腐士の決意
「え、どうしたの、リタ? それにクライブ殿も」
ママの顔見知りだったらしい。それにもほっとしつつ、ママに駆け寄る。
「ママ、びっくりした」
「……なにか、あった?」
さっきの出来事をどう説明すべきか。襲われかけた? 危害を加えられそうになった? 誘拐されそうになった、とか?
「ご息女が、暗殺されかけました」
ぅおおおい! クライブ殿ぉぉっ! さすがにそこまでの害意があったわけじゃないと思いたいんですが!?
「……悪いけど、ブレンダン呼んでくれる?」
「お知らせしています。ですがこちらでは不都合ですから、別の場所にご移動願えますでしょうか?」
「分かった」
「ママ。研究会は?」
今すぐ移動しそうな気配にそう尋ねると、ママは
「娘の危機より優先するものって、ある?」
と、それは男前な笑顔を見せてくれました。そんじょそこらの男には及びもつかないレベルである。思い込みで言っちゃうけど、パパってママのこういうところに惚れた気がしてならない。
「こちらへ。なるべく目立たないようお連れしますので」
先導するクライブ殿がホテルの裏口に止めていた馬車に連れてってくれて、そこにママと一緒に乗って向かった先は、いつもの神殿だった。通学先である。そこの、いつもなら入らない応接間みたいな場所の、さらに奥に連れて行かれて、そこにパパが待っていた。顔面蒼白だった。
「リタ、アレクシア、無事かい? 襲撃されたと聞いたけど、怪我は?」
ぱっと私を見て全身をチェックした後、口を開けてだの目を診せてだの、診察してくる医師かなという対応を繰り広げた後、パパははーっと深い息を吐いて、置かれていた高級そうなソファーに腰掛けた。
「ーーブレンダン。今回は無事だったけど」
そんなパパを見下ろしてそう言い始めるママ。まるで今回のことが連続襲撃の始まりだった、みたいな口調である。
「分かってる。……分かっているよ、アレクシア。あの人がこんな手段に出ると考えていなかった、私が悪い」
この流れで、もしかして、と推測できることがないわけではない。が、普通の常識的に考えて、そういうことが起こりえるのかと思ったりもする。だって、ねぇ?
「このままだと同じことが起こるわよ。リタが死ぬまであの人は繰りかえすわ。腐属性魔法使いが身内にいるって知られないためにね」
「…………」
ソファーに座るパパの前に、ママは仁王立ちしている。非常に男前な姿だ。
「ママ、私が腐属性だから、パパの奥さん? が、私を消そうとしたってこと、で、いいのかな?」
殺すってあんまり普通に言いたくないよね。殺意高めというか。確殺っぽさが出るというか。
「リタはパパが守るよ。彼女にそんなこと、決してさせやしない」
「でもその人の命令で動く人がいるなら、パパがどう言ったってこっそり隠れてやるんじゃないかな?」
確かパパの元兄嫁現正妻さんは、他国のお偉いさんのお嬢様だったそうだ。ということは、つまり生粋のお貴族様というわけで、その人固有の戦力というか、騎士みたいな人もいるんじゃないかと思われる。
「リタの方が冷静だね。そうね。ブレンダンがどれだけ命じようが、大人しく命令聞くような可愛い人じゃないからね。高貴な血筋ってだけあって、無駄にプライド高いし」
「彼女を蟄居させる」
「できないこと言うんじゃないわよ。あの人の実家がなんて言うか。しかも部下が勝手にやったことになるんじゃない? もっと危険な暗殺者に、リタが狙われるかもしれない」
ママがそう呟いて、ぐっと口を引き結んだ。じっと床を見据えて、なにか考えているみたいだ。パパもほとんど同じ顔で、床を睨んでいる。
……それにしても、そうか。意外にパパは貴族の中でも高めの地位にいるのかもしれない。騎士とか男爵とか、その辺にわりといるレベルじゃなくて、そこそこ人数少なめの、高位貴族とか。
ママから動けるデブって言われてにこにこ笑ってるようなパパだけど、その正妻である奥さんがゴリマッチョな騎士を使って、貴族当主の隠し子を消そうとできる程度には、権力とか財力? とかを持っているというわけだ。正妻さんの実家が強いのかもしれないけど、そんなに強い実家の令嬢が嫁ぐ先が、男爵とかそういう、地方の有力者レベルの家ではないと思う。
「ーー……ねぇ、リタ。あなた、留学してみる?」
「りゅうがく」
りゅうがくって、留学ですかね? それとも竜学とか?
「アレクシア、リタを国外にやるなんて!」
あ、やっぱり留学の方でしたね。
「留学……」
「色を賜った人間に、魔法の勉強は必須よ。自分を守るためにもそれは必要だから。でも、国内じゃなくても、そういう勉強はできる。ママが知ってる女学校に紹介するって手もあるのよ。そこならさすがのあの人でも、手は出せない」
……女学校とな。それはつまり……女性しかいない学校ということでは……?
「それはそうだけど……でも、国外ならなおのこと、私たちの手も届かないじゃないか! リタが困った時、助けに行くのに時間もかかるんだよ」
パパが泣きそうな顔をしているが、私の方も泣きそうである。だって、女性しかいない学校なのだ。受け君も攻め君もいないのだ。妄想できる余地がない世界ということではないか……!
「私……国内がいいな……」
生活に潤いは必要だ。せっかく腐士道に目覚めたのに、女子校なんて辛すぎる。せめてフレッシュな妄想源がほしい。
「そうだよね。リタもパパの近くがいいよね。うん。リタを別人として学園に送ればいいんじゃないかな。私やアレクシアとは無関係の新入生を装えば、彼女もきっと……!」
「豊富な魔力量を示す濃い色で、腐属性の新入生なんて、そう何人もいると思う?」
ママがパパの、希望に満ちた提案をばっさり切って捨てた。でも。
「……別人……」
髪の色はごまかせない。魔力量と属性で怪しまれてしまう。でも、だ。たとえば、性別が違ったとしたら……?
「ママ、私がたとえば、男の子に変装したら、ばれないんじゃない?」
そう。腐女子が一度は考える、攻め君と受け君を友達の立ち位置から観賞したいという欲求である。本来の性別だと邪魔にしかならないが、性転換してしまえば無害なモブとなり得るのである!
「なに言ってんの。その胸、どう頑張ってもばれるわよ。これからもっともっと大きくなるだろうし」
じっと己の胸を見下ろす。それからママの胸を見つめる。
……あります、ね。思春期前にしては、うっすらふっくらしてますね。いずれさらしで巻こうが板で潰そうが、不自然な程度には育つ気がします、ね。なんせ豊乳なママの遺伝子を持っているのだ。パパの遺伝子に貧乳が入ってない限り、そこそこ育つ危険性はある。
「駄目だよパパの可愛いリタ! リタみたいな可愛い子リスちゃんが男装しても、男の子の格好をした女の子にしか見えないよ!」
「……ふ……ふふふ……」
ふはは。私には秘策がある。世の腐女子垂涎の、腐属性魔法という秘策が!
「ちょっと時間をちょうだい、パパにママ。私、絶対に男の子になってみせるから」
我ながら凜々しく言い切ったのに、不憫なものを見る目で見られました。どうやら信頼関係がバグっているようだ……。




