを飲むこと。約束してくれる?」
「ママ、これなぁに?」
「エリクサーよ。エルフのダンジョンから見つけたの」
……ちょっと待って。なんか今、なんとなーくの印象だけど、情報が渋滞してた。待って。なんか知らんけど待って。一つの台詞に情報量は一つだけにして!
「欠損も病気も状態異常も治してくれる魔法薬だから、リタのその姿も正常な状態に治してくれる。だから解決したら、ちゃんとこれ飲んで……っ、女の子に、戻って……っ?」
「ママっ」
今、泣かないで! 聞きたいことなんも聞けないじゃん! 聞いたら鬼じゃん! でもエリクサーって前世の夢みたいなお薬のこともうちょっと詳しく聞きたい! それとダンジョンがエルフってどういうこと!? エルフじゃないダンジョンもあるってこと!? っていうか、エルフがダンジョンってどういうことよ!? 人類以外もこの世界にいるってことでファイナルアンサー!?
「約束、してくれる……?」
「する! 約束するよ、ママ。ちゃんと女の子に戻るから!」
そもそも下半身はーーものすごくものすごく悲しいことにーー女の子のままだから!
「男子寮でなにかあったら、ちゃんとママに報告してくれる……?」
「するよ!」
「考えすぎだなって思うようなことでも、ちゃんと包み隠さず教えてくれる……?」
「う、うん」
ママの涙に濡れた目が、どんどんギラギラしてきた。
「ママの可愛いリタに不届きなことしようなんて男子、ちゃんと名前教えてくれる……?」
「う、うん……」
なんか消されそうだな。炭とかになって。
「高位貴族ならブレンダンの手も借りちゃうかもしれないけど、許してくれる……?」
「……う、うん……」
それ、どっちの許すかな……? パパの手を借りる力不足なママでごめんね的な許すなのか、パパの手も借りて徹底的に潰しちゃうけどごめんね的な許すなのか。……後者成分多くないか……?
「じゃあ……とっても、ものすごーく不本意だけど」
はぁぁ、とため息をついたママに、期待に満ちた目を向ける。上半身は完璧な男子なのだ。しかも寮は個室。ならママが危惧するような何事かは、私に限ってはあり得ないと断言できる。そして私が目をつけた受け君攻め君の薔薇色の日々を見守る人生がやってくる……!
「くれぐれも用心してくれるなら、魔法学園に行ってもいい、わよ?」
でも考え直すなら今だけどチラッチラみたいな気配を完全に黙殺して、私はママの豊満な胸に向かって飛び込んだ。
「ありがとう! ママ大好き!」
これでついに始まるのだ! 私の腐属性に塗れた生活が!




