8 長い道のり
家族の献身的な支えと、途切れることのない温かい言葉のシャワーは、ついに葵の心を、死の淵から引き戻すことに成功した。あの暗く冷たい思考の支配から、わずかだが確実に、彼女は距離を置き始めていた。
「もう、無理はしなくていいからね」
「葵が元気になってくれれば、それだけでいいんだ」
両親と兄は、決して急かすことなく、ただひたすらに寄り添い続けた。その無償の愛が、絶望で硬く閉ざされていた葵の心に、細い光を差し込ませたのだ。
自死という選択肢から、葵はひとまず留まることができた。しかし、壊れかけた心がそう簡単に元に戻るはずもなかった。鏡に映る自分の顔は、相変わらず生気を失い、かつてのような輝きはない。それでも、ほんの少しだけ、外界に意識が向き始めた。
今は、傷を癒すべく、時間をかけてカウンセリングを受けている。専門家の穏やかな声に耳を傾け、少しずつ、心の奥底に押し込めていた感情や恐怖を言葉にしていく。それは痛みを伴う作業だが、同時に、彼女自身が抱え込んでいた重荷を、少しずつ下ろしていくような感覚だった。
会社は当面の間、休職扱いとなった。テレビ画面に自分が映ることはなく、局の喧騒からも遠ざかっている。今の葵はそれを寂しいと思う気持ちもない。むしろ心の安寧を保つために必要な距離だった。
ゆっくりと。本当に少しずつ。
外の空気を感じ、風の音を聞き、家族とのささやかな会話に相槌を打つ。かつては当たり前だった日常の光景が、今は一つ一つ、心に染み入るように感じられる。前を向こうとするかすかな兆しが、葵の心の中に灯り始めていた。長く、果てしない道のりかもしれない。それでも、彼女は、新たな一歩を踏み出し始めていた。