腐属性への洗礼
腐属性魔法というものについて、それから自分なりに検討する毎日が続いた。神殿学校はその年いっぱいまで通い、新年が明けてから魔法学園に通うことが決定している。前世と違い、年度の切り替えは一月である。
そもそもこの世界、年齢の数え方が特殊で、新年になったらみんな一斉に年を取るのである。公式の誕生日が新年の一日、みたいな感じ。前世日本の数え年と同じじゃんと思うかもしれないけど、ちょっと違う。生まれてから初めて迎える新年一日に、みんな一歳になるのである。なので魔法学園に入学する新年に、私たちはいっせいに十二歳になるのだ。
その神殿学校でも、魔法学園に通うことが決定している子どもたちは、どこか遠巻きに見つめられているようだ。リリアンはそういうの、気にしないけどね。
「また明日ね、リタ」
そう言って自宅近くの三叉路で手を振るリリアン。手を振り返してから、今日はどういう風に魔法の実践をしてみようと考えながら自宅への小道を入っていく、その途中だった。
「…………?」
あれ、なんか今、ぞわっとした。
妙な空気に後ろを振り向く。そこに、大柄な男性が立っていた。一人が真後ろで、もう二人が僅かに離れた場所に立っている。その三人が背後に立っているせいで、大通りからはこの小道の様子が全く見えないようになってしまっている。
「……あ、あの……?」
ダッシュで自宅に帰るという選択肢は、絶対にとっ捕まるという確信で萎えた。それに今の時間、ママは外出中だ。研究の発表をするんだと、昨日まで徹夜で張り切っていた。なら、絶叫すれば。でも、喉が、詰まってる。息をするのも苦しいくらい、喉がひりついて、歯を食いしばっているのが分かる。
一番近くにいる男が、手を伸ばしてくる。
「ーー恨むなら、腐属性を賜った自分を恨んでくれ」
ぐっと首を捕まれる。一気に絞めあげられて、目の前が白く染まった。
「ぅ、あ……っ」
ママ、パパ。誰か助けて。死にたくない。本気で殺されると確信した。その時。
「ーーそこでなにをしている!」
聞いたことのない声が、聞こえた。
「ーーっげほっごほっ」
男の手が離れて、一気に酸素が入ってくる。ウェルカム酸素。金属の酸化に不可欠な、大事なあなた。とはいえ、空気中の酸素は二十一%しかない。つまりレア。星五が激レアだとすると、たぶん星三くらい。でもそんなあなたが今は好き。
「……クライヴ」
「なにをしている、と聞いた」
離されて、思わず座り込みそうになったけど、根性で耐えた。そう、予感がしたのである。
「貴様には関係ない」
「この私に、関係がないと?」
いきなり人の首を絞めるような危険人物と敵対している人間の方が、恐らくは比較的ましな部類だと思う。たとえ今だけだとしても、今だけでも比較的無事な方へ行きたい。そういうごく真っ当な感性を上回ったのが、死んでも治らなかった腐属性である。
「相変わらず偉そうにっ!」
さささっと離れたのは、ゴリマッチョな脳筋タイプ。中年。そして私が暫定的な味方とみなした、クライヴと呼ばれた男性は、なんと……なんと、ガチムチお兄さんだったのだ! 明らかな攻め君! 貴腐人パイセンならクライヴ殿を受け君にもできるのだろうが、私は生まれながらの腐士。彼は攻め君である。むしろ攻め君以外の選択肢がない!
「どなたの命だ」
「誰が貴様などに答えるか」
だがしかし。惜しい。これで敵対するのが天才美少年剣士とかだったら完璧だったのに、相対するのは脳筋タイプのゴリマッチョ。体格だけなら彼も攻め君タイプだが、私の本能が叫んでいる。彼はただのモブだ、と……! マッチョモブ受けなんて高度な貴腐人技、ただの腐士には不可能だ……この二人じゃ妄想なんてできやしない。攻め君は完璧なのに、なんて惜しい。
「待て、逃げるのか」
「うるさい! 王の腰巾着が!」
言い合った挙げ句、バーカバーカお前の母ちゃんでーべそ! っていうレベルの捨て台詞感を残してゴリマッチョが消えていった。やはりモブ。
「大丈夫ですか?」
そしてこのクライヴと呼ばれた男性。近くにまで避難してきた私に向かって跪き、今度は丁寧な口調で聞いてきた。思わず拳が震える。そう、そうだよこれだよこれ! 騎士とかそういうマッチョ系が丁寧言葉っていうのは一定の需要があると思うのだよ! 敵には厳しい口調でいながら庇護相手には優しく丁寧な口調。完璧かよ。それに彼の、紫がかった金髪というのも華やかだ。属性、なんなんだろう?
「あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます」
返事を待たれているのに気づいて、妄想を一時中断する。私の身長に合わせて跪いてくれるの、ときめく。が、腐士は己と推しとの未来は妄想しないのが作法である。残念だがTLは守備範囲外なのだ。すまぬな。
「あなたは炎熱の魔女のご息女でしょう。母君は研究会に出席なさっているはず。そちらまでご案内しましょう。どんな騎士だろうと、炎熱の魔女の目の前で、庇護者を害そうなどという蛮勇を持つ者はいないでしょうから」
「はぁ……ありがとうございます……?」
あれ? ママってそんなに強かったんだ? 精神的には強いと思ってたけど、こう、物理でも強いとか思わないじゃないか。いや、この場合物理じゃなくって魔法ってことだと思うけど。さすがダンジョンアタッカー。
「これほど濃い髪色をお持ちなのだ。あなたもさぞ、優秀な魔女になることでしょうね」
「えぇと、緑なんですけど」
「属性だけで判断されるなど、愚かなことだと思いますよ。かつては火属性も、料理など女子どもが使うしか能のない属性だと思われていたのですから。奇しくもそれを覆したのが、あなたの母君というわけです。今や炎熱の魔女と戦うならば、一個中隊は必要というのが常識ですね」
「そう、なんですかぁ」
まさかのママ、バーサーカー並みにやべー人だった。兵器並み、というか。そのママにあれだけ甘ったるく囁けるパパって、私の想像以上にやべー人だったのでは。
「そうなんですよ」
ふふっと穏やかに笑ったクライヴ殿は、立ち上がって私の前に手を出した。
「お手をどうぞ、お嬢様」
……なんだろう、これ。エスコート……と見せかけた、連行だろうか。
「あ、ありがとうございます……?」
連行されるエイリアンの図が脳裏に描かれたが、暫定的な味方であると思われる人について行くという行為に、一瞬の迷いもなかったかと言われたら否である。味方のふりした悪い人という可能性を全く考えなかったわけじゃない。わけじゃないが……私の本能が言っている。こういう攻め君タイプに悪人はいない、と!
ということで連行されるエイリアンとなった私がたどり着いたのは、王都でも有名な高級ホテルだった。ママの研究会がここで行われているというのは聞いていたので、ほっとする。無事に連れて行かれた先の控え室では、ママがきょとんとした顔で出迎えてくれた。




